ち ゃ み い


 「ネコ、もらってくれんかね」
 「どんな猫?」
 「かわいいやつだ、3歳のメスだが賢い子ネコでね」
 忙しそうに書類に目を落としたまま受け答えする相手に、野口俊夫は肝心の話が切り出しにくくてネコの話に紛らせた。が、失敗だった。
 「すまんが、今忙しくてね。猫の話しはこんど聞く。今日は帰ってもらえんかね」
 このまま猫の話に付き合っていると、いずれは「あの」ことに触れねばならないような気がした。「あの」ことは、いずれはっきりさせねばならないが、今は困る。まだ腹が固まっていない、と原田紀一は思った。

 野口俊夫、70歳。独身、結婚歴はあるが40年ほど前で、1年たらずで離婚した。子供なし、姉が一人いたがすでに他界し、もちろん両親はすでに鬼籍の人、たどれば親戚はあるだろうが付き合いはなく、天涯孤独という身の上だった。
 この会社の創立役員だが、事実上引退して、猫一匹と「優雅に」暮らしている。「事実上」といったのは、デスクはあるが実質的な会社の仕事はすでに無く、もう3年ほど出勤してもいないからだ。
 原田紀一、57歳。この会社の代表取締役社長で経営、営業の総責任者である。
 こちらは、妻と、長男夫婦に4歳になる孫が二世帯共同住宅を建てて生活しており、両親も健在で、同じ町内に原田紀一の兄夫婦と同居している。

 野口俊夫が、ネコに事寄せて切り出したかった話は、生活費の問題であった。ネコのえさ代にもことかくありさまだ、と訴えたかったのだが、どうにも切迫感がないようにも思えた。
 一方、原田紀一が触れられたくなかったのも、その問題だった。もう1年近く、給与を振り込んでいない。当人が出勤していないのだから給与振込みは必要ないともいえたが、それでは退職金はどうなる、という話になってしまう。こっちのほうがもっと困る。
 さらに、そんなことはないと思うが、会社の株式の持分比率がどうのという話にでも発展したら大ごとだ。
 そんなことにならないうちに適当にお茶を濁してしまわなければ、と考えた。

 15年ほど前、二人は、野口俊夫の個人事業を拡大発展する形で、今の会社を創立した。
 事業の内容は、まあ説明しなくてもいいだろう。この小説の筋立てには関係ないし、説明するのは少々面倒だからだ。
 要するに大企業の手を出さない、いわゆる「すき間産業」で、事業はそれなりにうまくいき、拡大した。といっても従業員数50人にも満たないから零細企業には違いない。
 流れから言えば、もともと野口俊夫が創業した事業だし、営業は彼が引っ張って拡大したのだから、野口俊夫が社長になっても良かったのだが、事務処理が苦手の上、帳簿なんか斜めに眺める気もしなかったから、社長業は原田紀一に任せたのである。
 株式の持分比率は、野口俊夫50%に対し、原田紀一30%、原田富子20%となっている。原田富子というのは、名前で想像できるとおり原田紀一の妻である。細君は、会社には出てこないし、経営に口も出さない。それどころか自分がこの会社の役員になっていることも知らなかったかもしれない。登記上の員数そろえに原田紀一が勝手に引っ張り出したものだったからだ。
 
 営業マンとしては抜群の力を発揮する野口俊夫だったが、歳には勝てなかった。高血圧と糖尿病で病院通いが続くようになり、ゴルフで1ラウンド回ると疲労を感ずるようになっていた。
 「リタイアの時期だと思うんだが」
 「だめだ。死ぬまであんたは離さんよ。前にも言ったと思うが、あんたの葬式は会社で出す。なんせ香典で一儲けしなけりゃならんからな。仕事がいやなら遊んでいてもいい。会社は辞めさせない」
 原田紀一はそういって野口俊夫の申し出を断った。
 これだけ聞いたら、原田紀一は心の豊かないいヤツだと考える人がいるかもしれない。だが内実は違った。
 香典で一儲け、というのは半ば冗談だが、残り半分は本気といえた。
 いま野口俊夫が役員を退任し、退職するとなれば、一括して退職慰労金を支払わねばならない。在職年数に会社への貢献度なども勘案すれば、少なくとも4〜5000万は必要だろう。そんな金はない。
 野口俊夫には相続人がいない。少なくともそう聞いている。とすれば、野口俊夫が死んだ場合、退職慰労金も何も払う必要がないことになる。後始末を会社がすればいい。
 あと何年生きるかはわからないが、それまで給料を保証すればいい。そのほうが高くつくかもしれないが、少額づつ毎月の経費に紛れ込ませてしまえば痛くも痒くもない。原田紀一はそう考えていたのである。

 野口俊夫は、自分の財布の中身を気にしない男だった。「食って行けりゃいい」そう考えていたのかどうか、給与の額や貯金の増減にはあまり気を止めなかった。
 だから実は会社発足時の給与は上がらないまま、もちろん役員賞与も支給されないまま、つまりかろうじて食べてゆけるだけの給与しか支給されてこなかった。その間、原田紀一のほうは、他の同格企業と比べても決して恥ずかしくない報酬を受け取り、名目上の役員である原田富子もまた、勤務実績がないにもかかわらず高給を受け取っていたのである。
 それだけではない。野口俊夫にそういう知識がないことをいいことに、本来会社の義務である厚生年金の加入すら行っていなかった。これが重要だった。この15年間の加入がなかったために、5年分ほど加入期間が不足して野口俊夫はまったくの無年金者となっていたのである。
 それらのことを十分に承知していながら、原田紀一は、野口俊夫を絞れるだけ絞ったといえる。

 3年前、その野口俊夫に家族ができた。
 目が開いたばかりの子猫だった。生まれてからようやく一週間といったところだろう。ゴミ捨て場でうろうろしているのを拾ってきたものだ。毛色は白で顔半分だけが茶色い斑点に覆われていて、はっきり言えばブッサイクな猫だった。
 はじめは、交通の激しい道路に面したゴミ捨て場では危険だから、安全なところへ移動してやろう、程度に考えていたが、母親の乳を求めて、差し出した指先に吸い付く姿を見ているうちに、飼ってみようか、と思うようになった。
 野口俊夫はホームセンターから猫用の粉ミルクを買ってきた。そんなものはない、という店員を脅し半分に駆り立てて倉庫の隅から探し出したものだ。
 通常、猫に限らず動物は母親が授乳するので、粉ミルクは必要ないのだという。この母親による授乳は非常に重要で、この期間に栄養分はもとより、免疫や社会生活に必要な要素を受け継ぐため、特別な事情がない限り粉ミルクは必要ない、つまり粉ミルクは医療用なのでほとんど売れないため店頭には並べないのだそうだ。
 なるほどね、ひとつ利口になった。利口になったが、その知識はこの際、すでに役に立たない。
 猫ってどう飼えばいいんだろう?
 猫なんて、適当にエサをやっておけばいいと思っていたが、この猫はまだエサは食べない。ミルクをあてがうにしても時間と量が問題になってきそうだった。
 粉ミルクの缶を何度もひっくり返して説明文を読んだ。それだけでは足りなくて、インターネットをあさり、猫飼育の方法を探った。
 たかが猫されど猫、怪しげな説を展開するものから、そこまで必要かと思えるほどに薀蓄を傾けるものまで、すさまじい数のサイトがあった。適当にツマミ読みしたが、大して役に立ったとは思えなかった。そりゃそうだろう。猫に限らず動物は、放っておけば勝手に生まれ育つものだ。
 何が必要、ということはなさそうだった。ただ「獣医師による健康診断」という言葉がひっかかった。

 野口俊夫は、タウンページを引っ張り出して獣医師を探した。
 すぐに見つかった。野口俊夫の住まいは過疎といってもいいような田舎なので、周辺部をあわせて一軒しかなかったからだ。車で20分ほどの隣町にあった。
 「こりゃあ、無理ですよ。この時期に母親と離れたら致命的です。せいぜい一週間ほどしかもちません」
 診察台に乗せられた子猫を見て、医師は即座に言った。
 「親のところに返すべきです」
 親はどこにいるのかわからない。ゴミ捨て場で拾ってきたと事情を話すと、医師は無慈悲に言い放った。
 「こちらで処分しましょうか?」

 やぶ医者め。死ぬかもしれない患者を何とかするのが医者の務めだろ?
 「10日ほど経って、まだ生きているようならもう一度きてください。健康診断はそれからです」
 ミルクは欲しがるときに欲しがるだけ飲ませなさい、時々ティッシュでオシリを刺激してオシッコ、ウンチをさせなさい、等々、それでも医師はカルテを書きながら、細かい指導をしてくれた。
 「お名前は?」
 「野口俊夫」
 「違います。この子の名前です」
 「まだ、無いんですが」
 医師はにらみつけるような視線を向けた。
 「つけてあげてください。たとえ一週間しか生きなくても、せっかく生まれてきたのに名前も無いんじゃ、あまりにも哀れでしょ」
 医師は診察料を受け取らなかった。

 ちゃみい。0歳、雌、雑種。
 医師の宣告を見事に跳ね除けて、子猫は生き続けた。
 ミルクの要求はすさまじかった。24時間ひっきりなしに「みゃあ、みゃあ」と鳴き続け、野口俊夫は、授乳と排泄補助の作業に追われて、自分が食事をする暇も無いほどだった。野口俊夫は完全に睡眠不足に陥った。
 このとき野口俊夫はすでに67歳。まだ仕事を持っていて、毎日出勤しなければならなかった。その仕事に影響が出た。必死に生きようとするちゃみいを放っておくことはできず、遅刻早退はもちろん、欠勤することもあった。役員だから出欠は給与に影響しないが、従業員への影響は考えなければならなかった。
 残された人生をちゃみいと優雅に暮らすか。
 別に猫に人生をささげようというのではない。このところ体力の衰え、体調の不良も感ずるし、少々疲れた。

 ちゃみいがやんちゃ盛りの子猫に成長したころ、野口俊夫はほとんど家にいるようになった。一日中家にいて、子猫と転がりまわっているのが日課となっていた。
 猫は大きく育ったが、それに反比例するように、野口俊夫の預金残高が減って行って、終に底をついた。なんとかしなければならない。自分はいいが、ちゃみいの腹は満たさねばならない。
 意を決して野口俊夫は、原田紀一に苦境を訴えに行った。

 万事休した。
 働いていないのだから給料を支払ってもらえないのはやむをえない。その働いてもいない老人に、2年もの間、給料を払い続けてくれたのだから、原田紀一には感謝しなければならない。そう思っていた。
 これ以上、他人に迷惑はかけられない。きれいに身を処すべきだ、野口俊夫はそう考えた。
 12月のある日、ちゃみいを表に出した。
 「さよなら。ちゃみい。誰か親切な人を見つけて飼ってもらいな。俺みたいな生活無能力者はだめだぞ。一所懸命探せば、お前はかわいい子だから、きっといい人にめぐり合えるはずだ」
 心残りはちゃみいの行く末だけだったが、こればかりはどうすることもできなかった。
 深夜。野口俊夫の家から火が出た。
 消防車や救急車が何台も駆けつけたが、灯油でも撒いてあったのか火勢は意外に強く、またたく間に全焼した。
 焼け跡から野口俊夫の遺体が発見された。これも灯油をかぶっていたと見られ、黒こげだった。

 野口俊夫の葬儀、告別式が社葬として行われた。
 もし、野口俊夫の自殺のいきさつを知るものがいれば、この葬儀には違和感を抱いたはずだが、会社創立者の一人であり、その発展に功労があった役員であれば、社葬は当然と見る向きが多かった。
 野口俊夫の交際範囲は思いのほか広く、葬儀、告別式には、予想をはるかに上回る数の参列者があって「香典で一儲け」は現実のものになった。そればかりではなく、野口俊夫には、会社を受取人とする生命保険がかけられていた。
 保険は、15年継続していたので、野口俊夫の死は自殺と認定されたが、全額支払われた。その保険金は従業員の年末賞与として消えていった。
 会社は、野口俊夫の人生になんの貢献もしなかったが、野口俊夫は骨になっても会社の存続に貢献したといえる。

 正月4日のことだ。
 出社して原田雅一は、休みの間に異常が無かったかどうか、構内を見回った。保安は警備会社に委任してあるので、騒ぐほどの異常はあるはずも無かったが、約一週間、無人となった構内は、やはり自分の目で確かめないと気がすまなかった。
 事務所建物、第一倉庫、第二倉庫、とも異常は無かった。しいていえば、事務所棟と第一倉庫の間にある物置小屋の前で猫を見かけたことが不審だった。白い猫で、顔半分から頭にかけてだけ茶色い斑点があった。のんびりと日向ぼっこを楽しんでいる風であった。
 このあたりは造成された流通団地で、個人の宅地はまったく無い。したがって飼い猫を見かけることはない。野良猫も、団地内には食堂はなく、野良猫が繁殖するほどの生ごみは発生しない。だから猫を見かけることはまず無いのだ。それが不審といえば不審だったが、特に悪さをする様子も無かったので、すぐに忘れてしまった。
 それから何日か後、原田雅一は、自宅のある町内で同じ猫を見かけた。いや同じかどうかはわからない。こんな毛色の猫をどこかで見たな、と思っただけである。
 はっきり認識したのはその翌日であった。
 原田雅一が帰宅すると、家中が大騒ぎしていた。ひときわ大きく響いて聞こえたのは孫の雅史の笑い声であった。誰か来ているのかと思ったが違った。
 リビングに家族全員が集まって何かを見つめているのだ。
 猫だった。白に顔半分から頭にかけてだけ茶色い斑点を散らした猫だった。
 妻が立ってきて、着替えを手伝いながら言った。
 「どこかの迷い猫らしいんですけどね、とても人懐こいの。フミくんなんかもう夢中で、今日一日中いっしょに遊んでいるのよ」
 「どこの猫かわからんのか?」
 「このあたりでは見かけない猫だけど、首輪をしているもの、飼い猫だってことは確かね。ね、飼い主がわかるまで、うちでお預かりしようと思うの、いいでしょ?」
 許可ではなく同意を求めていた。猫は嫌いではない。
 「雅史が怖がらないのなら、いいんじゃないか」
 「大丈夫。フミくんは妹ができたみたいにかわいがっているわ」

 その夜、原田雅一は夢を見た。
 どこかの暗がりにいた。子猫が銀色の目でにらんでいた。ただそれだけだった。
 同じシーンを何度も何度も見た。気分は良くなかった。
 次の夜も夢を見た。
 昨夜の続きだった。猫が立ち上がり、原田雅一めがけて襲いかかろうとしていた。
 その次の夜も続きを見た。
 猫は豹のように大きくなり、凶悪な目で雅一をにらんだ。
 また次の夜も。さらに次の夜も。
 猫の夢は連日続いた。また日を追ってその姿かたちが変化し、原田雅一は恐怖を感じるようになった。
 一週間ほど経るとシーンが変わった。
 豹のようになった猫に追われ、原田雅一は逃げ惑うのだ。
 うなされて妻に揺り起こされた。
 それが連夜に及んだ。寝不足が加わり、落ち着きが減った。イライラが募り、昼間起きていても豹のような猫に襲われる錯覚を感じるようになった。
 あの猫のせいだ、あの猫が来てから変な夢を見るようになった。
 よおし、叩き出してやる。
 リビングへ行くと、例によって雅史を中心に家族が輪になっていた。みんな笑顔だった。猫は雅史にへばりついて愛想を振りまいていた。
 「あら、明日ゴルフですか? クラブなんか持って」

 イライラを鎮めるため、呑みに出た。
 行きつけの蕎麦屋で、ここの焼酎のそば湯割がうまかったが、今日は味はどうでも良かった。酔いたかった。
 「どうしたの?今日の原田ちゃん、変よ。そんな飲み方をして」
 「猫が……」
 隣にいた男が振り向いた。男は金子という名で、職場では「ネコ」とあだ名されていた。それもあまりいいネコではなく、ドラネコ、ノラネコ、バケネコ……と陰でささやかれていた。
 「この野郎、今なんて言った?」
 「バケネコのやつが……」
 言い終わらないうちに、男がつかんだ手元のビール瓶が原田雅一の脳天に振り下ろされて砕け散った。
 「違う、ノラネコのやろうが……」
 「てめえ!」
 男は、ささくれて割れたビール瓶を、思い切り原田雅一の腹部に突き入れた。

 重鎮2名を相次いで失った会社は、倒産した。
 特に「喧嘩による死亡」が約款の欠格事由にあたるため、生命保険がまったく受給できなかった原田雅一の場合、遺族は膨大な借金の荒波をまともに受けて、一家離散の憂き目にあったという。

 すべてが終わった日、野口俊夫宅の焼け跡にちゃみいの姿が見られた。ちゃみいは、懐かしむようにしばらく付近を徘徊した後、野口俊夫の遺体があった辺りにごろりと寝転んで静かに目を閉じた。