あんたが犯人殺人事件

「あのー、写楽ホームズさんは、いらっしゃいますか?」
 写楽ホームズ探偵事務所に、一人の男が訪ねてきた。
「またー、何をふざけているんですか鍬形警部」
 写楽は、男に言った。
「あ、鍬形警部を御存知ということは、あなたが写楽さんですか」
「もう、いいかげんにしてくださいよ。こっちも、忙しいんだから」
「たぷんあなたは、私のことを鍬形警部と間違えられていらっしゃ
ると思うのですが、実は私、こういう者です」
 男は、そう言って名刺を差し出した。
 そこには、<警視庁捜査一課警部補雛形孝三郎>と書かれてあっ
た。
「しかし、よく似た人がいるもんだ。もしかしたら、双子だとか?」
「いえいえ、私と鍬形警部とは、えーと、いとこじゃなくって、え
ーと、えーと――」
「またいとこ?やしゃご?」
 雛形警部補が、思い出せないようなので、写楽が助言した。
「あ、そうそう。あかの他人です」
 写楽は、椅子からころげ落ちてしまった。
「そういう、しょうもない冗談を言うとこまでそっくりですね。で、
いったい何のようなんですか?」
 写楽は、床にぷつけた肩をさすりながら言った。
「いや、矢礼しました。実は、鍬形警部が、今のジョークを教えて
くれたんですよ。写楽さんが喜ぶからって」
「喜ぷわけないでしょうが!鍬形はどうした、鍬形は!」
「彼は、今、拘置されています」
「ん?何の、コーチをしてるんだ。人のおちょくりかたか?」
「いえ、そのコーチではなくて、俗にいう牢屋に入っているのです。
何故、そうなったかというと、被害者が死ぬ間際に鍬形警部に向か
って、『犯人は、おまえだ』と言ったからなのですが」
「ついに、あの人もそこまでするようになったのか…」
「いえ、そうではありません。警部はいやしくも人をあやめるよう
な方ではありません。一応アリバイは調べましたが」
「じゃあ、どうして犯人だなんていわれるんです?」
「実は被害者は、小前田という姓でして、家族か親類の誰かの名前
を言おうとしてたらしいんですよ。だから、正確には『犯人は小前
田なにがし』と言うつもりだったんでしょうが、警部を逮捕して真
犯人を油断させようという意見が上層部から出て、こうなったとい
う次第なんです」
「すると、この名探偵、写楽ホームズの推理で真犯人を捜しだして、
鍬形警部を解放したいというわけなんですね?」
 写楽は、久々の事件に目を輝かせた。
「いえ、真犯人の小前田一郎は、今ごろ捕まっているはずですから
ご心配なく」
「え?では、あなたは何をしに来たんですか?」
「警部がすっかり拘置所の生活を気にいってしまいまして、是非写
楽さんにも味あわせてあげたいから連れて来いと。あ、そうそう、
一緒に芋でも喰おうと言ってました」
「行きませんよ!そんなとこ!でも、なんで芋なんだろ。臭い飯っ
てのは聞いたことあるけど…」
「はぁ、『これが本当の拘置ポテトだ』と言ってました」

(了)


あとがき・今時、カウチポテトって言葉、死語なんじゃなかろうか