恐怖の軟体人間

 軟体人間。その研究所で、博士が研究しているものは、そう呼ば
れていた。
 僕は、気がすすまなかったが、博士の研究所へ取材に行くことに
した。チーフの命令には逆らえないからだ。この三流スポーツ紙の
記者になって以来、何故かこういうグロテスクな仕事ばかり回って
くる。おそらく、初出勤の前日に顔を十三箇所も蜂に刺されて、ミ
イラ男のような風体で出社したのが影響しているのだろう。それと
も大賀三男(おおがみつお)という名前がオオカミ男に似ているか
らかもしれない。

 幽霊屋敷のような研究所のドアには、鍵はかかっていなかった。
鉄製のさびたドアは、ノブを廻すとギギーと気味の悪い音をたてて
開いたのだ。
「ごめんください。大賀と申しますが…」
 僕は、薄暗い室内に向かって、声を出した。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
 部屋の奥から、白衣の老人が現れた。マッドサイエンティスト、
その呼称は彼の為にあると言っても過言ではないほど、狂気に満ち
た表情をしていた。
「あのう、軟体人間を完成させたとお伺いしたんですが?」
 僕は、おそるおそる訊ねた。
「軟体人間?それは、お前たちが勝手につけた呼び名じゃ。わしは、
ゲル状の人間ということで、ゲルマンと呼んでおる。骨や歯といっ
た硬い部分をなくすことで、どんな隙間でも通り抜けられる人間を
完成させたんじゃ。これを、たくさん作ってじゃのう、ゲルマン民
族の大移動を再現しようと思っとるんじゃよ。イヒヒヒ」
 完全に狂っている。ゲルマン民族は学校で習った気がするが、そ
こからゲル状の人間を想像するのは、この老人か、この物語の作者
以外にはいないだろう。
「わ、わかりました。そ、それでは、ゲルマンはもう完成している
んですね?」
「翔太!こっちにきて挨拶をしなさい」
 博士がそう言うと、天井から肌色の物体が、ぼとりと落ちてきた。
よく見ると髪の毛らしきものと、少年らしい穢れのない瞳が輝いて
いる。が、やっぱり気持ち悪くて、直視することはできない。
「こんにちは、翔太です。祖父がお世話になっております」
 ゲルマンが声を出した。元気な少年の声だったが、僕はこみあげ
てくる怒りをおさえることができなかった。
「あなたは、狂ってる。自分の孫を、こんな実験に使うなんて」
「何を言っとる。こうしておけば、疲れて、骨が折れるといった状
態にもならんし、水商売の女に骨抜きにされることもないじゃろう」
「狂ってる、普通なら、孫は可愛くてしかたないはずなのに」
「可愛いさ。ほら、このとおり、痛くない」
 博士は、そう言うと、ぐにゃぐにゃになった孫をつかんで、目の
中に入れ始めた。