変化の石

「もし、待ちなさい。あんた、近いうちに殺される相が出ていますぞ」
 会社帰り、家路を急ぐ男を占い師らしき老婆が呼び止めた。
「気味の悪いことを言わないでくれよ」
 そういいつつも、男には老婆を無視できない事情があった。
『殺してやる』
 かつて、捨てた女から、そんな脅迫メールを受け取ったばかりだったからだ。虫も殺せないほどの女だったから、そんなことができるわけがないと男は思ったが、こうタイミングよく殺される相が出ているなどと言われれば気になる。
「ここに魔よけの鈴と、変化の石がある、安くしとくからお買いなさい」
 老婆はそう言って、二つの品を男の方にさしむけた。
「買うかどうかはわからないが、使い方ぐらいは聞いてみようか」
 男は老婆を斜めに見下ろしながら言った。
「よかろう。まず鈴の方じゃが、これは危険がせまったときに、ちりんと音を立てて知らせてくれるというものじゃ。そして石は、そなたの身を、その場にある自然の物に、危険が去るまで変化させてくれるという代物じゃ。どちらもこの世にひとつしかないから、あとで欲しくなっても知らないよ。ひひひ」
 老婆は不気味に笑った。
「わ、わかったよ。なんだか、すべてお見通しという感じで気味が悪いから買うよ。いくらなんだ」
「十万円…と言いたいところじゃが、一万円でいい」
「それくらいならなんとかなる。ほら一万円」
 男はそう言って金を渡し、鈴と石を受け取り、逃げる様に立ち去った。

 ──ちりん。
 最初に鈴がなったのは、新しい女とのドライブの帰りだった。二人きりになれる場所を求めて入った山奥からの帰り、路肩に車を停め、小用を足しに入った山林の中で、それはかすかな音をたてた。
 とっぷりと暮れた林の中に、男は白い人影を見つけ戦慄した。まだ、こちらには気づいていないが、走って逃げ出したりすれば、確実に見つけられてしまうだろう。男は、迷うことなく変化の石を握り締めた。
 男は杉の木になった。まわりにある何十本もの木に混ざって、男は完全に見えなくなった。
 「この木がよさそうね」
 白装束に身を包んだ女は、ただ一本だけ、わら人形が打ち付けられていない木に、自分が持ってきたわら人形をかかげ、五寸釘と木槌を取り出した。
 男は、鬼のような形相の女の顔に見覚えがあった。そして、わら人形に自分の名前が書かれてあることは見なくともわかっていた。しかし、男は微動だにすることはできなかった。
 その場にある自然の物に、危険が去るまで変化させてくれるという代物じゃ──。老婆の言葉を思い出したとき、男の眉間を五寸釘が貫いた。

(了)