趣味の殺人倶楽部 |
もしもし。あなた。 ……ええ、あなたですよ。深夜、ひっそりとパソコンに向かい、何か面白いことはないかと、ネット内をウロウロしている、そう、あなたです。 いかがでしょう、うちのフォーラムに参加しませんか? いえ、たいして珍しいフォーラムじゃないんですが、けっこう面白くてね、ハマりますよ。ふふふ フォーラムの名称は「趣味の殺人倶楽部」(FMURDER)っていうんですがね。 テーマは、文字通り人殺しです。いえいえ、殺人をテーマにしたおしゃべりフォーラムじゃありません。オフでね、実行するんですよ、人殺しを。 あ、もし。大きい声をだしちゃいけません。もうお寝みになっている方もいらっしゃるんですからね、お静かにお願いします。 ターゲットは、メンバーがそれぞれ持ち寄り、会議室で十分に計画を練り上げた上で、オフです。みんなで協力して確実にターゲットを死に至らしめるんです。 どうです。面白そうでしょ? もちろんターゲットは誰でもいいんです。私怨公憤なんでもあり、です。 あなただって、今までの人生で、一人や二人は「殺してやる!」と思った相手がおありでしょう? でも実現できなかった。なぜでしょうね。 適当な手段が思い当たらなかった? 道具がなかった? 警察に捕まるのが怖かった? どれも当たっているけど、本当はあなたの理性が実行させなかった、というところでしょう。 いえ、いいんですよ。人殺しなんか、やらないに越したことはない。 このフォーラムは、もちろんターゲットを実際に殺してしまうのが目的ですが、計画を練っているうちに、ばかばかしくなって止めてしまうことのほうが多いんですよ。はははは どうです? 面白そうでしょ? 入会しませんか? ……おや? どうされました? お顔の色が悪いですよ。 ……ひょっとして今、あなたはターゲットをお持ちですね? ではこうしましょう。 とりあえず、お試し入会ということで、フォーラムの発言をROMしてみましょう。もちろん退会は自由です。 その上で、実行したくなったら正会員になってください。 よろしいですか? では、このページの右下隅にある黒い★マークをクリックしてください。 認証画面が現れますので、ID欄に「guest」、パスワード欄に「1563」と入力してください。 ちなみに、正会員のパスワードは「1564」、ヒトゴロシ、です。ゲストさんは、ヒトコロサン、と覚えてください。ははははは はい? ああ、いいんですよ、このパスワードは知られても。ここで大事なのはIDです。重要な部分には、また別のパスワードが要求されます。 え? そう、簡単ですよ。 お試し入会の場合は、オフには参加できませんので、殺人の動機や手段、密室トリックなどを話し合う、いわばミステリー・ファンのフォーラムのようなものです。それ自体は違法ではありませんので、ご安心ください。 さて、それでは会議室に入ってみましょうか。 認証が済みますと、自動的に第一会議室に入ります。 第一会議室は、自己紹介の部屋で、会議室テーマは「一緒に殺そう憎いあいつ」です。 お入りになりましたら、また私が出てきて、ナビゲートいたします。 では、どうぞ。あちらでお待ちします。 ★ いらっしゃいませ。 あ、お名前は要りませんよ。正式入会される場合は、ハンドルが必要になりますが、いまのところは「ゲストさん」ということにさせていただきます。 さっそくフォーラムの紹介ですが、ご覧の通り、ここには20の会議室があります。 一番はここですね。 二番会議室は、お知らせルームで、このフォーラムのルールや、スタッフの紹介、重要なお知らせなどが掲示されています。後でゆっくり読んでおいてください。 三番会議室は、いわば研修室です。クイズ形式で、殺人に関するさまざまな知識を習得します。 四番は、公憤に基づく殺人を主テーマにした、言ってみればテロ専門の会議室です。こちらはかなりレベルが高いので、ゲストさんにはお勧めしません。 五番は、ちょっとドロドロした、家族間の殺し合いを扱います。 六番は、困ったときの相談窓口です。何かわからないことがあった場合や、ひとりでは解決不能な難問にぶつかった場合、あるいは殺人に関係ない悩み事の相談にも応じます。 七番は、資料室です。歴史上の著名な殺人事件の資料がそろっています。 八番は、毒物専門の会議室です。毒薬は、殺人には好適な道具ですが、入手が困難な上、足もつきやすいので、扱う場合はこちらで十分に討議したほうがいいでしょう。 九番は、トレーニングルームです。報道、公表された殺人現場に赴き、実情を自分の目で確かめながら殺人のレシピを収集します。 十一番は…… え? ああ、十番ですか。十番会議室は、言ってみれば職員室で、このフォーラムのスタッフだけが集まる部屋です。セキュリティなども扱っていますので、一般会員にはどこにあるのかはわからないようになっています。 えぇと…… あ、十一番でしたね。こちらでは、毎月、テーマを決めて同種のものをまとめて処理しています。今月のテーマは「若い者には負けない」で力任せではない、高齢者にも可能な頭脳的殺人の研究をしています。 十二番は、休憩室です。お茶でも飲みながら、自由に意見交換をします。 十三番は、ちょっとマニアックな方々の会議室で、創造的殺人を扱います。「殺人は芸術だ」なんて主張する会員さんもいます。あはははは 十四番は、ローカルな情報交換の会議室です。このフォーラムのオフ、つまり殺人の実行時には、地球上のあちこちに出かけます。当然、知らない土地も多いので、事前にいろいろ情報を仕入れておくわけです。 十五番は、恋愛関係のもつれによる殺人を専門に扱います。 おや、どうされました? 涙ぐんでいらっしゃいますね。ははあ、わかりました。あなたのターゲットは恋敵ですね。いや、すばらしい。愛のためには人をも殺す。こんなことが出来るのは人間だけです。あなたはすばらしい感性をお持ちですね。 十六番は、道具や方法についての会議室です。会議室名称は、「これが大好き」。誰でも好みって言うものがありますね? 殺人も同じで、ナイフが好きな人、ロープにかけては誰にも負けない人…… ここではそういう好みの同じ仲間同士グループを作ってより優れた殺人方法を話し合っています。 ちなみに私が好きなのはこれです。すばらしいでしょう? これを使えば百発百中、仕損じなしです。 十七番は、バーです。人殺しというものは、心にゆとりを持たないとうまくいかないものなんですが、実際にはどうしても神経が尖ってしまいます。そこでたまにはお酒でも飲んで、殺伐とした雰囲気を和らげるわけです。きれいなママさんがいますよ。 十八番は、オフつまり殺人の実行計画を練り上げます。 そして二十番。ここですべての準備を整えて、いよいよ実行に移ります。 以上がFMURDERの全容ですが、なにかご質問は? え? ああ、十九番ですか、ここはそうですね、教会で言えば「懺悔室」のようなもので、胸に溜まった怒りや後悔など、人には言えない気持を独り言として吐き出す場所です。そういう性質ですから、この部屋で見たり聞いたりしたことについて意見を言うことは禁止されています。 ということで、それではしばらくご自由にフォーラム内を見学なさってください。 各部屋には、それぞれスタッフがBLとして常駐していますから、わからないことがありましたらお気軽にご質問ください。BLが席をはずしているようでしたら、シスオペかサブシスをお呼びください。 シスオペは、イジョージ・ブッシュ、サブシスはふたりおりまして、ひとりがゴヨズミ・ジュンイチロウ、もう一人が私で、キン・ジョニイルです。私は主に新入会員の勧誘を担当していまして、口の悪い連中は拉致工作員だなんていってます。はははは 一回りして、お気に召しましたらまた一番においでになって、正式に入会のお手続きをしてください。 ★ あ、お帰りなさい。 どうでした? だいぶごゆっくりでしたね。お疲れでしょうか、お顔の色が悪いですよ。温かいお茶でもどうぞ…… どの会議室がお気に召しました? は? 十九番? 懺悔室、ですか? ほほう…… あなたはロマンチストですね。殺人者の心の奥をまず知ろうとなさる…… いえいえ、けっこうです。大切なことですからね。 で? いかがでした? 皆、真剣に悩み、苦しんでいらっしゃったでしょ? え? おや、私の懺悔をお読みになった? つまらなかったでしょ? 私はめったに懺悔はいたしません。そうですね、覚えている限り最近の懺悔はひとつだけ。愛する人を手に掛けたことです。 いえ、ほんとに、心の底から愛していたんですよ。 でも、彼女は私を愛してくれなかった…… 彼女はね、人妻だったんです。ネットで知り合ったんですが…… もともと熱烈な恋愛のすえ結婚したそうですが、さいきんはご主人の愛が薄れたのか、夫婦生活に不満を感じていたらしいんです。 いえ、そういう心の隙間に食い込もうと言うつもりは私にはありませんでした。相談相手、あるいは悩みの聞き役…… いえいえ、本当のことを言いましょう。ターゲットを探すつもりだったんです。彼女がご主人を殺してしまいたいと思っているなら、彼女自身が手を下さずとも、私のターゲットにしてもいい、と。 はじめはメールのやり取りで彼女の悩みの聞き役をしていたんですが、メールではもどかしかったのでしょう、彼女のほうから会って話したいといってきました。 もちろん私に否やはありません。 彼女に対する野心ではありません。ご主人をターゲットにするとなれば、いつまでもメールで相談しているわけにはいかない、というつもりでした。 しかし、実際に会った瞬間、私はターゲットのことより、彼女自身に夢中になりました。一目惚れってあるもんですね。 彼女の話しは上の空で聞きました。話しより、彼女の唇の動きに見ほれていたのです。たまらなく美しく、魅力的でした。 二度目のデートで、私は彼女を拉致しました。 いえ、ムリヤリではありません。メールの交換などで、彼女と私は波長が合うというのでしょうか、似通った感性を持っていることがお互いにわかっていましたからね。むしろ積極的に、私の誘いに乗ってきました。 でも…… 私の愛に彼女は応えてくれませんでした。 ご主人と別れて、私と一緒になって欲しいという願いに、ほとんど同意していた彼女でしたが、初めての抱擁の瞬間、私は強い力で突き飛ばされました。彼女は、ご主人への愛を思い出してしまったようでした。 可愛さ余って憎さ百倍、といいますね、その通りです。 私の体の奥底にあった殺人者の本性が目覚めたのでしょう、ほとんど本能的に私は彼女を殺してしまいました。 後悔しています。 私はたいへんな間違いをした。殺すべきは彼女ではなく、初めに考えたとおり、彼女のご主人をターゲットにすべきだったのです。 たとえば病死を装って、あるいは交通事故などを装って、ひそかにご主人を殺してしまえば、彼女の心が私に向くことは考えられた…… やはり、殺人は心にゆとりを持って実行しなければならない。カッとして殺してしまったのでは、必ず悔いが残るものです。 は? 悔いなんか残らない? あ、あなた、どうしたんです? それ、私の愛用の…… 十六番から持ってきちゃったんですね? ダメですよ、備品を許可なく持ち出しちゃ。ましてあなたはまだお試し入会中の…… あっ、あぶない! なにをするんです? あ痛っ! あなた、やめてくださいっ! なにを考えているんですっ! えっ? ご主人? 彼女の? ぎゃぁーっ! 助けてぇーっ! |