透明人間殺人事件

「すると、被害者は、死ぬ間際に『犯人は、透明人間』と言ったん
ですね?」
 私立探偵の写楽ホームズは、依頼人である警視庁の鍬形警部に訊
ねた。
「そうなんだよ、秘書が悲鳴を聞いて駆けつけると、被害者が虫の
息でそう言ったというんだ」
「被害者に恨みを持っているような人間はいますか?」
「うむ、実は3人おる。1人は、被害者に借りた土地で小さな菜園
を営んでいる田谷須造という男で、彼は被害者から、しつこく、早
く土地を返せと言われておったらしい。何しろ、坪2億の土地だか
ら。もう1人は……」
 そこまで言うと、写楽が口をはさんだ。といっても、割りぱしで
はさんだわけではない。そんなことをしても痛いだけである。
「もう結構です。犯人は、その田谷という男です」
「どうしてだね?田谷と透明人間がどう結び付くというのかね」
 鍬形警部は、さっぱりわけがわからないというような顔をした。
「田谷は被害者を恨んでいた、と言われましたが、被害者の奥さん
とは結構仲がよかったんではないですか?」
「ああ、事情を訊いた時も、『田谷さんには、よく新鮮な野菜を貰
うんです』って言ってたなあ」
「そして、もうひとつ。被害者は、極端に人の名を覚えるのが苦手
だったのでは?」
「ああ、その傾向は強かったそうだ」
「やはりそうですか。ちなみに、奥さんの名前は、トメさんでは?」
「どうして、判るんだね!まあ、とにかく君の推理を聞かせてくれ
たまえ」
「被害者が殺された日、田谷は奥さんにある野菜を届けたんですよ。
それを見てたんですね、被害者は…。だから死ぬ時に、その事を言
ったんですよ。『犯人は、トメにインゲン』と……」