ある能力

「あなたは、大病を患っておられますね。月に一回はかかさず通
院されていると見たが」
 路上の占い師は、相談をしにきた男に、かざすように動かして
いた両手を止め、言った。
 その占い師は、近所でもよくあたることで評判の占い師だった。
あまりによく当たるので、街ではちょっとした評判にもなってい
た。
「さすがだ。自分ではなんともないように見せかけていても、あ
なたにはわかってしまうんですね」
「だてに長いこと占いをやってはおらんよ。そんなことより、あ
なたは、随分長くその病気で通院されているようだが、確実に回
復には向かっている。近いうちに全快するはずだから、安心なさ
るがいい」
「はい、あなたにそう言ってもらえば安心です。ありがとうござ
いました」男は、見料にしては大目の金を渡し、去っていった。

 その様子を反対側の路地から、じっと見ている男がいた。その
男はあたりを見回しながら、占い師に近づいてきた。
「いやあ、たいした力だ。私は占いなど信じない方だが、あなた
は本物だと思う。過去を知り、未来を予知する。これはすごいこ
とだ」
「いや、わしには、実はそんな力はないんだ。ここだけの話なん
だが、実は、朝起きると、今日ここへ来る人物の名前や住所が頭
の中に浮かぶのだよ」
 占い師は、先ほどの男にそうしたように、新たな客の体に両手
をかざしてから言った。
「なるほど、しかし考えてみれば、過去を知る能力はなくても、
未来を予知する力はあるということじゃないですか。それはそれ
で、すごいことじゃないですか」
「いや、わしにわかるのは、今日、どんな人物がわしのところに
来るかということだけなんだ。名前と住所がわかれば、その人物
について、ある程度のことは事前に調べられるであろう?」
「それじゃあ、俺が何者かもわかっているということか」
 客の男は急に言葉づかいを変え、内ポケットに手をつっこもう
とした。
「もちろんだ。ついでに言っておくと、ほれ、向こうから目つき
の鋭い男がこっちに向かってくるだろう。あれが、あんたの次に
ここに来るお客さんだ。職業は私服だが刑事だ」
「ちっ」そう言うと、男は隠し持っていたナイフを取り出すこと
もなく、走り去っていった。

「見てもらいたいんだが」
 目つきの鋭い男は言った。
「あなたは、何か思いつめてらっしゃる。しかし、死んでもなん
の解決にもならん。思い留まった方がよかろう」
「死ぬ?私が?ははーん。あなた、もしかして透視能力を持って
ますね」男は、そう言って背広の内ポケットから遺書を取り出し
た。「これは部下が私宛に残していったものです。ここまで思い
つめていたなんて全く知らなかった。私はダメな社長です。幸い
にして未然に食い止めることはできましたが、私は自信をなくし
てしまいました。でもあなたは、透視能力を悪用して、さも過去
や未来を知ってるかのように振舞うペテン師だ。診察券や領収証
など、人間は何かしら過去や未来に繋がる物を持ち歩いています
からね。しかし、そうわかった以上、あなたに訊くなどというこ
とは無駄だと思います。失礼します」
 男は、鋭い目をさらに鋭くして帰っていった。

「はぁ、ペテン師のう。落ち込むわい。まあ、本当はスリの能力
しか持っていないとバレなかっただけマシか」
 占い師は、強盗未遂男と今さっきの男からスリとった紙幣をカ
バンに入れると、そそくさと帰っていった。

(了)