青 蛇 抄 |
むかしむかし…… と語り出してもいい、もう60年も前、終戦直後のお話です。話を現代に置き換えてしまってもいいんですが、雰囲気を壊さないために、そのままの時代で話を進めましょう。 かつて国鉄と呼ばれていたJRに、御殿場線という路線があります。神奈川県の、いまでは小田原市になっていますが、国府津駅から箱根連山をぐるっと迂回して、静岡県沼津駅に至る支線です。 そのむかし、丹那トンネルが開通するまでは、こちらが東海道本線で、ずいぶん賑わったようです。 舞台は、この御殿場線沿線のある駅、その駅の近くにあったとある商店の持ち家、二階建ての貸家です。戦争直後の混乱も治まりかけ、復興の槌音が響き始めた頃、ある一家がこの家に引っ越してきました。 もともと都会に住んでいた一家は、空襲で焼け出され、命からがら逃げてきて山奥の知人の家に寄宿していたものですが、世の中が落ち着いてきたので、都会へ戻る前段として、比較的交通の便のよいこの地に当面の住まいを求めてきたわけです。 一家は、夫婦と、この冬が終わると小学校に入学する男の子、ちょうど離乳期に入った女の子の4人家族でした。 男の子の名を仮に一郎といたしましょう。 それまでに住んでいたところは間借り、こんどは小さいながらも一軒家で、一郎にも一室が与えられましたが、一郎はこの家が大嫌いでした。 夜になると、この家にはお化けが出るからです。 家族みんなが寝静まり、真っ暗闇が家中を支配すると、間もなく 「しゅう〜、しゅう〜」 と奇妙な音が聞こえ始めます。 この音を合図にしたように、「ガタガタ!ドタン!ギイ〜」など、さまざまな音が聞こえ始め、それに混じって悲鳴も聞こえるのです。 二階建てのこの家で、両親と妹は階下で寝て、一郎ひとりが2階で寝ていました。みんなが一緒にいてもお化けは怖いのに、一郎はひとりぼっち。あまりの恐ろしさに階段を駆け下りて両親に訴えたこともあります。 父が蝋燭を持って一郎の枕もとで張り番をしてくれたことが何回かありましたが、そういう時にはお化けは出てきません。 だから両親は、一郎が夢をみているのだと決めつけていました。 でも、お化けはほんとにいたのです。 お化けではなく、体長2メートルもあろうかという蛇、青大将でした。 この蛇は、深夜になると何処からともなく現れるネズミを追いかけていたのでした。シュウシュウという音は、蛇が天井板を這う音で、ドタバタはネズミが逃げ回る音、悲鳴はネズミの断末魔でした。 そうとわかったからといって、一郎の不安がなくなったわけではありません。もしネズミがいなくなってしまったら、一郎の番かもしれません。天井裏から下りて来て一郎を飲みこむかもしれないのですから。 大蛇に締め上げられる夢を見たこともありました。 あたたかい季節には、この青大将は、付近でよく見かけられました。 父が小便をしていたら、便所の小窓からアイツが首を出し、目と目が合って動けなかったとか…… 驚きで小便が止まってしまい、痛くてしょうがない、と父が言っていました。 母が薪を取りに行った時、小道に崩れていた薪を取り上げたらグニャッと曲がり、ビックリ仰天。引っくり返って腰を打ち、しばらく寝こんだこともありました。 こんなエピソードは、一郎にもあります。 家のそばに『忠魂碑』と書かれた大きな岩があり、子供達の遊び場になっていました。この岩の頂上は平坦になっているので、子供達はよくよじ登って遊んでいました。 一郎はまだ登ったことがありませんでした。何回か挑戦したのですが、途中で怖くなって下りてしまいました。この岩に登れないと、子供達の間では「まだちっちゃい子」として扱われます。 ある日、一郎は一人でこの岩に挑戦していました。途中何度かやめようと思いながら、この日はどうにか恐怖心を克服し、やっと頂上に手が届きました。 「やった!」心のときめきを感じながら、上半身を平坦部にすりあげようとしたら、あの大蛇が上にいて徹を睨んでいました。徹はそのまま転落して気を失ってしまいました。 正月が過ぎ、松が取れた頃、一郎一家は隣の町へ引っ越すことになりました。 一郎には事情がわかりませんでしたが、お化けや蛇のせいでないことはたしかです。 しかし、この家の持ち主は、短期間ですぐ出ていってしまうのは、蛇のせいであると考えたようです。一郎一家が移り住む以前にも、この家を借りた家族が何組かあったようですが、みな短期間で出ていってしまったとのことでした。 ある寒い日のことでした。 家主は天井裏から青大将を下ろし、紫の座布団に据えました。 お神酒を供え、両手をついて青蛇に懇願しました。 「お仲間の蛇がみんな冬眠しているというのに、家を守ってくれて有難う。だが、あんたがいるため、この家には借り手がつかない。うちは家賃をいただかないと食べていかれないので、まことにすまんことだが、春が来て、暖かくなったら出ていってもらいたい」 翌日、この地方には珍しく雪が降りました。 温暖な地方ですから、雪は降っても積もるようなことはまずなかったのに、この日は一日中降り続く大雪になり、御殿場線が不通になりました。 子供達は大喜びでしたが、ほとんどの村人がはじめて経験する積雪にさまざまな混乱が起きました。 雪は夕方になってやみ、夜半には御殿場線の開通の報も届けられました。 そして翌日。 保線区員が、線路に大きな蛇が1尾、轢断されて死んでいるのを見つけました。まるで自ら死のうとしたかのように、線路上にたてにうねっていたというのです。 その蛇が、あの青大将であったかどうかはわかりません。 ただその日以来、あの蛇を見かけた人は一人もおりません。 家主の商店は廃業し、家系も絶えたという話です。 |