無 明
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「なんでもいいから、お金もって来て! お金が要るの! このままじゃ、年越しどころか、クリスマスに飢え死にしちゃうのよ! お金、お金!」
鬼のような形相で激しく迫る妻から逃れて、亘は街へ出た。
街は賑わっていた。
クリスマスの音楽が絶え間なく流れ、人々はせわしなげに歩いていた。みなどこか行くあてがあるのだろう。
人の流れに乗って歩いているが、亘には、行くあてがなかった。あてがあったとしても、ポケットには金がなく、電車にもバスにも乗れない。だからとりあえず歩くしかなかった。
歩くのも、しかし実はつらかった。ここ数日、ほとんど食事をしていないので、全身に力がなく、立っていられるのが不思議なくらいだった。
金、金…… あんなに大きな声で言わなくても、どうしても金が必要なのはわかっている。なにはともあれ、わずかでもいい、金を手に入れて、腹を満さなくてはなにも出来ない。
妻が大きな声を出せるのは、ちゃんと飯を食っているからだ。
数日前から、食卓に亘の分の食事が載らなくなった。
「働かざるもの食うべからず、よ」
妻がそう宣言して、亘の食事を作らなくなったからだ。
現実に、亘は失業中で無収入であり、家の経済は妻がパートで稼いだわずかな収入に頼っていた。
亘は水を飲んで凌いだ。せめて茶を飲みたかったが、「お湯を沸かすのにもお金がかかるのよ」という追撃の言葉に敗れた。
本来なら3日前に、かつての部下だった斎藤がまとまった金を融通してくれるはずだった。その金があれば、当座をしのぎ、新しい仕事に取り掛かることが出来たはずだった。
その話をつぶしてしまったのは、妻だった。
4年程前、亘は会社を辞めた。
「自己都合」と辞表には書いたが、実際には会社側から退職を強要されたものであった。いわゆるリストラである。
関係会社へ転籍する道もあったが、亘は退職を選んだ。もちろん、妻ともよく話し合った末の選択だった。
転籍先の会社は、「本社の課長さんを迎えるのだから、しかるべきポストを用意する」と言っている、と聞かされたが、結局どういう待遇になるのかは知らされなかった。社内のうわさでは、その会社も早晩、解散させられると言うことだった。
「割増の退職金が出るんでしょ、だったらこの際、貰うものを貰って、もっと可能性のある新しい仕事を探したほうがいいわ」
妻はそういって、むしろ退職に乗り気だった。
新しい仕事は、しかしなかなか見つからなかった。
毎日ハローワークに通い、求人情報に目を凝らした。新聞の求人欄や就職情報誌にも目を通した。ほとんど年齢条件で対象外だった。たまに年齢が適合するものを見つけて行ってみると、女性が対象だったりした。
この頃は、しかし、まだ退職金が手付かずで残っていたし、失業保険も受給していたので、あせる気持ちはなかった。妻も「あせって変な仕事をするより長く続けられるちゃんとした仕事を探したほうがいい」と励ましてくれた。
友人、知人や親戚の伝手をたどって、可能性のありそうなところを訪問してみたが、どこも人を減らすつもりはあっても、捨扶持の新規採用の出来るところはなかった。
「うちでは雇えないが、自分の商売をはじめたらどうかね。そういうことなら、及ばずながら応援するよ」
在職中のに出入りしていた取引先にも顔を出してみたところ、ある会社の社長がそう勧めた。
考えてもいなかったことだが、20年近く働いた仕事に関連することなら、自分ひとりが食べてゆくくらいのことは、なんとかなりそうに思えた。
そのつもりで業界内の知人や友人を訪ねてみると、皆、リストラにあった不運を慰め、協力、応援を約束してくれた。
妻ももろ手を上げて賛成したので、亘は求職活動を止め、家にこもって一週間ほどで事業計画を作り上げた。資本金2000万円の、夢と希望に満ちたバラ色の株式会社であった。
だが、この会社は夢と希望だけでバラ色に彩られたものでしかなかった。
金さえあれば、会社の設立そのものは実に簡単である。
金、つまり資本金はあった。手付かずで銀行に眠っていた退職金である。
1ヵ月後、吉日を選んで資本金の払込を行い、亘の会社がスタートした。
従業員6名、亘を加えて計7人は、全員、同じ会社のリストラ組であった。
新しい会社での、新しい仕事に、全員が希望に燃えて取り組んだ。それぞれのかつての取引先を中心に駆け回り、スタートは目覚しい成果をあげた。なにも不安はなかった。いや、ただ前だけを向いて突っ走る全員には、この会社が根本的に抱えている欠陥が見えていなかった。
1年が経過した。
第1期の決算は、わずかだが黒字だった。
貸借対照表、損益計算書…… 税理士が、一つ一つ説明しながら渡してくれた財務諸表は、しかし亘にはちんぷんかんぷんで、ただ一箇所、当期利益と書かれた欄しか理解できなかった。
高々42万円余であったが、ともかくそれだけ儲かったのだ。
従業員全員にその決算書を示し、皆で祝杯を挙げた。
「黒字だった。儲かった!」
その言葉に、皆、酔いしれた。
ほろ酔い加減で帰宅した亘は、妻にも決算書を見せて、ともにビールでも飲もうと思った。
だが妻は、「よかったわね」といっただけで席を立ってしまった。
このときすでに、女の直感は、この会社の先行きを見通していたのかもしれない。
黒字ではあったが、会社には、実は金がまったくなかった。
この業界の取引慣行は、月末締め、翌月末起算120日の手形決済だった。
たとえば4月の売上にかかわる代金は、5月末に手形で支払われるが、9月末にならないと現金にならない。つまり、いくら売上を上げても、最短で5ヵ月後でなければ使える金はない、ということだ。
仕入れについてもサイクルは同じだった。
したがって、売上に合わせて手形を切れば、売買の決済はすべて5ヵ月後に行われるので、不渡りの発生さえなければ、取引はスムーズに完了することになる。
だが問題が二つあった。
ひとつは、亘の会社は設立したばかりであったため、当座預金は開設できても、手形帖は銀行が発行してくれなかった。したがって、仕入先へは顧客からの支払手形を裏書して渡すわけだが、仕入金額に見合った手形がそうそうあるわけではないので、差額を現金で支払わなければならなかった。
もうひとつの問題は、やはり新会社であるという理由が主だが、現金でなければ卸せない、という仕入先が多かったことだ。
この仕入れの問題と給与の支払とで、資本金はあっという間に食い尽くされ社長の亘は、最初の2ヶ月以外は、給料を家に持ち帰るどころか、資金繰りに追われて、なけなしの貯金すらはたいてしまった。
会社の仕事には一切タッチしていなかった妻は、家庭の財政の面から、会社の状態を見ていたようだ。当初こそ「少しくらい苦しいことがあっても、がんばって……」と亘を励ましていたが、次第に表情が険しくなり、言葉も少なくなっていた。
亘の会社は、結局、丸2年でつぶれた。第2期の決算はできなかった。
資金繰りに追われ、保証協会の制度融資を受けたところまではまだ正常だったが、待ったなしの給与支払などで、1回だけのつもりで高利の街金(庶民金融)に手を出してからは、会社の経理は完全に破綻した。
亘に経理の知識がなく、加えて顧問料の支払が滞ったことから、税理士による会計処理チェックがストップしたためでもあった。
仲間でもあった従業員がくしの歯を引くように辞め、それに伴って客先も漸減していった。
亘は、再び失業者に戻り、職探しに明け暮れる身となった。
失業者という意味では以前と同じだが、今度は失業保険もなく、貯金の代わりに借金が残っていた。
さらに、高利の借金を始末するために、妻の実家に援助してもらったため、妻には頭が上がらなくなっていた。
「事業の失敗でできた借金は、男にとっては箔だ」
義父はそういって、笑って励ましてくれたが、妻は亘にあらん限りの悪態を投げつけた。
不況は、2年前よりさらに深まっていた。
「選ばなければ、仕事はあるはずよ」
妻はそういったが、ほとんど手に職を持たない中年男には、事実上勤まる仕事はなかった。
「建築現場作業 経験・年齢不問」などという新聞広告を見つけて応募してみたが、亘を一目見るなり「あんたにゃムリだ」の一言で追い返されてしまった。背広にネクタイでしか仕事をしたことのない人間を一瞥で見分けたのだろう。
これならできそうだ、という営業の仕事を見つけたことがあったが、身元保証人を立てることができなかった。
義父が適任だったし、快く了承してくれたのだが、妻の猛烈な反対で、署名捺印を取り付けられなかった。
「保証人にはなるな」
そうはいうが、借金ならともかく自分の夫の就職に際しての身元保証を拒否する妻の気持ちがわからなかった。
耐え難い飢餓感を感じて我に返った。
人の流れに乗って、亘はデパートの食品売り場を歩いていた。
「お試しになってください」
女の声が聞こえ、目の前に発泡スチロールの小皿に乗せた焼肉が差し出された。温かく香ばしい匂いが亘の全身を刺激した。胃が痛みを伴って熱くなり、口中が唾液でいっぱいになった。両足は疲労を思い出して動こうとせず、震える右手は亘の意思にかかわりなく小皿を受け取った。
その後はほとんど無意識だった。
惣菜、菓子、果物…… 目に付いた試食品のトレーに片っ端から手を伸ばした。
いままでの人生で、亘は、こういう試食品を口にしたことはなかった。子供のころから、母親に厳しくしつけられたためだったが、しかしそのしつけも飢餓には勝てなかった。
恥も外聞もなかった。
煎餅の試食に手を伸ばしたとき、傍らからもう一本の手が延びて、皿の上に一個だけ残っていたかけらを素早くさらっていった。
無精ひげを生やし、埃っぽいくたびれたスーツ姿の男だった。目が濁っていた。
ホームレス。一見してそう見て取れた。
「お客様」
後ろから声がかかった。
なぜかドキッとして振り向くと、糊の利いたワイシャツにネクタイ、グリーンのジャケットを着た男が立っていた。ジャケットは、この店の制服のようであった。
亘は、試食を咎められたように感じた。
男は、亘を見て軽く会釈をした。笑顔だったが、すぐに厳しい目つきにかわり、つかつかとホームレスと思しき男に近寄った。
小声で何かささやき、背を押すようにして、ホームレスをどこかへ連れ去った。
亘は、ホームレスの丸い背に自分を感じた。誰かに見られているようで、いたたまれなかった。
デパートを出ると、街は一段とにぎやかさを増していた。
人の流れが急流のように見えた。道行く人は、皆、行く先がある。だから早足になる。その流れの中で、行くあてのない、急ぐ必要のない亘は邪魔者でしかなかった。
人の流れは、邪魔者を路肩に弾き出した。
きらびやかな商店街の中で、そこだけ何の飾り気もないコンクリートの壁になっていた。
飾り気はないが、道路から一段高く建ち、周囲を威圧するようなたたずまいのビルは、銀行だった。
ここには金がある。街中に飛び交っている金が、ここに集約されている。
金がほしい。このビルにある金の万分の一、いや百万分の一、千万分の一でいい。
金がほしい。
吸い込まれるように、亘は銀行に入った。
店内は人であふれていた。
20台ほど並んだATM機の前には20人ほどが並び、窓口前にはそれ以上の人々がいた。それだけの人が群れているのに、店内は静かだった。
亘は、十数脚並んだベンチの隅に空きを見つけて腰かけた。
銀行で何をするでもない、ただ家を出てから5時間ほど歩き詰めだったので足を休めるためにベンチに腰を下ろしただけだった。
ぼんやりと、店内を眺め、次々に呼ばれて窓口へ進む人々を目で追った。
人が動くと金が動く。ただ座っているだけの亘には金は動いてこなかった。
「326番の番号札をお持ちの方、7番窓口へどうぞ」
アナウンスがあって、亘のとなりに掛けていた男が立ち上がった。代わって黒いバッグを抱えた老婆がやってきた。
老婆は座るとすぐにバッグを開き、預金通帳と伝票を取り出し、さらに紙幣と封筒に入れた硬貨を取り出して数え始めた。
硬貨のほうはわからないが、紙幣は7枚だった。老婆が繰り返し数えるので亘も目で数えていた。
黒い妄想が広がった。
老婆から紙幣をもぎ取って銀行から走り出る……
外は人の波だ……
群衆の中に紛れ込んでしまえば……
妻の顔が浮かんだ。
「生きてゆくためにはお金が必要なの。たとえ盗んででも……」
そう言い放った時の、凄絶な妻の顔だった。
しかし、さして豊かそうでもない老婆のなけなしに手は出せなかった。
「お客様」
声がかかって亘の前に制服の男子行員が立った。
「長くお待ちのご様子ですが、ご用件は承っておりますでしょうか?」
笑顔だが、目は笑っていなかった。亘の黒い思いを確実に読み取っているように思えた。
「あ、いや。……もう、済んだ」
単なる妄想だったが、まるで実行したかのような恐怖感に襲われた。崩れそうな両足の震えに耐え、激しい心臓の鼓動を抑えながら、亘は再び街に出た。
全身を刺すような寒気に耐えかねて目覚めた。
亘は、地下街への階段の下で、シャッターに寄りかかって眠っていた。
空はすでに白んでいた。
昨夜は、一晩中、街を歩いて過ごした。
不夜城を思わせる繁華街から、住宅街まで歩いた。
意味はなかった。止まっていると寒いから歩いていただけだった。歩いていれば、「何か」に出会えるとも考えた。
出会ってみなければわからない「何か」ではあったが、亘の胸のうちではそれほど漠然としたものではなかった。それは、銀行内で芽生えた黒い思いの延長線上にあった。
暗い住宅街で、帰宅途中と見られる若い女を追った。
膨らんだハンドバッグを狙ったが、実行には移せなかった。
不在と思える住宅に忍び込むことも考えたが、結局は、妄想で終わった。
生きてゆくためには盗んででも金が必要なことは、その通りだと思う。
その金を得るためには、働くか盗むしかない。
働く意思はある。働かせてほしい。しかし今、現実に仕事がない。
とすれば、盗むしかない。……だが、盗めなかった。
夜の街をさまよった挙句、亘の足は自然に家の方角に向いた。
妻と子の待つ家だった。暖かく、楽しい家のはずだった。妻は待っているだろうか? この夜の街より暖かい家だろうか。
亘の足が止まった。
「たいした収入にはなりませんが……」
かつての部下だった斉藤が、嘱託営業の仕事を斡旋してきた。
官公庁を回って名刺を置いてくるだけの仕事であった。
ふつう営業といえば、客先を回って自社商品の売り込みをする。
しかし、官公庁の仕事は基本的に入札によって発注される。したがって、役所の担当窓口にいくら攻勢をかけても、受注することはできない。第一、役所の担当者は「あらぬ疑い」をかけられないように、業者には絶対に会わない。
どうせ会ってはくれないから行かなくていいかというと、そうもいかない。
入札には談合が付きもので、しかもこの談合には役所の意向も働く。日参して、受注の熱意を示すことも大事なのだった。
その「熱意」は、積み上げられた名刺の高さで測られる。
そのために名刺を置いてくるだけだから、本職の営業マンが出かける必要はない。本来、若いアルバイターでも、パートのおばさんでもいいようなものだが、やはり役所の奥深くまで入り込むので、いかにもそれらしき年配者が必要なのであった。
この仕事は、一日中、あちこちの役所を回るので、車が必要であった。
正社員の営業マンは会社の車を使うことができたが、嘱託の場合は自前で準備しなければならない。
車は借金を減らすためと、維持費の節約のために手放してしまった。
中古車を買おうにも金がない。ローンを組もうにも、会社をつぶし、借金を抱えている亘はクレジットが通らない。
苦衷を察して、斉藤が車の購入費用と当座の諸掛分を用立ててくれることになった。
かつての上司は言うまでもなく、同僚も部下たちも、誰ひとり亘に目を向けない中で、この斉藤の好意には涙があふれたものだった。
「主人が何をしようと、私は一切責任持ちませんからね」
金の準備ができたという斉藤からの電話に、妻は亘に取り次がずにそう言い放った。
妻がそういうのも無理はなかった。
斉藤の斡旋してくれた仕事については、まだ話していなかったので、妻はただの借金の話だと考えたのであろう。
仕事の話をしなかったのは、すべてが決まったところで話し、妻を喜ばせようと思ったからであった。
「余ってるお金ではありませんが、仮に返してもらえなくても、私はお世話になったご恩の一端をお返しするというつもりだったんです。でも、男の仕事は奥様のご協力なくしてできるものではないと思います。いまのご様子では、お金が生きないと感じましたので、この話はなかったことにさせてください」
折り返し電話した亘に、斉藤はそういって電話を切った。
万事休す、だった。
家へと続く道が、夜の闇の中へ、遠く遠く延びていた。
あてもなくさまよう人は、皆、駅へ行くという。
駅は、出発の場所であり、また到着の場所でもある。
家路を捨てた亘は、行くあてがなかった。
あてもなく歩き、駅に着いた。
すでに終電が出て、駅舎にはシャッターが下ろされていたが、駅前広場は真昼のように明るく、人があふれていた。
広場の中央に犬の銅像があった。犬は悲しげな目で遠くを見つめていた。
亘は、銅像に向かい合ったベンチに腰を下ろした。
広場にはさまざまな人がいた。
ギターを抱えて歌を歌っている人。前に置かれたケースには通りすがりの人が投げ込んだらしい金が入っていた。ギターを弾けない自分が悲しかった。
路上にシートを広げ、アクセサリーを売っている外国人。若い女が財布から少なからぬ金を出して、なにか買っていった。
立っていることもおぼつかない足取りで警察官につかみかかっている酔っ払いがいた。
人目もはばからず、しっかりと抱き合って口付けを交わす恋人たち。
……みんな幸せそうだった。
亘のとなりにいた若い男が立ち上がった。待ち合わせの相手が現れたらしく手を振りながら駆けていった。
男の去った跡に紙袋が残されていた。ハンバーガーショップの袋だった。空き袋のようには見えなかったので、体を傾げて覗いてみると紙に包まれたハンバーガーが2個、手付かずになっていた。
「忘れ物?」
亘は、袋を持って若い男を追ったが、彼はすでに人ごみにまぎれてしまっていた。
亘の手に、ほんのりとハンバーガーの温かみが伝わってきた。
激しい飢餓感が、再び亘を襲った。
辺りを見回したが、誰も亘に関心をもつものはいなかった。
亘は駅舎の陰へ行き、ハンバーガーに食らいついた。
瞬く間にハンバーガー2個を食べ終えて、亘は紙袋をゴミ箱に捨てた。ゴミ箱には、飲み物の缶がいくつも転がっていた。ふと思いついて、「お茶」と書かれた缶の一つを持ち上げてみると、まだ中身がたっぷり入っている重さが感じられた。
一瞬だけためらった後、亘は、缶に口をつけ、中身を一気に飲み込んだ。
この街には食べ物がある。飲み物もある……
亘は、冷たい風を避けるため、地下街への階段をおり、最下段に腰を下ろして足を休めた。
その日から、この街に路上生活者が一人増えたことに、誰も気付かなかった。
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