メッセージ 2000・9・10 小 石 泉 牧師
ダ ニ エ ル
夏の間、使徒たちの学びから多くの恵みを受けました。今日からは特別の導きを受けない限り旧約聖書の人物を学びましょう。はじめにダニエルを学びます。たまたま先日、北朝鮮のレポートをテレビで見ていたら巨大な金日成の像の前で多くの人が頭を下げていました。私はそのとき、これはまるでバビロンのネブカデネザルの建てた金の像のようだと思いました。ダニエル書には多くの予言があります。しかし、今回はそのような未来の予言ではなくダニエルとその友人たちの信仰と人物について焦点をあてましょう。
“ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した。主がユダの王エホヤキムと神の宮の器具の一部とを彼の手に渡されたので、彼はそれをシヌアルの地にある彼の神の宮に持ち帰り、その器具を彼の神の宝物倉に納めた。王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエル人の中から、王族か貴族を数人選んで連れて来させた。その少年たちは、身に何の欠陥もなく、容姿は美しく、あらゆる知恵に秀で、知識に富み、思慮深く、王の宮廷に仕えるにふさわしい者であり、また、カルデヤ人の文学とことばとを教えるにふさわしい者であった。王は、王の食べるごちそうと王の飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当て、三年間、彼らを養育することにし、そのあとで彼らが王に仕えるようにした。彼らのうちには、ユダ部族のダニエル、ハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。”1:1〜6
神の選民であるイスラエル・ユダは、高慢になり不信仰になり偶像礼拝に走りました。そのために神様はBC722年に北のイスラエルをアッシリヤによって滅ぼし、BC605年に南のユダをバビロンによって滅ぼされました。この時ユダの有力な市民20万人ほどがバビロンに補囚として連れて行かれました。その中にいた有能な少年たちをネブカデネザルは自分の側近として仕えさせるために選びました。彼らはもともと王の血統である貴族出身者でした。彼らの名前の意味は中々興味深いものです。ダニエルは「神は裁き主」ハナヌヤは「ヤハウエは恵み深い」ミシャエルは何と「神とは何だと言うものは誰だ」アザルヤは「ヤハウエは保護者」です。ここで見るとおり「ヤ」とか「ヤー」は主と書いてあるヤハウエで「在りて有る者」(さらに正確に言えばエヒエ・アシエ・エヒエ)の簡略型です。これは言わば聖書の神の固有名詞です。十戒に“みだりに唱えてはならない”とあるためにユダヤ人は普通は発音しません。英語ではJHWHの4文字で表し、この4文字をテトラグラマトンと言います。また「エル」は神の一般名詞です。彼らはこのような信仰的な名を与えられていたにもかかわらずそれぞれバビロンの偶像を意味する言葉を含む名を与えられました。これは彼らにとって屈辱だったことでしょう。
さて、彼らは王の命令によって王の食べる食事を与えられることになりました。しかし、ユダヤ人にとってこれは大きな問題でした。彼らは律法で食べて良いものと食べてはならないものを厳格に定められています。その上、王の食卓に上る肉は偶像に供えられたものです。そこで彼らは野菜だけを下さいと願いました。誤解してはならないことはダニエルたちは菜食主義者ではないということです。これはダニエル書の他の個所にも“満三週間、私は、ごちそうも食べず、肉もぶどう酒も口にせず、また身に油も塗らなかった。”10:3 とあるように特別な時だけです。そして彼らは他の誰よりも元気でした。彼らは非常に賢く美男だったので王の側近として仕えることになりました。さてしかし、ここに大変なことが起こりました。
“ネブカデネザルの治世の第二年に、ネブカデネザルは、幾つかの夢を見、そのために心が騒ぎ、眠れなかった。そこで王は、呪法師、呪文師、呪術者、カルデヤ人を呼び寄せて、王のためにその夢を解き明かすように命じた。彼らが来て王の前に立つと、王は彼らに言った。「私は夢を見たが、その夢を解きたくて私の心は騒いでいる。」”2:1〜3
ネブカデネザル王は夢を見てそれを解き明かすように周りの呪術師たちに求めますがその際、夢そのものをまず言い当てよと命じます。古来、王の周りには多くの占い師や魔術師、呪術師がいたものです。これは現在でも変わりません。しかし、ネブカデネザル王は賢明な王でした。彼はこれらの呪術師たちのいいかげんな占いや夢解きに疑問を持っていたのです。それで夢そのものを言い当てることが出来たら、その人を信用できると考えたのです。しかし、これは彼らにとって不可能なことでした。
“カルデヤ人たちは王の前に答えて言った。「この地上には、王の言われることを示すことのできる者はひとりもありません。どんな偉大な権力のある王でも、このようなことを呪法師や呪文師、あるいはカルデヤ人に尋ねたことはかつてありません。王のお尋ねになることは、むずかしいことです。肉なる者とその住まいを共にされない神々以外には、それを王の前に示すことのできる者はいません。」王は怒り、大いにたけり狂い、バビロンの知者をすべて滅ぼせと命じた。この命令が発せられたので、知者たちは殺されることになった。また人々はダニエルとその同僚をも捜して殺そうとした。”2:10〜13
もともとカルデヤとはバビロン地方の古い名称で占い魔術が盛んでした。カレンダーはそのカルデヤから来ているのです。元々は農耕のために必要だったのでしょう。
ネブカデネザル王は怒り狂いこれらの人々を皆殺しにするように命じました。この辺は偉大な支配者に共通する性格だと思うのです。織田信長も同じように比叡山の僧侶を皆殺しにしています。さて、この事態に対してダニエルたちが取った手段は祈祷会でした。共に祈る仲間がいるとは何と力強いことでしょうか。
“ダニエルは自分の家に帰り、彼の同僚のハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤにこのことを知らせた。彼らはこの秘密について、天の神のあわれみを請い、ダニエルとその同僚が他のバビロンの知者たちとともに滅ぼされることのないようにと願った。”2:17〜18
こうして神はダニエルにネブカデネザル王の夢を教え、ダニエルは王にその夢と解き明かしを告げました。王は感嘆しダニエルとその神を称えました。私たちは同じように困窮のときは共に祈り、神様から驚くべき解答を与えられるのです。
さて、その夢については、それからの時代の予言だったと言うことを簡単に見て置きましょう。それは頭は金、胸と両腕は銀、胴は銅、足は鉄、足の先は鉄と粘土の混ざったものでした。そして金はバビロン、銀はメドペルシャ、銅はギリシャ、鉄はローマ、鉄と粘土はその後の世界です。ダニエル書の予言はあまりにも正確だったために近代になって紀元前の文章ではなく紀元後のものだという批評がされましたがそれは全く不信仰な人々の考えです。こうしてダニエルは王の右腕となり彼らは大いに栄えました。しかし、事はそれで終わりませんでした。ネブカデネザル王は神に従順な人などではありませんでした。
“ネブカデネザル王は金の像を造った。その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトであった。彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた。そして、ネブカデネザル王は人を遣わして、太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官を召集し、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に出席させることにした。そこで太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官は、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に集まり、ネブカデネザルが立てた像の前に立った。伝令官は大声で叫んだ。「諸民、諸国、諸国語の者たちよ。あなたがたにこう命じられている。あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。ひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。」”3:1〜6
ネブカデネザル王は全身が金の像を建てました。もちろんこれは夢に対抗して、自分の国バビロンが永遠に続くのだと言っているのです。ネブカデネザルは神に反抗しているのです。そして偶像崇拝をしなかったハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤの三人は訴えられて王の前に連れて行かれました。ここにダニエルの名前がないのは国のNo.2を訴える人はさすがに居なかったのでしょう。しかし、彼らは王に答えます。
“「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」”3:16〜18
この雄々しい信仰を見てください。私たちは祈ったことが答えられないと言って神を恨み信仰に陥ります。しかし、彼らは「たとえそうでなくとも」(口語訳)、神が自分たちの祈りに答えられなくとも、そこには神のご計画があるのだ、自分たちは自分の願い通りではなく神の御意志に従うと宣言したのです。次ぎの御言葉も参考にしてください。
“あなたがたのうち主を恐れ、そのしもべの声に聞き従い、暗い中を歩いて光を得なくても、なお主の名を頼み、おのれの神にたよる者はだれか。”イザヤ50:10(口語訳)
さて“ネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴに対する顔つきが変わった。彼は炉を普通より七倍熱くせよと命じた。また彼の軍隊の中の力強い者たちに、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを縛って、火の燃える炉に投げ込めと命じた。そこで、この人たちは、上着や下着やかぶり物の衣服を着たまま縛られて、火の燃える炉の中に投げ込まれた。王の命令がきびしく、炉がはなはだ熱かったので、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来た者たちは、その火炎に焼き殺された。シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの三人は、縛られたままで、火の燃える炉の中に落ち込んだ。そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」それから、ネブカデネザルは火の燃える炉の口に近づいて言った。「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ。いと高き神のしもべたち。すぐ出て来なさい。」そこで、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは火の中から出て来た。太守、長官、総督、王の顧問たちが集まり、この人たちを見たが、火は彼らのからだにはききめがなく、その頭の毛も焦げず、上着も以前と変わらず、火のにおいもしなかった。”3:19〜27
彼らは何の害も受けませんでした。彼らと一緒に火の中に居たのは誰でしょうか。それこそまだイエスとして世に来られる前の御子です。この方の名はインマヌエル「神は我らと共におられる」と言います。いかなる時も主イエス様は我らと共におられます。
この話が2600年前の神話だとは思わないで下さい。今でも北朝鮮の人々にとっては現実の話なのです。そして日毎に小さな試みの中で私たちの経験でもあるのです。あなたも言えますか「たとえそうでなくとも」。
追記 バビロンは聖書に四回現れます。最初はニムロデによる古代バビロン。次ぎがネブカデネザルのバビロン。三回目がローマ。四度目が黙示録に出てくるバビロンです。これは現代のバビロンですが恐らくアメリカでしょう。バビロンの元になった言葉バベルは混乱の意味です。