渡 し 守 |
もし、どうなさいました? どこかお加減でも悪いんですか? それとも、なにか、物の怪にでも出会われましたか? ははは…… こんなところに居られますと、それ、あのように飛ばしてゆく自動車に引っ掛けられて大怪我をなさいますよ。 …… そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。 こちらへいらっしゃい。こちらなら大丈夫ですよ。危険なものはありませんから。 そうそう、それでいいんです。 で? どうなさいました? お話をしてご覧なさい、ずっと気持ちが楽になりますよ。 お仕事のお帰り? こんな時間まで……、え? サービス残業ですか? たいへんですねぇ。奥様やお子様もご心配でしょう。 電車を降りて? 行きつけの屋台でお酒を召し上がって? いつもの道を通って? お宅…… ああ、お宅は、あそこの高台の団地なんですね? 歩くにはちょっと遠いじゃありませんか。 いつもなら? 奥様が? 自家用車でお迎えに? 今日は? おやおや、奥様はお体の具合が悪くてお休みなんですね? …… それにしてもタクシーかなんかに…… え? ああ、お酒を召し上がったときはこうして歩いて帰るのがお好きなんですね? …… それにしても、あなた。ここはむかし墓地だったところですよ。 団地造成のために、墓地は移転しましたが、魂というものはそう簡単にお引越しは出来ません。 生きている間の、さまざまな思い…… 楽しかったこと、苦しかったこと、なかには、強い恨みを残している人もいるんです。 生きているものの都合で、あっちへ行け、こっちへ行けといわれても、魂は重い重いしがらみで結び付けられているんです。簡単には動けません。 でも? 家に帰るには、この道がいちばん近い? で、ここまで来たときに? 前方がふわぁっと明るくなり? なにかが足に絡まって? 転んでしまわれた? 前方の明かりは自動車のヘッドライトで? …… それはたいへんでしたねぇ。 でももう大丈夫ですよ。こちら側にくれば…… さあ、いらっしゃい、わたしがご案内します。 途中に川がありますが、それを渡ってしまえば、もうなにも心配ありません。 川はね、ちょっとやそっとでは渡れないほど、広く深く、そして荒いんですが、大丈夫。私がご案内します。だって、私はその川の渡し守なんですから。 川岸では、舟に乗ろうとせず、なんとか元いた場所へ戻ろうとしてうろうろしている人たちを見かけるかかもしれませんが、決して仲間入りをしてはいけませんよ。 その人たちは、さまざまな思いを残して迷っているんです。 舟に乗り込む以外にはどこへも行けないのに、永遠にただ過ぎ去った日を思いつづけるだけなんです。「幽霊」と呼ばれている、可哀想な人たちなんですよ。 さあ、こちらにいらっしゃい。 さあ、いらっしゃい…… さあ…… |