新人F

「みなさーん。こっちでーす」
 渡された地図の、最後の角を曲がったとき、新人のFが手招きを
した。
「ご苦労さんご苦労さん。お、よく近くにこんないい場所があった
なあ」
 桜の木こそ少ないが、静かでこじんまりとした公園の中に今年の
花見会場はあった。だが、僕が、いい場所と言った理由はほかにあ
る。うちの会社以外には、女子学生らしきグループとイケイケ風O
Lグループしか、そこにはいなかったからである。
「みなさん。じゃんじゃんやってください。カラオケもバーベキュ
ーもちゃんと用意してありますから」
 Fはいつになくはりきっている。朝早くからの場所取りの疲れな
ど少しも感じさせないほどだ。

「むさ苦しい男ばかりで申し訳ない。これも何かの縁、よろしくお
願いします」
 すでにできあがっている女性グループに挨拶をして、僕達はゴザ
に腰を下ろした。
 他とのあまりのテンションの違いにとまどいながらも、アルコー
ルの量が増えるにつれ、僕らは徐々に場の雰囲気になごんでいった。
 とにかく楽しい花見だった。根気がなく経済観念のないFではあ
ったが、今回ばかりは、その経済観念のなさが、大いに役にたった。
男ばかり八人の胃袋をもってしても食べきれない程の、松坂牛や薩
摩の黒豚をエサに、女子学生やOL達と仲良くなることができたの
だ。
「おいF、おまえやるじゃないか。みなおしたぞ」
 女性を両脇に座らせ、課長は上機嫌だ。
「しかし、よくこれだけの物を調達できたなあ。大変だったろ?」
 部長がカラオケのマイクを使って問い掛けた。左手にはしっかり
デュエットをしたOLの肩を抱いている。
「いえ、今はレンタルでなんでもそろいますから」
 Fは女子学生に膝枕をしてもらいながら答えた。

 宴もたけなわになり。みながすっかり満足した頃、Fが僕に小声
で話し掛けてきた。
「社長、今日の花見にかかった費用なんですが…」
「わかっておる。すべて会社で持つから心配するな。もちろん女性
たちの人材派遣費もな」
「バレてたんですか」
「当たり前だ。自慢じゃないが、僕はいままで、こんなにモテたこ
とはないのだ。あ、僕だけじゃないぞ。他の連中もだ。早くから場
所取りをしてくれた君に免じて、気持ちよく払ってやるよ。本当に
ご苦労だった」
「はあ、ありがとうございます」

 ――数日後、会社宛てにレンタル会社からの請求書が届いた。
 バーベキューセット一式、カラオケセット一式、発電機1式、照
明器具一式、女性八名――明細には、予想したとおりの項目が並ん
でいた。だが、最後の一項目を見て、僕は目を疑った。それだけで
総費用の大半を占めるものであるのもさることながら、新人Fに対
して、根気のなさだけは見直してやろうと思っていた気持ちが、一
度に崩れたからである。
 そこには、『桜の木五本』と書いてあったのだ。

(了)