お父さんの欲しいもの

 僕の村は、いま大変なことになっています。
 ダムが必要だという人と、ダムなんかいらないという人が、毎日のようにケンカをしているのです。
 僕のお父さんは、絶対必要だと言っています。どうしてかというと、日照りが続いた時、水不足になって、米や野菜が取れなくなるからだそうです。今までに、そんな風になったことを僕は知りませんが、僕が生まれる前には、あったのかもしれません。また、大雨の時にもダムがあれば、洪水が防げるのだそうです。これも僕はわからないのですが、お父さんが言うのだから本当だと思います。
「ダムができないと、死ななきゃならんかもしれん」
 おとといの晩、僕はお父さんがお母さんにそう言うのを聞いてしまいました。そして、昨日の朝、僕が「ダムができたら嬉しい?」ときくと「そりゃあ、宙を舞うぐらいうれしいさ」とお父さんはにこにこしながら言いました。だから、とうとうあれを使う時が来たんだと思いました。

 僕は、幼稚園の頃、神様に会ったことがあります。そしてその時、本当に困ったことがあったら使いなさいと、なんでもお願いがかなうという水晶玉をもらったのです。

 お願いは一度だけだって言われたから、僕は欲しいおもちゃがあっても、それを使おうとは思わなかったし、友達にいじめられても使うのはガマンしました。そんなことに使うのはもったいないと思ったからです。
 でも、今度ばかりは、しかたありません。僕は水晶玉を握りしめて神様に(ダムを作ってください)とお願いをしました。

 次の日、村は大さわぎになっていました。賛成していた人たちも、反対していた人たちも、どうしてだか困った顔をしています。
 僕は、お父さんの喜ぶ顔が見たくて、家中を探しました。他の人には悪いけれど、お父さんが喜んでくれれば僕はいいのです。
 お父さんは、二階の奥の部屋にいました。よっぽどうれしかったのでしょう。お父さんは、僕にも気付かず、昨日言ってたように、宙に浮かんでいます。
「お父さん、よかったね。これで食べ物の心配も洪水の心配もしなくていいね。明日から、また、ぜねこんのお仕事がんばってね」
 僕はお父さんにそう言いました。でも返事はありませんでした。

(おしまい)

<あとがき>
賛成派の殆どが利権絡みと考えるのは、穿ちすぎでしょうか?