カレーライス

 はるか昔、日本にカレーライスが渡来した頃のお話です。
 美濃の国に与平というカレーに魅せられた男が住んでおりました。
与平がカレーに魅せられたのは、一月ほど前のこと。ある金持ちの
家の前を歩いていると、それはなんとも不思議な、それでいて食欲
を強烈に刺激する匂いが流れてきたのが始まりでした。門番の話で
それがカレーなるものの匂いであることを知って以来、与平の頭の
中には、常にカレーを食べたいという願望がうずまいておりました。

 物語は、与平が川で蹴鞠(けまり)を拾うところから始まります。

「かかあ、おら今日、川でこんなもん拾っただよ。ほんなこつ綺麗
な鞠だべ?」
「お、おめえさん。そりゃお殿様の蹴鞠でねえべか!」
「お殿様だあ?なして、そげんなことわかるだ?」
「おめえさんには、その紋所が目に入らねえだか!」
「紋所だあ?ああ、この丸っこい印のことけ?そういやあ。どっか
で見たことある・よ・う・な‥‥ハ、ハーッ!」
「鞠相手に土下座することもねえけんどよ、はえーとこ、お殿様に
お返ししたほうがええんでないか?」
「んだ、んだ。そうすべそうすべ」

 与平は、蹴鞠を風呂敷に包むと、おそるおそるお殿様に返しに伺
いました。

「そのもの、与平と申したな。実はのう、この蹴鞠は姫が大事にし
ておった物なんじゃが、四、五日前に勢いあまって、塀の外の川に
蹴りいれてしまってのう。それ以来姫はふさぎこんでおるのじゃ。
無事に返ったことを知ればどんなに喜ぶか。礼を申すぞ。褒美をと
らせよう。欲しいものがあれば、なんなりと申すがよい」
「ハハーッ、畏れ多き幸せにございます。では、遠慮なくお願いさ
せていただきますが、印度国より渡来のカレーちゅうもんを食して
みとうございます」
「カレーとな?欲のないやつよのう。今すぐにでも、と言いたいと
ころじゃが、カレーにはスパイスというものが必要でのう。あいに
くと、今この城には、蓄えがござらんのじゃ。来月の二十日までに
取り揃える所存ゆえ、その日にまた来るがよい。待っておるぞ」
「ハハーッ、かたじけのう存じます。二十日に必ず参ります」

 与平は、急いで家に帰ると、挨拶もそこそこに、一目散に暦に向
かい、翌月の二十日のところに墨で丸をつけました。
「おめえさん、どうしただ」
「どうしたも、こうしたも、この日、おらあとうとうカレーちゅう
もんが食えるだよ!」
 ところが、女房の方はカレーなどというものは聞いたこともあり
ませんので、聞き返します。
「カレー?」
「んだ」
「カレー?」
「んだ」
 それ以来、暦のことをカレーンダというようになったそうな。め
でたしめでたし。


(注)1993年ごろ作成。(駄作ですね)