脱文明ツアー

『脱文明ツアー大好評! あなたも文明から離れてみませんか』
 仕事の疲れをいやすための旅行先を探して、旅行代理店めぐりをしていたエフ氏は、とある一軒のウインドウを見て、これだと思った。
 携帯電話、インターネット、ナビシステム等、最新鋭のシステムに囲まれた暮らしは便利には違いない。けれど、たまには、そういった物とは無縁の場所でのんびりしたいと思っていたのだ。
「表の広告を見たんだけど」
 エフ氏は、その代理店に入ると、受付の男に言った。
「ありがとうございます。おかげさまでこの企画は大ヒットでして、本日も十名様以上のお申し込みがございます」男は礼儀正しく、そう答えた。
「本当に文明から離れられるんだろうね」エフ氏は多少の疑念を持って、そう尋ねた。
「ええ、それは間違いありません。携帯電話も一般電話も使えませんし、インターネットはおろかテレビ、ラジオといったものもすべて機能いたしません。それでは困るという方にはお勧めしませんが」
「いや、それでいいんだ。しかし、そんな場所というのは、かなり遠くの無人島か、相当の山奥なんだろうな」
「無人島は無人島ですが、ここから手漕ぎ船で三十分ほどしか離れておりませんから、日帰りでの旅行も十分可能です」
「そんなに近いのか。でも、それだと携帯やラジオの電波は届いてしまうんじゃないか?」
「ご心配なく。島の周りに電波カーテンを施しまして、外部からの電波を完全に遮断しております。それだけじゃありません。文明の持ち込みには、衛星を使った探知システムが目を光らせていますし、島の外の建築物が目に入らないよう、一部の海上には自動雨雲発生器を設置して視界を遮る工夫もしてあるんですよ」男は、それぞれのシステムの映像を3D空間に展開しながら、自慢げに説明した。
「へぇ、脱文明も大変なんだな」
「そうですとも。当社の“超”最新鋭のシステムなしには実現不可能です。お気に召されましたでしょうか?」

(了)

<あとがき>
星新一のショートショートを強く意識した作品です。それだけに既読感を感じられるかもしれません。以前、喧騒から逃れたくて到着したある山のてっぺんで、乱立する携帯基地局のアンテナを見てがっかりした記憶が作者自身にもあります。