狭すぎる密室

 過去に起きた殺人事件のうち、自殺として片付けられたファイル
を見直すのが僕に与えられた仕事だった。

 ページをめくるうち、十年前の、ロッカー内で死体が見つかった
事件の所で手が止まった。『狭すぎる密室』として、新聞でも話題
になった事件だったからだ。

 事件のあらましは、こうだ。ロッカーから血が流れているのに気
づいた警備員が、警察に通報した。そのロッカーには、鍵がかけら
れていて、バールでこじ開けたところ、中で、そのビルに勤務する
会社員が失血死していたというのだ。

 当初、警察は他殺の線で捜査していたのだが、ある事実とともに、
それは自殺として処理されることになる。遺体の胃の中から、1本
しかない、そのロッカーの鍵が発見されたのだ。
 ロッカーは、壁に埋め込まれるような形で設置されており、正面
以外からは出入りできない。また、扉に数箇所開いているスリット
は、いずれも1ミリ以下で、鍵を外から入れることは不可能だった。
 ロッカーというのは、内側からはドライバーのようなものがあれ
ば、わりと簡単に施錠や開錠ができるものらしい。中に入った会社
員は、サバイバルナイフの先の平たい部分を使って、内側から施錠
した後、鍵を飲み込み、自殺を計ったということになった。他殺に
見せかけて、誰かを犯人に仕立て上げたかったのだろうというのが
結論だった。

(会社員は何故、鍵を飲み込んだのだろう?)

 僕には、そこがひっかかった。通常、変死体の場合、司法解剖は
免れない。鍵は、間違いなく発見されるのだ。この事件、その鍵さ
え見つからなければ、他殺として捜査が続けられたはずだ。他殺に
見せかけた自殺、に見せかけた他殺だとした場合、どういう方法が
考えられるか?

 こんなのはどうだ。仮死または睡眠状態にした会社員に、鍵を飲
み込ませてロッカーに入れる。そのうえで、即死しない箇所を刺し
て扉を閉めるのだ。
 痛みで意識を取り戻した会社員の気配を確認した犯人は、扉を押
さえつけ、鍵がかかっていると嘘を言って、開ける方法を教えるふ
りをして、実際には鍵をかけさせてしまう。狭くて暗いロッカーな
ら、それは可能だろう。施錠レバーが降りたのを確認した犯人は、
隙間から、差し金等を使って、再び開錠側に動かされるのを妨害し、
絶命するのを待つのだ。

”再捜査の必要あり”

 僕は、調査書にそう記入してペンを置いた。

(了)