偉大なる先祖

 兵士は、ダイナマイトへの点火をためらっていた。
 それが、いつの時代からそこにあるのかはわからない。だが、偉
大な先祖が造った石像として、国民の自信や誇りの象徴となってい
ることは間違いない。その思いが、兵士をためらわせていた。

「あの、石像を跡形もなく破壊しろ」
 今や国を牛耳る軍の司令官からの命令を受けたとき、兵士は仰天
した。
「お言葉ですが、司令官殿。それは、偉大なる先祖の功績をないが
しろにすることになりませんか?それに、あの石像は文化遺産にも
指定されているのです」
 普段なら、一兵士が司令官に口答えするなど許されないことだ。
だが、兵士はそう言わざるを得なかった。偉大なるご先祖さまが絡
むとなれば話は別なのだ。
「世界遺産か。委員会も罪なことをする。そんなものに指定された
りしなければ、壊されることもなかったろうに。とにかく破壊する
んだ。跡形もなくな」
(気が狂っている)兵士はそう思った。先々月は旅行者を、先月は
学者を殺させられた。そして、今回は石像だ。いや単なる石像では
ない。石像以外、わが国には先祖が残した物などないではないか。
つまりそれは偉大なる先祖を葬ることになるのだ。
 彼には司令官の目的がわかっていた。世界の目をわが国に向けさ
せることだと。すでに破壊を知った第三国からは、抗議文が殺到し
ていた。食糧や金銭の援助を条件に破壊の中止を要請する国もあっ
た。(狡猾な手だが、目標は達せられた)そう思った矢先の指令だ
けに、兵士は戸惑いを隠せなかった。だが、命令は絶対なのだ。

 兵士は、涙を浮かべながら、ダイナマイトに火を点けた。効率よ
く破壊するため、まず頭を破壊した。首のない石像がいたたまれな
くなって、胸、腹、脚と破壊を繰り返した。そして石像は、この世
から姿を消した。

「すべて破壊しました」
 司令室で兵士は腫らした目を隠そうともせず報告した。その目は
無言の抗議だった。
「そうか、ご苦労だった。ところで、破壊する際。何か変わったこ
とはなかったか?」
「いえ何も…。ただ首飾りだと思っていた模様が、記号のようなも
のの集まりであるのを発見した程度です」
「記号?それは、どんな形だった?」
「羽の生えた目や、木をつかむ手といった妙な記号でした。ここに
来るまで、ずっと気になっていたんですが、あれはまるで…」
 そこまで、喋った時、司令官が、軍刀で兵士を切りつけた。
「司令官どの…何故…」
 兵士は、薄れ行く意識の中で、そう言った。
「そう、あれは、最大の敵国であるB国に伝わる古代文字。意味す
るところは『この石像が見おろす土地、これすべて我が領土なり』
だ」
「それでは、あの石像は…B国の先祖が…」
「世界遺産になど指定されなければよかったのだ。最初に発見した
のは、旅行者だった。わたしは、その話を聞き、学者に分析させた。
そして、事実を知った。それが知れたら、B国は再び領土問題を蒸
し返してくるだろう。戦いの末、B国からこの土地を奪い返したと
いう史実は誤りで、その証としての石像はやつらの物だったなどと
いうことがわかれば、国民の士気にも影響するだろう」
「それで、旅行者と学者を…。そして私がいなくなれば…誰もその
ことを…」
「私は、先祖の偉大な功績をなきものとした愚劣な指導者として名
を残すことになるだろう。許せ、我が忠実なるしもべよ。すべては、
偉大なるご先祖さまのためなのだ」

(了)