錯覚

 当社の新築マンションを見学したいと、1人の男がやってきた。
「なんか、変わったマンションだってきいたんだけど?」男が言っ た。 「ええ、どんな人にも満足していただけるよう、いろんなアイデア を盛り込んでおりますが、基本にあるのは錯覚です」 「錯覚?」 「ええ、まあ実際に見ていただくのが早いでしょう。2階へ参りま しょう」  私は、客と一緒にエレベータに乗り、2階で降りた。
「この部屋です。どうぞおはいりください」 「広いリビングだなあ。15畳ぐらいか?」
「いえいえ、実際には10畳もございません。天井の角度を微妙に 変え、錯覚によって広く見せているのです」 「なるほど、そういうことか」 「閉所恐怖症の方に特に喜ばれております」 「しかし日当たりもいいし、いい部屋だよな」 「それも実は錯覚でして、隣のビルが邪魔をして、どうしても北向 きにしか作れなかったものですから、屋上から張り出した支柱の先 の大型ライトを時間とともに移動させることによって、あたかも南 向きであるかのように思わせているのです」 「あれがそうか、しかし明るすぎて本物の太陽と区別がつかないな」  男がベランダに出て、上空を見ながら言った。 「部屋ごとに光を分配できますから、暗所恐怖症の方などは夜でも 明るくすることができますよ」 「ふーん、だいたいわかった。ところで‥‥‥俺は実はこういうも んなんだが」男はそう言ってナイフを内ポケットから取り出した。 「ナイフ屋さんですか?」 「古いギャグを使うんじゃねえ。強盗だよゴウトウ!さっさと財布 を渡すんだ」  私は恐る恐る財布を差し出した。 「これも錯覚じゃねえだろうなあ。1枚、2枚、3枚‥‥‥結構持 ってるじゃないか。それじゃあ、あばよ!」  財布から札だけをわしづかみにして、、男は走り出した。 「どこへ行くんですか、玄関はあっちですよ」 「これだけのマンションじゃ、エレベータやエントランスに賊を閉 じ込めることぐらいわけないだろ?さっきベランダに出た時確かめ たんだが、すぐ下は花壇じゃないか。そっちからずらからせてもら うよ」  そう言うが早いか、男はベランダの柵を乗り越え、飛び降りてい った。 「ぎゃーー!!」すぐに男の悲鳴が響き渡った。
「やれやれ、エレベータのボタンを変えたり、巨大なレンガを使っ た花壇を作って2階のように錯覚させてるけど、実際には7階なの になあ。もちろん高所恐怖症の人のためにそうしたんだけど」