寄生人

 自分の体の中に、何かがいる。そんな奇妙な感覚に襲われるよう
になって、一週間ほど経つ。僕は、男なので妊娠した経験はない。
でも、胎児が動く時の感覚は、きっと、こんな感じなんだろう。ま
あ、胎児の場合、おなかでしか動かないのだろうが、僕の場合は、
上半身を中心とした、もっと広い範囲で動き回る。そこが、違うと
いえば、違うところだ。

 ━━ 医者へ行こう。

 よく考えてみれば、当たり前の結論を、今頃になって決定したの
は、この現象が、僕にとって、特にデメリットではなかったからだ
(メリットでもなかったが…)。あ、また、動いてる…。そんな風
にしか、思えないほど、ある意味どうでもいい現象であった。

「あんた、男じゃよな?」
 聴診器をあてながら、医者は、首をかしげた。
「ええ、ちゃんと、ついてるものは、ついてますが…」
 僕は、答えた。
「心音が聴こえるんじゃよ、このへんから。あ、こっちもじゃ。お
お、ここもじゃ」
 医者は、聴診器をいろんなところに当て、その度に、驚嘆の声を
あげた。
「妊娠…してるってことでしょうか?」
 僕は、訊いた。
「いや、ちょっと待て。今、話し声が聴こえたような気がするんじ
ゃ。お、おおー、おおおー」
 医者は、オーバーにのけぞった。
「どうしたんですか?」
「喋った。確かに喋りおった。胃のあたりで、なんか小難しい話を
しておる。胎児ではないのう。あんたの体には成人が住み着いてお
るようじゃ」
 医者は、なにやらカルテに書きながら言った。
「成人?」
「さよう。寄生虫というのはあるが、この場合、寄生人とでもいう
べきか…。胃に住んでいるのは、さっきの話の内容からすると、か
なりできた人間じゃ。い人というぐらいだからのう」
「冗談言ってないで、ちゃんと診てくださいよ。他は、どうなんで
すか」
「おお、そうじゃそうじゃ。お、腸にいるのは、すごい可能性を秘
めておりそうじゃ」
「ちょう人…ですか」
「そのとおり。肺の方のやつは、もうダメじゃろうな」
「はい人ですね」
「うむ。しかし、どうしたものか。このままにしておいても別に問
題はなさそうじゃが、どうなさる?」
「どうなさるって、何か方法があるんですか?もし、本当に人格の
ある人間が住んでいるのなら、助けだして、別の人生を歩ませてあ
げたいという気はありますが」
「助けだす?人の姿はしていても、いや、まだ姿まで確認したわけ
ではないが、寄生しているということは、単独では生きられない可
能性が高いんじゃよ。しかし、運命というのは、あるんじゃのう」
 医者は、顎に手をあて、なにかを思い出したかのように言った。
「体から出したら、ぎょう虫や回虫のように、死んでしまうという
ことなんですね。しかし、運命というのはどういうことですか?」
 僕は訊いた。
「あれは、二十年前の寄生虫学会でのことじゃった。アフリカで開
業医をやってる知人から、体に寄生する人間の話を聞いたことがあ
るんじゃよ。そればかりではない、虫くだしならぬ、人くだしまで
その時、貰っておるんじゃ」
「じゃあ、その薬を飲めば、治るということじゃないですか。中に
住む人間には悪いけど、気味が悪いのは事実なんです。早く、その
薬を飲ませてください。あ、いててて…」
 僕と医者の話を聞いていたのだろう。体のあちこちで、抗議運動
が始まった。
「まてまて、この薬が、ただの虫くだしと違うのは、一人だけを残
して、他の人間を残す人間の栄養として吸収してしまうところにあ
るんじゃ。今ので、中の人間にも、声が聞こえているのがわかった
ことだし、ここはひとつ、みんなの意見を聞いてみることにするか。
えー、皆さん、お聞きのとおりです。この薬が欲しいと思われる方、
挙手をお願いします」
 肺を除いた体のあちこちが、手の形に盛り上がった。
「いてててて」
 勝手なことを言うのはやめて欲しい。
「君は手を挙げなくていいのか?」
 医者が、僕の目を見ながら言った。眼には寄生している人間はい
ないはずだ。ということは、僕に言ったことになる。
「え、僕も入ってるんですか?」
 僕はしぶしぶ手を挙げた。宿主まで、対象にするなんて、僕は、
開いた口がふさがらなかった。
「うーむ、これで、肺を除いた全員の手が挙がったのう。君の中に
は、全部で五人の人が住んでいるようじゃ。そして、誰を残すべき
かと言うことも、今決定したよ」
「勿論、僕ですよね」
「いや、食道の寄生人が一番、この薬を欲していることがわかった」
「どうしてですか?僕には、みんな同じように手を挙げているよう
にしか思えませんが…」
「君が口をあけた時に見えたんじゃよ。食道人の手が、君の喉から
出ておるのが」

(了)