金魚屋の懺悔

 わたくし、オーストラリアで金魚屋を経営しております、近御江
欽吾(きんぎょえきんご)というものであります。この名前はもち
ろん本名ではありません。日本に観光に行った時に耳にした、金魚
屋さんの掛け声から命名させていただいたものであります。
 今日は、日本の皆さんにどうしても伝えておきたいことがあって
筆をとりました。

 あれは。去年のことです。わたくしどもの店、その名もゴールデ
ンフィッシュに、タワラちゃんこと、俵りょう子さんがおいでくだ
さったのは。彼女は、当時行われていたシドニーオリンピックに女
子柔道選手として、日本から参加されていました。
 聞いた話では、幼少の頃の彼女は金魚コレクターとして有名だっ
たそうですね。それから金目鯛コレクターになり、今日の金メダル
コレクターになったとおっしゃっておられました。普通の人間なら、
銅メダル、銀メダル、金メダルとランクを上げていくのですが、金
魚、金目鯛、金メダルと、全く別のアプローチを思いつくところが、
凡人と天才の違いだと、いたく感動したものです。
 皆さんご存知のように、金魚は、品種改良の結果によって価値が
つけられる魚です。当然のことながら、当店でも品種改良によって、
さまざまな金魚を開発してまいりました。ワキン、リューキン、ラ
ンチュウといったポピュラーなものから、ホタルイカとランチュウ
をかけあわせたピカチュウ、ちょっと卑猥なジューハチキンといっ
たものまで、幅広く開発してまいりました。しかしながら、ここ最
近は、そういう奇をてらったものよりも、スタンダードなものの方
が人気があるということで、従来種を中心として、より価値の高い
金魚を開発することに心血を注いでまいりました。
 ところが、そのことが、タワラちゃんにマイナスのイメージを与
えてしまおうとは思ってもみませんでした。タワラちゃんが当店で
発した一言が、若干の聞き違いをもってマスコミに伝わり、彼女の
イメージを歪曲してしまったのです。さわやかなイメージで知られ
る彼女が、あの日以来たびたびバッシングを受けるようになりまし
た。

 『強いのはわかっている。でも、あそこまで言うのは傲慢だ』
 『あの発言は、参加することに意義があるというアマチュアイズ
ムを崩壊させるものだ』

 そんな発言を聞くたびに、私は胸を痛めました。だから、どうし
ても真実をお伝えしなければならないと思ったのです。
 あの時、私は、わりとありふれてはいるけれど、人気の高い種類
の金魚を前にして、タワラちゃんに、こう説明していました。思え
ば、店内にいた客の中に、テレビ局の人が混じっていたのかもしれ
ません。

 「品種改良というのは、とても複雑なものです。この二つの水槽
の金魚は、実は全く同じ掛け合せで生まれたものなのです。ところ
が、右のは世界でもトップレベルの評価を貰っているのに対し、左
のは金魚すくいで一匹もすくえなかった人にオマケであげる金魚に
しかなりません」

 私の説明に対し、タワラちゃんは両方を交互に見ながら、こう言
ったのです。

 「最低でめ金、最高でめ金」

(了)


<あとがき>
この物語はフィクションです。実在する似た名前の選手、店舗等と
は何の関係もありません。
また、シドニーが舞台ということで、「しどにー!しどにぃ!」と
いう大名行列オチだと思われた方には、謹んでお詫び申し上げます。