幽霊アパートの謎

「お願いします。これ以上、騒ぎが大きくなったら困るんです」
 男は、開口一番そう言った。
 今、巷で話題の、『幽霊アパート』を管理している市の担当者が、
私のところに相談に来たのだ。
 私、阿傘栗捨は自他ともに認める、ミステリーの大家である。私
にとって、このような相談を受けることは珍しいことではない。別
に自慢しているわけではないが、私の目が黒いうちは、この肩書き
は誰にも譲られることはないだろう。
「まず、詳しい状況を話していただけませんか。どのような現象が
おきているんですか?」私は、冷静に言った。
「食器棚から皿が飛び出したそうです」男は、さも自分が見たかの
ように、怯えながら言った。
「フライング・マグワイヤですね。昔はUFOのことを、そう呼ん
だものです」
 私は、手にしたパイプに火をつけながら言った。
「あの、マグワイヤじゃなくて、ソーサーだと思うんですけど…」
「ん?ソーサー?フライング・ソーサー。そうともいいますな。職
業柄、大リーグなんかもよく見るもんだから混同してしまいました。
すみません。で、そのソーサーがどうかしたんですか?」
 相手があまり緊張していては、話しづらいだろうと思って、ギャ
グを織り交ぜてみたが、男はくすりとも笑わなかった。
「ソーサー、つまり皿がですね。食器棚から勝手に飛び出したんだ
そうです。地震とかの強い揺れは全くないのに」
「いわゆる超常現象というやつですね」
「あ、いえ、頂上じゃなくって、棚の中ほどから飛び出したんです。
中間現象っていうんですかねぇ?」
 あまり、難しい言葉は使わない方がよさそうだ。
「ごほん。そんなことは言いません。超むかつくの超に、常識や日
常の常と書いて、超常現象というんです。つまり、日常に起きたら
むかついてしまうような現象のことを言うんですな。他には?」
「夜中に、壁をノックするような音がしたり、不気味な黒い影が見
えたりするんだそうです。あ、あと毎時三十分になると無気味な低
振動がするという報告は以前からあって、こちらの方は大学教授立
会いの元での調査でも現象が確認されています」
「要するに、幽霊が皿を動かしたり、音をたてたり、影を作ったり、
振動を起こしたりしてるといいたいわけですな。音の方は専門用語
でサラン現象というんですが、この際、そんなことはどうでもいい
でしょう」
「サラン現象というんですか。いやあ、大家ともなるといろんな事
を知っていらっしゃる。私はまた、ラップ現象というのかと思って
ました」
 もうボケるのはやめよう。役人にギャグは通じないようだ。
「えー、だから、一連の超常現象が、すべて幽霊のせいだと、少な
くとも住人はそう思っているというわけなんですな?」
「そうなんです。それで住民が怖がってしまって、このままでは、
いつ出ていってもおかしくないような状況なんです。もちろん、私
は幽霊なんて信じてませんよ。でもこのままだと空家が増えて市の
財政が…。ただでさえ不況で税収が不足してるのに」
 男は頭をかかえた。
「苦情が出ているのは、何軒ぐらいなんですか?」
「今のところ、二軒だけです」
「その二軒の住人が、出て行くと言っているんですな?」
「あ、いえ、出て行くと言ってるのは、その噂を聞いた他の住人ば
かりですね。そのうち三軒は実際に出て行ってしまいましたが」
「では、空家になっているわけだ」
「いえ、市の予算で経営してるので、空家にするわけにはいかない
んです。家賃を半額にして、なんとか新しい家族に住んでもらって
います」
「ふーん。なんとなく全容が見えてきたような気がします。まず、
唯一実証されているという、毎時三十分に起きる振動の件ですが、
おそらくは給水ポンプの振動でしょう。ある程度の高さ以上のアパ
ートでは、屋上に給水タンクが設けてあるんですが、そこへ水を上
げるのに電動のポンプをタイマーで起動させているのです。その
振動が配水管を伝わり、部屋を振動させているとみて間違いないで
しょう。そうでなければ、そんなに規則的に振動するはずがありま
せん」
「さすが、ミステリーの大家だ。見事な推理です。でも、皿の件や
その他の現象は、どう説明するんですか?」
「それを、説明する前に、あなたに調べて欲しいことがあります。
新しく住人になった家族と、噂を流している家族との関係を調べて
欲しいのです」

 それから一週間後−

「わかりましたわかりました。噂を流している家族と、新しく住人
になった家族とは、わりと近い親戚か、もしくは、かつての同級生、
同僚の関係でした」
 再び、私の元を訪れた男が言った。
「やはりね。おそらく、噂を流している住人達は、ポンプの振動が
住人を気味悪がらせてるのを利用して、今回の幽霊騒ぎを思いつい
たんでしょう。テレビで見たんだが、あのアパートは市営にしては
立地条件のいい所に建っている。入居時の抽選倍率はかなり高かっ
たんじゃないですか?」
「ええ、家賃が安いのも手伝って、十倍を越す倍率でした」
「そうでしょう。中には、仲のいい親戚や友人と一緒に住もうと思
ってたのに、抽選で離れ離れになった人たちもいたんでしょうな。
それで、噂を流して気の弱い人たちを追い出し、その人たちが越し
てこれるようにした。だが、そんなことは、珍しいことじゃないん
です。私なんかも何回も経験してることですから。ただ、それを見
抜けないのは、言わせてもらえば、オタクたち役人の甘い体質なん
ですよ」
 私は、少しきつい口調で言った。
「返す言葉もありません。振動の件も、あなたのおっしゃるとおり
でしたし、もっと真剣に調査してれば、こんなことにはならなかっ
たと思います。占い師やら祈祷師やらに余分な金を払うこともなか
ったんです」
 男は、うなだれながら言った。
「その占い師もグルになっている可能性がありますね。これからは
噂に惑わされず、冷静に考えることです」
 私は、男の肩を軽く叩きながら言った。
「わかりました。いやあ、それにしても、さすが収益率ナンバーワ
ンを誇る、コーポ・ミステリーの大家(おおや)さんだ。あなたに
相談して本当によかった」