三角関係殺人事件

「すると、犯人はその3人のうちの誰かに間違いないんですね?」
 私立探偵、写楽ホームズは警視庁の鍬形警部に質問した。
事件の概要は、こうである。1週間前、高利貸しの老人が殺され、
犯人は、借金の証書と、テーブルに飾ってあった被害者の妻の写真
を奪って逃げたというのである。
警察は、ただちに容疑者を3人にしぼったものの、動機という点で
決定的なものがつかめないでいるらしい。

「ああ、とにかく怪しい人物の中でアリバイの裏がとれないのは、
3人だけなんだよ」
 鍬形警部は、腕をくんだ。
「警部、冗談はやめてください。僕と腕をくんで、どうしようとい
うんですか!」
「あ、すまんすまん。こういう時は、こうやって、自分の右手と左
手をくむんだったな。いやあ、日本語は難しくていかん」
「そういう問題でもないような気がしますが、まあいいでしょう。
ところで、その3人に事情聴取はしたんでしょうね」
「無論、したよ。まだ、容疑者といっても参考人と同じだから、仮
にA、B、Cとしておくが、昨夜、取り調べ室の机に3人を座らせ
て順番に事情を訊いた。Aは被害者に多額の借金があると言い、B
は、金は借りてはおらんが、昔、自分のつきあっていた女を取られ
たことがあると言っておった。その女というのが、盗まれた写真に
写っていた女、つまり被害者の妻だと思うのだが……」
「なるはど、ふたりには、証書と写真の両方を盗んでいくという動
機はありませんねえ。Cはどう言ってるんですか?」
「うむ、実はだなあ、Cはもう、この世におらんのだよ。というの
は、AとBが話し終えると『とんだ三角関係だぜ』と言い残Lて、
飛び出していったからなのだ。当然、追いかけたのだが、表通りに
出たところで、車にはねられて死んでしまった」
 警部は、三角形の眉をよせて困ったという表情をした。
 しぱらく警部の顔を見ていた写楽は、突然、立ち上がって叫んだ。
「わかりましたよ!犯人は、Cに間違いありません!Cは、借金と
女の恨みの両方を持っているはずでず」
「どうしてだね?彼は、事情を語らないで死んでしまったのだよ」
「謎ときをする前に、ひとつ、ふたつ教えてください。取り調べ室
の机は、どういう形をしているのですか?」
「三角だよ。本当は四角だったのだが、わしが昔、犯人をゲロさせ
る時に興番して叩いたものだから、対角線のところで二つに割れて
しまったというわけだ。なにしろ、空手八段だからのう」
「やはりそうですか。で、Cはその机のどこにすわっていたのです
か?」
「その割れた対角線のところだが、そんなことを訊いてどうするの
だ」
 警部が、首をかしげた。
「これで完璧です。Cが三角関係だと言ったのは、Cの事情が、A
の事情とBの事情をあわせたものだったからなのです」
 写楽は、誇らしげに言った。
「だから、どうして?」
「警部は、あまり数学が得意じゃありませんね。Cは、直角三角形
の斜辺にいたんですよ。だとしたら、ピタゴラスの定理が成り立ち
ますね。つまり、Cの二乗=Aの二乗+Bの二乗というわけですよ」

(了)