親の因果が‥‥

「カクセイザイ、イリマセンカ?」
 旅行で訪れたハワイの路上で、白人男性にそういわれたのが、そ
もそもの始まりだった。今から、30年も昔のことだ。
 よせばいいのに、若気のいたりというのか、私はその男にすすめ
られるまま、その怪しげな薬を購入してしまっていた。私にとって
の悲劇は、そこから始まったといっても過言ではない。
 ホテルの部屋で、どきどきしながら、その薬を使ったのだが、よ
くいわれるようなハイな気分にも、ハッピーな気分にもならなかっ
た。
「ちきしょう、だましやがったな!」
 ひとりごとでつぶやいたはずの言葉が、ホテル中に響き渡るよう
な大声になってしまって、初めて私は手にした薬が覚醒剤ではなく、
拡声剤であることに気がついた。それ以来、その効果は切れること
なく続いているのだ。
 普通に声を出すと、大騒ぎになるので、人と話すときは蚊の鳴く
ような声でしゃべることを意識しなければならない。それでも、人
からは、あなたは地声が大きいと言われてしまうほどだ。女房にも
娘にも、薬のせいで声が大きくなってしまったなんてことは言って
いない。どうせ信じてはくれないだろうし、勘違いとはいえ覚醒剤
に手を出すような人間だなどということを知られるのが怖いからだ。
 だが、真実を打ち明ける日は突然やってきた。

「あなた、おそいですね」病院の待合室で女房が言った。
「ああ、もうそろそろ元気な声が聞こえてきてもよさそうなもんだ
が‥‥」

「おぎゃー」

 私が喋り終わるのと、ほぼ同時にものすごい産声が病院中の窓を
振るわせた。私には、その声の主が、去年嫁いだ娘が今出産したば
かりの赤ん坊であることは、すぐにわかった。
「あなた、今の声、まさか、私たちの初孫‥‥」女房は、真っ青
な顔で言った。
 私は、やむなく、30年前のできごとを話してきかせた。
「でも、どうして‥‥。娘の時はなんともなかったのに。なぜ今ご
ろになって、こんなことが」
「そういうことか‥‥」
「そういうことってなによ?」

「いや、これが本当のカクセイ遺伝だよ」