明細書への出力工程(発明の文章化技術)

弁理士 遠山 勉


 発明の分析により明細書に記載すべき情報の何たるかがわかるので、得られた分析結果を明細書の様式に合わせて出力すれば、最終的な明細書が完成します。しかし、情報を読み手に理解しやすいように、かつ、正確に表現しなければ、発明の適正な保護を確保できません。その意味で明細書における以下のような表現方法(出力手法)が問題となります。以下は、ソフトウェアに拘わらず明細書一般に共通する事項です。


明細書表現方法

 ここでは、表現方法として
 について説明します。


<部材の名称>
@原則として技術用語による
A一般名の無い部材の名称は、その部材の機能や性状でつけるか又は形状で特定する。
   機能で特定した例・・・押圧部、当接部、吸引体
   性状で特定した例・・・多孔質部材、弾性部材、可撓性部材
   形状で特定した例・・・立方体形状部、U字状溝、コ字状部、舌片状部
 ただし、形状でつける場合は、その形状ではないが、同等の機能を有する他の部材が考えられるか検討する必要があります。そのような他形状・同機能の部材が出願時に思い浮かばなくとも、第三者によりそのようなものが考えられる場合があるので、できれば機能で部材名を特定した方が得策でしょう。
 例えば、ボールスプライン事件では、U字状溝と一対の円形溝との異同が問題となりました。
 学会等で命名法が決められている場合は、それに従います。

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<表現順序>
■大きい物から小さな物へ(幹から枝へ:土台(基礎)から上物へ)と説明する。
■中心的な機能を果たす物から説明する。
■主たるブロックから従たるブロックへ説明する。
■製造手順に従って説明する。
■動作順に従って説明する。
■発明の技術思想の論理順に説明する。
■発明の論理的前提を先に説明する。

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<図面不参照の原則>
図面を参照しなくとも頭の中で構成が浮かぶ(figure out) 可能な表現


<有機的結合関係記載の原則>
 発明の構成及びその実施の形態を説明する上で、構成要素間の有機的結合を説明しておかないと、構成不明瞭、実施不能といった評価を受けかねません。そこで、構成要素間の構成上での関連性(有機的結合関係)を記載する必要があります。これは、当該構成の前に説明した構成を受けつて当該構成を説明することで表現できます。例えば、AはB、BはC,CはDというように、直近(できれば直前)の文章中の用語を受けて、順次構成を説明して行くことで、構成要素間の有機的結合関係を表現できる。

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<不意打ち禁止の原則>
 antecedent basis = 先行詞、がないような表現は、意味が伝わりにくいものです。従って、先行詞を予め説明してから部材・構成の説明を行いたいものです。
 例えば、「液体を収容可能な容器本体と、この容器本体の取手の反対側側面に設けた液体注出出口とを設けた散水容器」という表現の場合、
 容器本体の「取手」はそれ以前になんらの説明もなくいきなり不意打ち的にでてきます。このような表現は、できるだけ避けるようにすることがわかりやすい明細書を作成する上で望まれます。
 特に米国では、このような記載は「antecedent basis = 先行詞」がないとして、拒絶理由とされるので注意を要します。
 上記の例の場合、「液体を収容可能であるとともに一側面に取手を有する容器本体と、この容器本体の取手の反対側側面に設けた液体注出出口とを設けた散水容器」という表現に改めることが必要です。
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<一文・一意の原則>
一つの文章は1つの意味しか持たせないように、短く書くこと。


請求範囲の表現形式

 日本では、クレームの表現形式につき、特に規定はなく、書き手の書きやすい方法に従って記載しているのが通常です。但し、請求項毎に、一項で記載することが習慣となっております。これは、大正10年法におけるクレーム形式のなごりとされております。いずれにせよ、発明の性質に応じて、最も表現がしやすく、しかも、わかりやすくて、誤解のない記載方法によるのが好ましいことは言うまでもありません。以下、慣例的に使用されている表現形式を例示します。

<順次列挙形式(方法的記載)>
 AにBを立設するとともに、このBの先端にCを設け、このCにDを取り付けて形成した装置X。
 この形式は、方法クレームのように、あたかも物を製造するかのように、時系列的に順次構成要素を説明して行く記載方法です。必ず前に述べた構成を受けて次の構成を説明するので、構成要素間の有機的結合関係の説明を漏らすことなく記載できるというメリットがあります。

<構成要素列挙形式(一項記載)>
 Aと、
 このAに立設したBと、
 このBの先端に設けたCと、
 このCに取り付けたDと、
 を備えた装置X。

<構成要素列挙形式(箇条書)>
 以下の構成を備えた装置。
  (1) A。
  (2) 前記Aに立設したB。
  (3) 前記Bの先端に設けたC。
  (4) 前記Cに取り付けたD。

<ジェプソン形式>
 Aと、
 このAに立設したBと、
 を備えた装置において、
 このBの先端に設けたCと、
 このCに取り付けたDと、
 を備えたことを特徴とする装置X。

<変形構成要素列挙形式>
 Aと、
 Bと、
 Cとを備え、
 前記Aは・・、
 前記Bは・・、
 前記Cは・・、
 であることを特徴とする装置X。

<マーカッシュ形式>   a,b,c,dの群から選ばれる1または2以上の物質。

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請求範囲表現上のルール

選択的記載は原則として不可
機能的表現は原則として不可
消極的特定方法(〜でない・・等の否定形、〜以外)
「〜できる」と表現しない。例えば「〜される」と表現する。
できるだけ「上」・「下」と表現しない。「一端」・「他端」「先端」・「基端」と表現する。
「〜からなる」、「〜構成された」という表現はさける。
「〜有する」、「〜備えた」と表現する。
構成要素列挙方式(〜Aと〜Bと〜Cと)で記載する場合のルール
各構成要素の文「〜A」中には「と」を用いない。理由:構成要素がわかりにくくなる。
「〜A」、「〜B」の文中には読点を使わない。


詳細な説明の表現方法

 請求項に記載した構成は必ず説明(請求項との対応関係がわかるように記載するのが望ましい)
 用語の定義
 段落の多用
 各構成、各ブロック毎にサブタイトルを付けるとわかりやすい
 方法は工程順に
 物の発明が併存するときは、物を先に説明するとよい
 工程の順序を逆にしてもよいときがあるので注意
 関連情報の記載
 依頼者からの情報で、発明とは直接関連はないが、何らかの理由で提案書に記載してある情報は、請求範囲の減縮の根拠とならない限り【発明の実施の形態】に記載しておくのが親切な対応となる。


■明細書の表現語彙集(1)
少なくともAを・・・(Aだけは必ず構成要件となる)
AとBとのいずれか一方を〜し、いずれか他方を〜する。
■明細書の表現語彙集(2) 位置の特定
以下のような位置関係を念頭に表現すると、構成の位置の特定がしやすい。


                上方


                上面
                上部
     ┌───────────────────────┐
     │                       │短
     │端(左端)             端(右端)│手
左方   │一端       中心(中央)      他端│方  右方
側方   │一端部     中  央  部     他端部│向  側方
     │      中    間    部      │
     └───────────────────────┘
                下部
                下面
           長   手   方   向


                 下方


<端> 一端・他端、先端・基端、上端・下端、左端・右端、前端・後端
<側> 一側・他側、上側・下側、左側・右側、前側・後側
<方> 一方・他方、上方・下方、前方・後方
<部> 上部・下部、中心部←→中心、中間部←→中間、端部←→端
長手方向←→短手方向、長さ方向←→幅方向、縦方向←→横方向、高さ方向、厚さ方向、軸方向(長軸方向←→単軸方向)

<形状>
円形状、楕円形状、円弧状、三角形状、四角形状、長方形状、矩形状、方型、柱状、三角柱状、円柱状、筒状、円筒状、角筒状、管状、くさび型、立方体、直方体、U字状、コ字状、


■参考文献
 わかりやすい文章の書き方を学ぶための最良の教科書として、「日本語の作文技術」本多勝一著 をお勧めします。

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