タイムフォン

「よーし、ついに完成したぞ!」
 博士が、嬉しそうに叫んだ。
 タイムマシンの発明を諦めた博士が、声だけを過去に送る電話―
タイムフォン―を完成させたのだ。
「さて、これをどう使うかだな」
 博士が、あごに手をあてた。
「博士、お願いがあります。実は私、恥ずかしながら、悪い女に騙
されていたんです。でも、未だに彼女が忘れられません。その電話
を使って、私と彼女が出会わないようにできませんか?」
 僕は、言った。本当は、『私とうまくいくように』と言いたかっ
たが、持って産まれた性格というのは確かにあって、少なくとも、
彼女のような性格の女とは出会わなければよかったと、心底思って
いた。

 話は、去年のクリスマスイヴに遡る。彼女、いや、元彼女は奇し
くも、その日が二十歳の誕生日で、僕は安月給をはたいて、彼女が
欲しがっていた、高級ブランドのネックレスをプレゼントしたのだ。
急な仕事が入ったとかで、夕方の一時間足らずしか、会うことはで
きなかったのだが、彼女はたいそう喜んで、一生大事にするとか言
ってくれた。
 だが、次の日曜。僕は、信じられない光景を目にしてしまったの
だ。当のネックレスを買うのに、生活費を残しておくだけの余裕が
なかったため、研究所の古いパソコンをこっそりと質屋に持ってい
って換金しようとしたところ、ドア越しに彼女がいるのを目撃して
しまったのだ。気づかれないようにうかがっていると、彼女は、僕
が苦労して買ったネックレスと同じ物を、何本も質屋のオヤジに渡
していた。そういう手口があるのは知っていたし、彼女の首に巻き
ついている一本が、僕がプレゼントしたものであるなら、僕は許そ
うと思っていた。だが、質屋から出てきた彼女は、ごめん待った?
とかいいながら、見たこともない男とホテル街の方へ消えていって
しまったのだ。

「――というような、ことがあったんです」
 僕は、研究所のパソコンを、家のテレビに置き換えて、博士に話
した。 
「ふむ、ひどい女じゃのう。この機械は、君のおかげで完成したよ
うなものじゃ。古いパソコンを探そうとして、机の下をまさぐって
おる時に、ネズミの死体に驚いて、とびのいた拍子に頭をぶつけて、
基本回路が浮かびあがったんじゃからのう。まず、君の望みをかな
えてやるのは当然じゃと思う。とはいうものの、どうするかのう?
君が彼女と出会ったのは、いつ頃なんじゃ?」
「え、えーと、た、た、たしか、二年ぐらい前だったと思います」
 僕は、パソコンの件が、博士にバレていることに狼狽しながらも、
答えた。 
「ということは、正確な日にちは覚えておらんということか」
「え、ええ、そこまでは……」
「電話番号は知っとるよな。もっとも、それを知らんようじゃ、こ
の機械は使えんがのう」
「ええ、それは大丈夫です」
 僕は、アドレス帳の電話番号を博士に見せた。

 博士は、パソコンに向かい、頭をかきながら計算を始めた。どれ
ぐらい過去の彼女に電話をすればいいか、ということをはじきだそ
うとしているのだろう。

「よし、わかった。これで完璧じゃ」
 博士は、そう言って、タイムフォンに日時をセットし、彼女の家
の電話番号をプッシュしはじめた。

『もしもし、ここから、あんたの部屋がよく見えるよ。隠しカメラ
を仕掛けさしてもらったからな。おっと、探したって無駄だよ。そ
んな簡単に見つかるようなところには、隠してないからな。へへへ』

「これでいいじゃろう」
 博士は、満足げに言った。
「なんか、ただの変態電話みたいですが、本当にそんなんでいいん
ですか――あれ、ところで私、何の相談をしてたんでしたっけ?」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「なあ、いいだろ?」
「だめ!さっき変な電話があったの。カメラがどうのこうのって。
それが見つかるまでは、とてもそんな気になれない」

 博士は、彼女が生まれる十ヶ月と十日前の日にタイムフォンをセ
ットし、彼女の母親あてに電話をしたのであった。

(了)