し ま ぞ う


 あぁ、気持ちがいいなぁ…… 暖かくて、静かで。
 ひとりぽっちだけど、ちょっとおなかがすいているけど、さみしくもないし、いらいらもしない。
 しまぞうは、草むらに思いっきり身体を伸ばして横たわった。横たわったといっても、しまぞうはもともと横長にできているのだから、傍目には何も変化がない。しまぞう自身の気持ちの問題である。
 上を見上げると、生い茂る草のかなたに夏の太陽がキラめいている。
 なににも煩わされない、このひと時がずっと続けばいいと、しまぞうは思っていた。
 しまぞうは蛇である。ひとりぼっちだった。
 生まれたときは、何十尾もの兄弟と一緒だったが、月日がたち、冬を越えるごとに兄弟は減ってゆき、とうとうひとりぼっちになってしまった。
 去年の夏までは愛するしまこと一緒にいて、たくさんの卵も生まれたのだが、しまこは人間につかまって殺されてしまった。
 母蛇を失った卵たちは、それでも何尾かは孵ったのだが、結局、冬を越せないで消えていった。

 しまぞうは嫌われ者だった。
 なんにも悪いことをしていないのに、しまぞうに出会うと、みんな逃げていった。
 姿がよくないもんなぁ……。
 でもなぁ、かえるやネズミなど、エサにしてるやつに嫌われるのはしかたがないけど、腹が立つのはトカゲのやつだ。
 トカゲは、しまぞうと大して代わり映えのしない姿のクセに、足がないことをあげつらってしまぞうを馬鹿にする。
 腹が立つので食ってやろうかとも思うが、トカゲは食ってもうまくない上、骨が食道に引っかかるし、悪食なやつなので、こっちがおなかを壊してしまう。
 不愉快な思いをしないためには、トカゲのやつと出会わないようにするしかない。

 いろんなことを考えているうちに、あんまり気持ちがよかったので、しまぞうはついうとうとしてしまった。

 ドタドタ! 地響きがした!

 しまった! 人間だ! 逃げなきゃ!
 しまぞうは、あわてて草むらへもぐりこんだが遅かった。
 「へびだ! おい、へびがいたぞ!」
 「つかまえろ!」
 運が悪かった。やってきたのは人間の子供たちだった。
 同じ人間でも、大人ならしまぞうを見つけると向こうが逃げてくれる。

 必死になって逃げるしまぞうめがけて、小石がばらばらと降りかかってきた。
 ほとんどしまぞうには当たらなかったが、一個だけ、よりによって大き目の石が頭に近いあたりに命中した。
 気が遠くなりそうだったが、必死でこらえてなおも逃げる……。
 ガーン!
 首のあたりにすさまじい衝撃があった。
 すぅーっと、全身の力が抜けた。
 尻尾をつかまれた、と感じた瞬間、しまぞうの身体は宙を飛んでいた。
 ガツン!
 しまぞうは、つるつるに磨かれた平べったい石にたたきつけられた。
 このあたりにたくさん並んでいる石で、しまぞうがいつも身体を暖めたり冷やしたりするのに使っている石だ。
 それが墓石で、ここには死んだ人間が葬られているということを、しかし、しまぞうは知らなかった。

 「こらあ!」
 大きな声が聞こえた。同時に、子供たちがわらわらと四方に散っていった。
 全身の激痛をこらえながら、しまぞうは声の方を見た。
 しまぞうの知っている顔で、和尚さん、と呼ばれている人だった。
 和尚さんは、墓石に両手を合わせたあと、しまぞうを覗き込んだ。
 やさしそうな目をした白いひげのおじいさんであった。
 助かった。しまぞうは、薄れ行く意識の中でそう感じた。
 和尚さんは手にしていた箒の柄で、しまぞうの頭をコツンとたたいた。
 痛くはなかった。愛撫されたような感じであった。
 和尚さんに、恩返しをしよう……
 なにをしたらいいだろう?
 そうだ、和尚さんはネズミに手を焼いている。仏様や仏具類をねずみにかじられて…… あいつらを片っ端から食ってやろう。

 和尚さんも喜ぶだろうし、自分のおなかも満たされる……
 しまぞうは、幸せを感じて、和尚さんの愛撫を受け入れて、箒の柄にしなだれかかった。
 すっと身体が浮かび上がった。
 消えてゆくしまぞうの意識に、和尚さんの声が響き、残った。

 「ま、食えるじゃろ」