身代わり地蔵 |
いえね、まるっきりご利益がないってわけじゃないんだよ。 ただねえ…… あのね、ふつう神仏への願い事って言うのは二種類あって、おおむね人生に満足してる人は「家内安全、商売繁盛」って、まあどうでもいいような願だよね。これに対して、せっぱ詰まった人は「いま30万円必要だ。なんとか10万円、いや5万円でいい…… ムリなら1万円…… いや、いくらでもいいから助けて!」となる。つまりね、具体的で深刻な願なんだわ。 こういう願は、ふつうのお寺や神社じゃ扱わない。なにしろ、もともと叶えていただくためのお賽銭がないんだからね。 けど…… でね、困り果てた嫁の芳子さんがね、あの地蔵さんにお願いしたってわけさ。 さ、面白れえのはここからだ。 翌日、取立て屋の一人がジイサンを訪ねてきた。 「話が長引きそうなんで、いったん東京へ帰ることになった。すぐに戻ってくるが、そのときは今までのようには行かない。少々、荒っぽいことになるかもしれない。そんなことにならないように、こっちの顔も立てていくらか払ってくれ」 ってね。話の中身は脅しのようなもんだが、ここいらが潮時と思ったんだろうね、ジイサン、元金と年12%の利息、それに「わずかだが、あんたらの駄賃」を上乗せして150万円払うと約束した。もともとの請求金額はその10倍の1,500万円だから、これで手が打てるんなら万々歳だわ。 で、その翌日、今度は野崎の親父が、取立て屋を訪ね、どこでどう工面したのか、1,500万の札束を差し出した。つまり取立て屋の請求金額全額で、宿代だけは勘弁してくれ、というものだった。 名目は何だっていい、ほぼ満額せしめた取立て屋は、現金をボストンバッグに詰め込んで、証文を返して意気揚々と引き上げていった、と。 めでたしめでたしといきたいところだが、話はまだ続く。 取立て屋の乗った汽車が、村境の鉄橋を越えたところで騒動が起こった。現金の入ったボストンバッグが盗まれちまった、と。 1,500万もの大金の盗難となれば、当然警察の出番になる。 汽車は隣の駅に停められて乗客は缶詰…… なに乗ってたのは一件の3人を除けば50人もいなかったらしいがね。 乗客乗員の手荷物が調べられ、鉄道沿線の捜査まで行われたんだがね、カネはもとよりボストンバッグも、煙のように消えうせてしまった、というわけだ。 いや、話はもうちいと続く。 そのボストンバッグだがね、いま地蔵堂の裏の藪の中に放り込まれてるのさ。カネはもちろん入っちゃいないよ。中身は枯葉だわ。 と言えばもうわかるだろ? そう、泥棒したのは地蔵さん。それだけじゃなくてね、爺さんのところへ話をつけに行った取立て屋、取立て屋に金を届けた野崎の親父、みんな地蔵さんの一人芝居だったとさ。 あ、忘れてた。事の起こりのどら息子だがね、いま隣村の知り合いに預けられ、百姓仕事を一から叩き込まれてる。今頃は身体中の筋肉が痛くって、ひぃひぃ泣きながら月でも眺めているだろうよ。 |