main drag

  2 発端
「助けて!!」
 不意にゴウの体を、鋭い思念が突き抜けた。
 「助けて」という言葉ではなく、自分一人ではどうにもならないという、重い圧迫感。その、あまりの重さに、ゴウは一瞬顔をしかめた。
(どこだ…?)
 ゴウは、いつもの無表情に戻って、辺りをゆっくりと見まわした。
 先刻の鋭い思念が嘘のような、相変わらずの雑踏。学校帰りの女子高生が、耳障りな高い声をあげて笑いあっている。あふれんばかりの、というほどではないが、肩がぶつかるくらいの人ごみが、ゴミゴミとした街を更に雑多に見せていた。
 そろそろ夜を迎える新宿の街に、それらしい異常はない。
(ここじゃない……な)
 ゴウは、おもむろにタバコを取りだし、火をつけた。その手は、空を描くように奇妙な動きをしたが、普通の者には、―――その手の者でも、何をしたのか全く分からなかった。術的エキスパートが見れば、理解することもできただろうが、周囲にそんな者がいないことも、遠隔から術を使って見ている者がいないことも、ゴウは知っていた。
 ゴウの眉が、つまらなそうに、ぴく、と動く。
(分からない…か…)
 強い思念は、きれいさっぱりその存在をその場から消していた。
「霊樹に聞くしかないか……」
 ゴウは、虚ろな瞳にきらびやかな往来を写しながら、ぼそりと呟いた。
 その声を聞くものはいない。
 ゴウの端正な顔に目を止める女、あるいは男も数多くいるが、その冷たい雰囲気を肌に感じるのか、近寄ってくる者は誰一人いない。そのため、新宿駅の東口近くに立つゴウの周りには、奇妙な空間ができていた。
 ゴウの口にくわえられたタバコが、支えきれなくなった灰をポソリと落とした。その反動で微妙に跳ね上がる、短くなったタバコの動きを唇に感じて、ゴウははっとした。
(…別に、俺には関係ない)
 自分に言い聞かすようにそう思う。
 夕闇が落ちていくのと同時に落ちていく気温。ひんやりとした風を頬に受ける。
 空の狭い新宿にも、大地を踏みしめることができるところと同じように来る清浄な空気。他人の吐いた息の中で過ごしているような気持ちの悪さが、ほんの少しやわらいでいく。
 夜になって再び澱んだ空気になる前の、わずかな時間。
 そんな中、ゴウはしばらくぼんやりしていたが、頭をポリポリとかくと、今まで寄りかかっていた壁から背を離した。
(まあ、いいか…。退屈はしなさそうだ)
 魅惑的な笑みを唇に浮かべると、優雅な足取りで歩き始めた。


to be continued


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