友と万年筆

「モンブランはダメだな。やっぱ日本人の手にはプラチナの方が馴
染むよ」
 高校時代の友人が言った。
 彼がペンで飯を食ってるらしいということは、風の噂で聞いてい
た。昔から変わった奴だったが、まさか作家になるとは思わなかっ
たので驚いたものだ。
 彼との再会は偶然だった。新刊書をもとめて入った本屋でばった
りと会ってしまったのだ。そして、しばしの昔話の後、飯でも食お
うかということになったのである。

「僕は、お前が羨ましいよ」
 二人で、同じうな丼を頼んで、そばに人がいなくなってから、僕
は切り出した。
「なんでだ?」
 友人は、茶をすすりながら言った。
「お前には言わなかったが、作家になるのが僕の夢だったんだよ。
でも、引っ込み思案な性格ってのは損だね…」
 僕は、湯呑みを見ながら言った。
「ああ、お前は行動する前に、諦めてしまうところがあったもんな。
でも、なりたかったんなら今からでも、なりゃいいじゃない。作家
に年は関係ないだろ?」
 彼には、よく励まされて、何度、助けられたかわからない。でも、
それも昔のこと。今の言葉は、とてもうそ寒く聞こえる。
「もういいよ。世間には、俺みたいなのたくさんいるもの。ペンで
飯を食うなんて、簡単なことじゃないよ」

 しばらくの沈黙が訪れた。友人は、何かを考えているようであっ
たが、注文したうな丼が目の前に置かれると、再び喋り出した。
「ところで、お前、なにで飯食ってんの」
「これだよ」
 僕は、テーブルの上で、パソコンのキーボードを叩くしぐさをし
た。
「へー、変わったもんで食ってるんだな」
「変わってやしないだろ、SEやプログラマーなんて掃いて捨てる
ほどいるよ」
「俺は、これで飯食ってるんだ」
 そう言って、友人は万年筆を取り出した。
「知ってるよ」
 友人の誇らしげな態度がまぶしかった。――だが、次の瞬間、僕
は目を疑った。友人は、さらにもう一本、万年筆を取り出すと、二
本を箸のように使って、うな丼をものすごい勢いで食べはじめたの
だ。
「な、ペンで飯を食うなんて簡単だろ?」
 僕は、目の前の異様な光景にあっけにとられていた。でも、それ
はすぐに笑いへと変わっていた。
「ははは、相変わらず馬鹿やってるなあ。ペンで飯食ってるって聞
いたけど、そういうことだったの?ははは」
「キーボードで飯食うお前の方が馬鹿だよ。あんなもん、どうやっ
て茶碗に入れるんだよ。がははは」
 楽しい昼食だった。

 帰り道、思った。今日のことをネタにして、ショートショートの
コンテストに応募してみようと。もしかしたら、そこから産まれる
チャンスだってあるかも知れない。
 友人よありがとう。買ったばかりの君の最新作は、帰ってからゆ
っくり読ませてもらおう。