おふくろの味

「お姉ちゃん。今日のごはん、ママの味がするよ。またアレ使ったの?」
「へへバレちゃった? お母さん死んじゃう前に、冷凍庫いっぱいの冷凍食品作ってくれたんだ。でもね、お母さんって機械オンチだったでしょ。亡くなる前の日になって、「レンジが壊れた」ってうわごとのように言ってたの。こうやってちゃんとできたてのようなロールキャベツが作れるのにね」
「電子レンジがあれば、ママがいなくたって平気だね」
「うん。そうだね」

(この子たちったら、また勝手なことを言って)
(ママはいつだってあなた達のそばにいるのよ)
(人が死んだら何になるか、あなた達はまだ知らないようだけど、“波”になるのよって言ったら信じてくれるかしら?)



 気がつくと、私はハスの花が咲く一面真っ白な世界にいた。

「そなたはつい今しがた天に召された。人は死んだら波として地上に戻ることができるが、どんな波がお望みかのう?」
 白い服に身を包んだ、人のよさそうな老人が私に声をかけてきた。
「波? 寄せては返す、あの波ですか?」
「そうじゃない。音波や光波といった波じゃよ」
「言われることがよくわからないのですが」
「人は死んだら、人間には通常感知されない波になって地上に戻ることができるんじゃ。心霊写真というものがあるじゃろう。あれに写るのは光波になった霊なんじゃ。写真というものは人に見える光、つまり可視光線以外の光も写す特性があってのう。可視光線から少しだけ外れた波長の波になった霊は写真には写るんじゃ」
「私、幽霊を見たという友人を何人か知ってますけど」
「人の世では、それを霊感の有る無しで片付けておるが、実際にはもっと科学的な話でのう。人が感知できる波長というのは、若干個人差があるのじゃよ。蜂には紫外線が見えるというが、可視光線寄りの赤外線や紫外線が見える人間も存在するんじゃよ」
「だいたいわかりました。それでは、カセットテープに霊の声が入ったというのは、音波になった霊のしわざなんですか?」
「そのとおり。それだけじゃないぞ。X線になれば、下半身の透けた写真を写すことができるし、電波になればテレビやラジオに出ることもできる。さて、そなたは、どんな波をお望みじゃ?」



「ごちそうさま。でも、まだ少し食べ足りないなぁ。ママが作ってくれたアップルパイ、暖めてよ」
「はいはい。実はお姉ちゃんもアレ食べたかったんだ」

(あらあら、今日は出番の多い日だこと。でも今度はちょっと大変)

「おい……しい…ね」
「どうしたの? また泣いてるの?」
「だって…、このアップルパイ……外は熱いのに…リンゴだけは少し冷たくって…、ママが作ってくれたヤツと…ちっとも変わらないんだもの…。うわーん」
「泣くなよ…、私まで悲しくなってきたじゃん。う、う……」

(あらあら、お姉ちゃんまで。あなたがしっかりしなくてどうするの)
(ママはいつだってあなた達のそばにいるのよ)
(『マイクロ波』として……)

(了)