感謝感激殺人事件

 私立探偵である私のところに、また難事件が舞い込んできた。被
害者が感謝しながら死んでいったというのだ。しかし、検証の結果、
被害者である老婦人は、極度のショックによる心臓発作で死亡した
ということが判明、凄まじい形相をした死顔からも、到底感謝しな
がらの死であるはずはないと私は思った。

「最初に被害者を発見されたのは?」私は事件のあった部屋に家族 を集めて訊いた。
「私です」孫娘といった感じの娘が答えた。
「すると、例のダイイングメッセージを聞いたのもあなたですね?」
「ええ有難かったと、たった一言。でも、おばあちゃん、70にな ったばかりなんです。いつも100まで生きるって張り切ってたし、 そりゃあ確かに死ぬときはポックリ逝きたいって言ってたけど、と ても感謝して死んだなんて思えなくて...」
「それで、私に依頼をしてきたというわけですか?」私は尋ねた。
「はい。お願いします。私の大好きなおばあちゃんをあんな目にあ わせた人が許せないんです。犯人を見つけてください」孫娘は、そ う言って涙ぐんだ。

「みなさんを疑うわけではないんですが、お一人ずつ最後に被害者 に会った時の状況を話してもらえませんか?」私は家族の顔を順に みながら話した。

「僕は、自分で買ったケーキを部屋まで運んだのが最後でした。そ の時も有難う、有難うって言ってました。孫娘の兄らしい青年が言 った。
「私は、朝食を一緒にとったのが最後です。息子がケーキを運ぶの は見ましたわ。庭でガーデニングをしてる時に偶然……。おいしそ うなチョコレートケーキだなあって思いましたもの。でも、これっ て本当に事件なのかしら?心臓が弱かったのは確かだし、自然死な んじゃないかしら?」娘の母親が言った。
「僕も朝食が最後だったかな。おふくろも甘いものが好きだったけ ど、僕も目がなくて、食後に冷蔵庫のチーズケーキを食べようとし てたら、息子が『それはおばあちゃんにあげるんだからダメだ』っ て、怒ったのを思いだしました」主人がそう言った。

 これで、家族全員の話が聞けた。そして、私はあと1つだけ質問 をすれば犯人がわかると確信した。
「最後に奥さんにお訊きします。おばあさんはガーデニングをなさ ることはなかったのですか?」
「あ、ええ、お義母さまは虫が苦手でしたから、庭いじりは一切さ れませんでした」

〜読者への挑戦状〜

 解決編に進む前に、読者諸兄で犯人を推理してみて欲しい。手が がりはすべて示したつもりである。

−解決編−

「えー、まず、今回の事件が事故であるか他殺であるかという件に ついてですが、間違いなく故意にショックを与えたことによる他殺 と判断いたします」私は言った。
「誰がそんなことを………。しかし、どうやってショックをあたえ たんですか?」孫娘が言った。
「ケーキの上に被害者が発作を起こすほど嫌いなものを乗せて渡し たとみて間違いないでしょう。ご主人は息子さんの買ったケーキが チーズケーキだとおっしゃいました。しかし奥さんは、息子さんが チョコレートケーキを運ぶのを見たと言われたんで気がついたんで す。いくらなんでもケーキの上に異物が乗っていれば、運んだ人間 が気がつかないわけがない。つまり、息子さん、あなた以外に犯人 はありえないのです」
「そんな……。確かに息子とお義母さんは些細なことでもめてたの は確かです。でも、殺すなんてこと」婦人が言った。
「探偵さん。少し推理に飛躍がありすぎるような気がするんです。 確かに私の見たケーキは白いチーズケーキでした。でも、どうして そんなものが乗せてあったと言い切れるんですか!それはいったい 何なのですか?」主人が言った。
「被害者が死ぬ間際に言ってるじゃないですか」私はしばしの沈黙 の後、続けた。
「あれは感謝の言葉ではなくて、こうおっしゃったんです。『蟻が たかった』と……」 「驚かそうと思っただけなんだ」  青年が力なくつぶやいた。