よっぱらい



 大将、水くれえ。
 はぁん? 酔ってるぅ? あったりめえだあ。酒飲みゃあ酔っ払うわな。

 なにい? 今日はもう、お酒は……? およしになった方が……? 誰が酒くれっていったよぅ。水って、そう言ってんじゃねえか。 飲まねえよ。飲みまっせん。

 ……
 大将よう。俺ね、今日はちょいと傷ついてんだ。
 ん? 聞いてくれる? ん、ありがと。 じゃさ、ビール!
 ……だからよ、1本だけ。飲んだらすぐ帰るからさ。

 今日ね、電話がかかってきたんだ。**さんちのカミさん。
 ん、知らない?
 知らなくたっていいよ、大将にゃあ関係ねえんだからさ。
 そんでね……フゥィック…… 「てまえどもでは、ああいうものはいただいても食べませんのでお返しします。主人も糖尿を患ってから食事の制限も厳しくしておりますので」
 だと。

 いやね、世話になってると思ったから、ちょいとしたものを贈ったのよ。その返事がこれだァ。
 いいんだよ、食わなくたって。

 ……あ、大将。お銚子。
 え? だめ? だから、1本だけだよ。1本。お願い!

 あん。何処まで話したっけ? そ、そう、そこまで……。 ♪ちょいとそこまで、クルマやさん、とくらあ。
 なにい、静かにしろだあ。てやんでえ、だあれもいねえじゃねえか。だあれもいません……
 ……あ、あんなとこに猫がいらあ。
 猫ちゃん、きいつけなよ。俺みてえなよっぱらいは、なにすっかわかんねからな。

 あ、そうだ。だからよ、猫にでもくれちゃえばいいんだよ。
 な、そうだろ? 世話になってると思えばこそ、松阪牛を張り込んだんだぁ。  食えねえんなら無理して食うこたねえ、猫……

 大将よう。猫は牛肉、食うよなあ。……味噌づけでも食うかなあ。
 お〜い。猫ちゃんよう、ちょっとこっちきなよ。
 でえじょうぶだよ。人は食っても猫はくわねえからよ。あははは。

 よう、大将! おでん、もらおうか。
 スジ。……ひとつでいいよ。あ、熱いのはダメだ、なにせ猫舌だから……。
 なあにい、猫に食わせるものはおいてありませんだあ? 
 誰が猫に食わせるといった? 俺が食うんだよ、俺が猫舌なんだよ……。

 ええっと ? なんだっけ。
 話の腰を折られるとどうもいけねえ。
 なん、話の腰は? 折ってねえ? 自分で勝手に、あっちこっちうろついてるって? それじゃ猫と同じじゃねえか。

 あ、猫がいけねえんだ。化かされちゃってよう。
 じゃ猫はこっち置いといて……
 なにしてるって? こっちで右手上げてる猫を、俺の隣においてるんじゃねえか。おい、やけに重いなあ。
 なにぃ? その招き猫は貯金箱です? お客様にいただいたおつりの小銭を貯めて? 娘に正月の晴れ着の1枚も……?

 クシュっ、いい話じゃあねえか、大将よう。人の心の奥底の……。
 お、俺がいいてえのもそのことよ。人の心奥底にあるもの、な。それが大事だって事よ。
 松阪牛なんか問題じゃねえ。猫……でも犬でもいい。食いたかなきゃあくれっちまいな。
 心だけはよ、黙って、受け取って貰いてえんだ。
 ウソでもいい。「有難う、美味しかったよ」って、なぜ言ってくれなかったんだろう。

 ……すまねえ、涙なんか見せちゃって。
 うん、うん……
 もう帰るからよう。
 うん、ちゃんと帰るから、お銚子もう1本……