美人家庭教師殺人事件

「かふんしょ〜、かふんしょ〜おで、はんと〜しく〜ら〜す〜。よ
いよ〜い」
 穏やかな春の日差しに照らされる、写楽ホームズ探偵事務所に妙
な歌をうたいながら、鍬形警部が入ってきた。
「よお、写楽くん。ご機嫌はいかがかね?」
 警部は帽子を指でくるくるまわしながら、ソファーに腰かけた。
「いかがかねじゃありませんよ。なんですかさっきの歌は?それも
いうなら、でかんしょ〜、でしょうが」
 写楽ホームズはパイプをふかしながら、警部の向かいの席に腰を
おろした。
「まあ、似たようなもんじゃないか。キミをかふんと言わせたくて
な。ははは」
「……しばらく会わないうちに、おやじギャグに磨きがかかりまし
たね。ところで、何か事件でも?」
「事件?おお、そうだそうだ。殺人事件が起きたんだよ。その謎と
きを写楽君、キミにお願いしようと、お足元の悪い中、わざわざ遠
方よりお越しくださったというわけだ」
「相変わらず無茶苦茶な日本語ですね。それに今日はいい天気じゃ
ないですか。お足元なんて…。くんくん、何かにおいませんか?」
「さすが写楽君だ。わしの靴の裏には、お犬さまの実はそのなまあ
たたかい…」
「あーー。もういいです。しかしつけたまま入ってくるかなあ、普
通…」
「まあ、余談はさておき、事件の本筋だ。例の美人家庭教師殺人事
件は知っておるだろ?」
「悲惨な事件でしたよね。自室で、家庭教師が顔をメッタ刺しにさ
れて死亡したという」
「実は、あの事件の犯人が遺書を残して自殺したんだよ」
「そうだったんですか!ん?犯人が自殺したんなら、なぜに僕のと
ころへ?」
「それが本人なんだよ」
「は?何がなんですって?」
「だから、自殺したのが、殺された美人家庭教師本人なんだよ。ち
ょっとレトルトっぽいと思うかもしれんが」
「たぶん警部はオカルトっぽいと言いたいんだと思いますが、あえ
てつっこまないでおきましょう。要は、殺されたと思っていた美人
家庭教師は最近まで生きていて、死んでいたのは別人だったという
ことなんですね」
「そんなところだ。さて、殺されたのは誰、そして犯人の動機は?」
 鍬形警部は身をのりだした。
「殺されたのが誰かなんてことまではわかりませんが、動機はわか
りますよ。その前に、その遺書とやらの内容を教えていただけませ
んか?」
「うむ。美人家庭教師殺人事件の犯人は私です。私はもう思い残す
ことはありません。さようなら。だったかな?」
「想像通りです。いや、女性心理というのがよくわかる事件です」
 写楽は、深く腰かけなおし、目を閉じた。
「おいおい、一人で納得しとらんで、教えてくれたまえ」
「前から思っていたのですが、何故美しい女性が殺されると、美人
OLとか美人短大生とか、頭に美人をつけるんでしょうね?女性蔑
視も甚だしいと僕なんかは思うんですが。これが美しくない女性の
場合だと、とたんにただのOLとか看護婦になってしまう。どうせ
なら、ブスOLとか普通看護婦とか言えばいいんです。男には何も
つかないけど、美男子探偵とかブ男警部とかね」
「するとなにか?犯人は、自分が美人かどうかを確かめるために、
自分の身代わりを殺したというのか?」
「そうです。それで、被害者の顔をわからなくする必要があったん
です」
「しかしだなあ。そんなもん、私って美人?とか訊けば済むこと
じゃないか。なにも殺人まで犯さなくても…」
「インテリな女性ほど、結果を恐れて訊けないものなんですよ」
「なんとも、後味の悪い事件だなあ。すると、殺されたのは、犯人
と同じ背格好の不特定の女性ということになるのか」
「遺書に被害者の名前がなかったところからみて、殺した相手の名
を知らなかった可能性は大ですね。まあ、捜索人のリストや血液型、
歯型などから身元はいずれわかるでしょうが。――ただ、警部にひ
とつだけお願いがあります」
「なんだね」
「仮に、その女性が美人じゃなかったとしても、事件の頭に美人と
つけるようマスコミに頼んで欲しいのです。そうじゃないと、その
女性があまりに可愛そうですから」
「うむ。わかった。君もなかなかいいところがあるじゃないか。と
ころで、さっきのブ男警部って、まさか俺のことじゃないよな?」

(了)