身代わり地蔵


 いえね、まるっきりご利益がないってわけじゃないんだよ。
 霊験あらたか、っていうようなもんじゃないけどね、まあ、そこらの葬式専門のお寺さんや金儲け上手の神社よりは、ずぅっとましで…… 本気になって願をかければ叶えられる、って言っていいんじゃないかな。

 ただねえ……
 この地蔵さん、そう言っちゃなんだが、やることが荒っぽすぎるんだわ。

 あのね、ふつう神仏への願い事って言うのは二種類あって、おおむね人生に満足してる人は「家内安全、商売繁盛」って、まあどうでもいいような願だよね。これに対して、せっぱ詰まった人は「いま30万円必要だ。なんとか10万円、いや5万円でいい…… ムリなら1万円…… いや、いくらでもいいから助けて!」となる。つまりね、具体的で深刻な願なんだわ。

 こういう願は、ふつうのお寺や神社じゃ扱わない。なにしろ、もともと叶えていただくためのお賽銭がないんだからね。
 そこでお賽銭の要らない、この地蔵さんのような野仏の出番になる。
 うん、地蔵さんには迷惑だよね、いくら具体的な願をかけられたって、サラ金じゃないんだから、いくら出すって返答は出来ないと思うよ。

 けど……
 こないだね……
 ほれ、野崎んところの長男坊。和夫って言ったかな、東京の大学に裏口から入ったって言う、あのバカ息子。うん、いま帰ってきてるだろ? 卒論の提出が終わって卒業式を待つばかりだってふれこみだけど、実は何度も落第した挙句、大学なんてとっくにやめて遊び暮らしていたんだそうだ。
 東京で遊び暮らしてたんじゃ、もちろん親の仕送りなんぞいくら有ったって足りるもんじゃない。
 そこで行き着くところは借金だ。
 それも、どうやらタチの悪いスジのカネに手を出したらしくてね、激しい追い込みに音を上げて逃げ帰ってきたらしい。

 もちろん金貸しのほうも、ただ逃げられるほどアホじゃない。ちゃんと国許を調べ上げてあってね、早速取り立て屋を送り込んできた。ガラの悪いのを三人もね。
 三人は、木佐山の温泉宿、ほれ、大黒屋って言ったかな、そこに泊り込んで、連日酒盛りをやりながら、その分も払えってせっついているらしい。
 なに借金そのもはたいした額じゃないらしいが、利息とね、利息に利息がついてしめて1500万、その上に三人の取り立て手数料ってやつが乗っかる。
 野崎の親父は、山を売ってでも始末をつけてしまいたいらしいんだが、問題は、あの和三郎ジイサン。ハンコはぜんぶジイサンが握っていてな、農協の貯金すら勝手に下ろせないらしい。
 ジイサン、よぼよぼで、近頃は一ン日中、布団にくるまって寝ているそうだが、口ばっかりは達者でね、「スジの通らん金はビタ一文払えねえ」ってがんばってるらしいんだ。つまりね、元金は返すが、利息も取り立て料も払わん、てね。


 でね、困り果てた嫁の芳子さんがね、あの地蔵さんにお願いしたってわけさ。

 さ、面白れえのはここからだ。
 翌日、取立て屋の一人がジイサンを訪ねてきた。

 「話が長引きそうなんで、いったん東京へ帰ることになった。すぐに戻ってくるが、そのときは今までのようには行かない。少々、荒っぽいことになるかもしれない。そんなことにならないように、こっちの顔も立てていくらか払ってくれ」
 ってね。話の中身は脅しのようなもんだが、ここいらが潮時と思ったんだろうね、ジイサン、元金と年12%の利息、それに「わずかだが、あんたらの駄賃」を上乗せして150万円払うと約束した。もともとの請求金額はその10倍の1,500万円だから、これで手が打てるんなら万々歳だわ。

 で、その翌日、今度は野崎の親父が、取立て屋を訪ね、どこでどう工面したのか、1,500万の札束を差し出した。つまり取立て屋の請求金額全額で、宿代だけは勘弁してくれ、というものだった。
 名目は何だっていい、ほぼ満額せしめた取立て屋は、現金をボストンバッグに詰め込んで、証文を返して意気揚々と引き上げていった、と。

 めでたしめでたしといきたいところだが、話はまだ続く。

 取立て屋の乗った汽車が、村境の鉄橋を越えたところで騒動が起こった。現金の入ったボストンバッグが盗まれちまった、と。
 1,500万もの大金の盗難となれば、当然警察の出番になる。
 汽車は隣の駅に停められて乗客は缶詰…… なに乗ってたのは一件の3人を除けば50人もいなかったらしいがね。
 乗客乗員の手荷物が調べられ、鉄道沿線の捜査まで行われたんだがね、カネはもとよりボストンバッグも、煙のように消えうせてしまった、というわけだ。

 いや、話はもうちいと続く。

 そのボストンバッグだがね、いま地蔵堂の裏の藪の中に放り込まれてるのさ。カネはもちろん入っちゃいないよ。中身は枯葉だわ。

 と言えばもうわかるだろ?

 そう、泥棒したのは地蔵さん。それだけじゃなくてね、爺さんのところへ話をつけに行った取立て屋、取立て屋に金を届けた野崎の親父、みんな地蔵さんの一人芝居だったとさ。

 あ、忘れてた。事の起こりのどら息子だがね、いま隣村の知り合いに預けられ、百姓仕事を一から叩き込まれてる。今頃は身体中の筋肉が痛くって、ひぃひぃ泣きながら月でも眺めているだろうよ。