春の特番

〜この作品を、ヒントをくれた友人のSに捧ぐ。


 うちのおじいちゃんは、物知りだ。おっちょこちょいだが、物知
りだ。とりわけ、難しい漢字の読みに関してはかなわない。
「小鳥遊と書く苗字があるんじゃが、なんと読むかわかるか?」
 昨日の晩は、そんな問題を出してきた。
「ことりゆう?さあ、さっぱりわかんない」
「これは、たかなしと読むんじゃな。鷹無しじゃ。鷹がいなければ、
小鳥が遊べるじゃろ?」
「なるほど。トンチみたいだね」

 そして、今日の昼のことだ。
「やすひろ。ちょっと来なさい」その声は、いつになく神妙である。
「やすひろも、もう二十歳じゃな。これから、社会に出ればいろい
ろな誘惑があるはずじゃ。いまから、いい番組をやるから、これを
観て、気をつけるんじゃな」おじいちゃんは、そう言ってテレビを
つけた。「おう、こやつらがそうじゃな。こんな綺麗な顔をして、
男をたぶらかすんじゃな。やすひろ、気をつけるんじゃぞ。こやつ
らについて行ったりしたら、後から怖いお兄さんが来て身ぐるみ剥
がれてしまうんじゃぞ」
 おじいちゃんは、眉間にしわを寄せ、こぶしを固めている。
「おじいちゃん。この人たちって、そんな悪い人じゃないと思うな
あ」
「まあ、若いおまえが、そう思うのも無理はない。だが、これを見
るんじゃ。お前は漢字に弱いから教えてやるが、この字は、こう書
いて、つつもたせと読むんじゃ」
 なるほど、おじいちゃんが、指差した新聞のテレビ欄には「美人
局アナ大集合と書いてある。
「美人局と書いて、つつもたせと読むことぐらいは知ってるよ、お
じいちゃん。でも、これは違うと思うよ。だいたい、つつもたせア
ナのアナってのはなんなんだよ」
「全日空じゃろ?」
「つつもたせ全日空大集合って、それ、どういう意味だよ」
「うむ、わしもおかしいとは思ったよ。アナ、アナか…。これは何
かの略じゃな?」
「そう、そのとおり。さて何の略でしょう」
 たまには、僕も出題させてもらおう。
「アナコンダ!つつもたせアナコンダ大集合、なんかものすごいの
う。恐怖をそそるのう。正解じゃろ?」
「ブー」
「アナゴ?つつもたせアナゴ?姉ごならわかるが、アナゴはへんじ
ゃの。アナか……。確かにつつもたせにアナは必要じゃが、テレビ
で、そんなものを大集合させるわけはないしのう。まいった。降参
じゃ。教えてくれ」
「アナウンサーだよ」
「アナウンサーと!あのニュースを読んだりしよるアナウンサーか?
そんな立派な職業婦人が、つつもたせをしよるんか!」
「だから、そうじゃなくて、これは、びじん・局アナって読むの!
局アナってのは、その放送局専属のアナウンサーのことなんだよ」
「びじんきょくあな?するとなにか、この番組はつつもたせとは何
の関係もないわけか?」
「そうだよ。だから言ってるじゃん。違うって」
「うむ。これは、どうやらわしの早合点じゃった」

 テレビでは、番組が進行し、局アナ達の将来の夢を語るコーナー
が始まっていた。

『わたしのばあい〜、一流のスポーツ選手を誘惑して〜結婚するの
が夢なんです〜』

「つつもたせとあまり変わらんのう」
 おじいちゃんの言葉に僕は黙って頷くしかなかった。

(了)