Sin(罪業)
ワタシハ ツミヲ オカスダロウ
月光のみを糧とした影が、白木の床に長く落ちている。
広大な左大臣邸の、普段は滅多に人の寄りつかない一角。
そのどこか埃臭い小さな房室で、密やかな逢瀬が繰り広げられていた。
「…あ…は……あっ……」
艶めいた女の声。
「……」
無言で、ただ吐息のみを荒くする男の気配。
絡み合い、蠢く二つの人影。
白く艶やかな肌と、日に焼けた褐色の肌。
大柄で、たくましく鍛え抜かれた体を持つ男。
白く艶やかな肢体が思う様乱れる様子を、惜しげもなく男の前に晒しながら、女は快楽に浮かされた声で男を呼ぶ。
「あ…ああっ……あっ、より…さ……頼…久…殿っ」
感極まったように呼ばれる自分の名に、男―――源頼久は、わずかにその整った眉根を寄せた。
ちらりと、周囲に目を走らせ、万が一にもここへ近づくものがないかどうか、気配を探る。
しかし、それでも女の中に埋め込まれた自身を突き上げる速度は変わることなく、一定のリズムを刻みつつ自分と女の双方に快楽を送り込み続ける―――まるで、それが手慣れた『作業』であるかのような感情の見えない瞳のままで。
それは、『穢れ』に侵された京を救うため、『龍神の神子』たる少女が土御門の屋敷に降臨して、すでに二月以上が経った頃の事だった。
京の都を守護する『龍神』の加護を受けた貴い『神子』。
自らの主として仕えるよう命じられた聖なる『神子』。
しかし、おおよその予想に反してこの地に顕現したのは、ごくごく当たり前の―――言うなれば、その辺りにいる市井の娘と何ら変わりない存在としか思えなかった。
見知らぬ場所、見知らぬ人々の間に訳もわからず放り出され、心細さのあまりか帰りたいと泣いた。
怨霊と戦わねばならぬと知り、愕き、到底自分には出来ないと、一度ならずそう言った。
なれぬ風習に戸惑い、不安げな眼差しで過ごす様子が哀れを誘った。
だが。
京の人々の困窮する様を目の当たりにし、また、晴れぬ恨みと苦しみに喘ぐ怨霊達のあり様を知るにつけ、いつの間にか、求められるままに振るっていた力を自らが進んで用いるようになり。
また『帰るための手段』であったはずの『京の平安』が、彼女自身の心の底からの願いとなる頃には、名実共に『龍神の神子』として、そこに在るようになっていた。
そして、彼女に従うべく運命付けられた自分以外の『八葉』達もまた、『使命』や『責務』と言ったものとは別の何かをもって彼女に接し、彼女を見つめるようになっていた。
そんな頃のこと。
萩と言ったか、それとも荻であったか……女の名前すら定かではない。
受領であった夫と死に別れたとか、今は北の方付きの女房だとか、そんなことを寝物語に聞いた気もするが、それもすでに記憶の彼方だ。
公に認められた官位こそ無いものの、血筋を辿ればやんごとなき辺りへとたどり着く事を知ったのか―――或いは、単なる気まぐれか。
ふとしたことで誘われ、後腐れのない相手だと見抜いた自分がそれに乗って―――愛しげな笑みも、優しい睦言の一つも交わすこともない、ただ、互いの体を貪るだけのそんな関係が始まったのは、一体どれくらい前のことであったのか?
月に数度、どちらからともなく連絡を取り―――逢えば肌を重ね、そうでないときは視線すら交わさない、そんな割り切った関係が随分と長いこと続いていた。
たくましい腰が、女の中心に打ち付けられる。
その度に高くなる声。
快楽のあまり暴れる体を押さえつけ、痣が残るほどに強く乳房を掴み、揉みし抱く。
それが重なるごとに艶を増す喘ぎ。
「……ああっ………あ、あっ……ああっ!」
長い黒髪を振り乱しながら、女は自分の腕を頼久のたくましい背に回しすがりつく。
必死に顔を上げ、男の頭を引き寄せ口付けを求める。
―――だが。
「……」
どこか白い蛇を思わせる動きで女の腕が背中をつたい、自分の首に絡みつき引き寄せようとする、その瞬間。
ふい、と唐突に顔が逸らされる。
次いで、たくましい腕が彼女のそれをがっちりと捕らえ、抵抗しようのない力で床へと縫い止めてしまう。
「…?……」
思わぬ事に、怪訝そうな表情を見せる女に、しかし頼久は構うことなく、さらに強く自分を埋め込んだ。
抉るように内部をかき回し、すでになじんだ体の弱い部分を責め立てる。
「っ!…ひっ…あああっ!!」
悲鳴混じりの嬌声が夜の闇を切り裂き、過ぎる快楽に思わず自分を拘束する腕に爪を立てる。
なめらかな太股が跳ね上がり、男の腰を挟み込む。
突き上げの激しさに息を詰まらせ、それでもさらなる快楽を求めるかのように、内部の粘膜はうねうねと蠢き、自分を犯すものにまとわりついていく。
その熱さに、思わず引き込まれそうになりながらも―――頼久が、その脳裏に思い浮かべるのは、今時分が組み敷いている女とは、似てもにつかない一人の少女の面影だった。
「今日もよろしくお願いします」
すでに日課となった都の探索に出掛ける前に、神子は必ずそう言って同行する八葉に頭を下げる。
自分にも、それ以外の者にも平等に。
優しい笑顔と明るい声で。
「はい、心してお供させていただきます」
その度に、笑顔でそれに答えながら―――頼久は己の心の中にある暗黒を意識せずにはいられない。
「えっと……今回はですね、北の方に行ってみようと思っているんです」
自分の方を見上げるようにして神子がいう。
その―――きらきらと朝の太陽の光を受けて輝く瞳と、紅を引いているわけでもないのに奇妙に艶やかな色合いの唇が己に向けられる度に、頼久は自分の心臓が大きく跳ねるのを感じる。
ずば抜けた長身の己と、華奢な少女でしかない彼女がお互いの目を見て話すには、そうしなければならないと知っているにもかかわらず。
その仕草に深い意味など無いと理解していて、それでも『何か』を期待してしまう。
そして、その度に軽い自己嫌悪に陥る。
「……頼久さん?」
不意に険しい表情になっただろう己に、神子が心配そうな声を掛ける。
「あの…どうかしました?」
「あ……いえ、何でもございません」
どす黒くわだかまる思いを心の奥底にしまい込み、出来うる限りの笑みを顔に登らせる。
「失礼いたしました―――洛北でございますね。そちらは少々距離がございますので、何か乗り物を用意させましょう」
しかし、神子は、そんな自分の言葉に慌てたように顔の前で手を振り、謝絶の言葉を口に乗せる。
「あ、いいですよ、そんなこと。歩いて歩けない距離じゃないし」
「いいえ、神子殿の大切なお体をそのようなことで疲れさせては、私がお叱りを受けます」
その彼女に向かい、あくまでも主に対する臣下としての言葉を吐きつつも―――自分の心が決して彼女を『そう』見てはいないことを知っている。
「でも……」
それでも申し訳なさそうに顔を曇らせる神子に、出来うる限りの優しい笑みを浮かべながら告げる。
「屋敷の者達は皆、少しでも神子殿のお役に立つことを望んでおります。どうかそのようにおっしゃらず、彼らにも神子殿の重責の一端なりと担わせてやって下さい」
「…頼久さん……ありがとう」
自分の言葉にはにかんだような微笑みを浮かべる―――愛しい少女。
「はぁっっ…ああっ!!…ああああっ!!」
乱れた黒髪が汗に濡れた肌に絡みつくのを、酷く鬱陶しく思いながら、頼久は無言のままに女を責め立てる。
「ひぁっ!……ひ……あああっっ……も、もう……っっ」
無意識のうちにずり上がろうとする腰を捕らえ、乱暴な仕草でそれを引き戻す。
「ひ…ぃっ!」
息を詰まらせ、快感に喘ぐ様を冷めた瞳で見つめながら、突き上げる速度をさらに早くする。
焦点を失いつつある瞳。
ひっきりなしに淫らなあえぎを漏らす唇。
滅多に日に当たらないためにどこか病的な白さの肌。
淫らで、美しく、艶やかな女。
重たげな乳房と綺麗にくびれた腰、下腹部の黒々とした茂みの奥には汲めども尽きぬ快楽の泉を秘めた、美しい裸身。
男であれば、誰もが求めて止まないそんな成熟した女の体を思う様に扱いながら。
繋がった部分から、じわじわと背筋を伝い脳にまで到達しようとする『快楽』に、意識の半ばを占領されても、尚、頼久の心の内にあるのは、そんな彼女と自分自身への嫌悪と怒りだった。
どれほど鍛練を重ねようと、精神を厳しく律しようとも、どうしても消せない『肉』の要求。
否応なく自覚せざるを得ない、己の『欲望』。
それが酷く厭わしく、腹立たしい。
なのに―――それでも、頼久は女の体を貪り続ける。
「あ…あ……い…いいっ……あ…あっ……ああっ!!」
ぷっくりと膨らんだ花芽を刺激するように腰を動かせば、面白いように声が高くなる。
先端まで抜き出したモノを、勢いを付けて根本まで突き込めば、途端に白い太股が跳ね上がる。
女の内部が彼を食いちぎらんばかりの収縮を見せる。
すでに声を殺すのも忘れ、感じるままに声を上げる女を見下ろしながら。
頼久は自分の罪と向き合う。
律動を続けながらも、目を閉じ、耳からの音を意識から遠ざければ。
自分の肌に触れる軟らかな肉と、自らを包み込む熱くぬめる粘膜のみに神経を集中させれば。
そこに―――自分の躰の下にいるのはなじみの女ではなく―――
『頼久さん』
零れんばかりの微笑み。
『頼久さん?』
小さく首を傾げ、少し不安げに自分を見る瞳。
『頼久さんっ!』
自分を案じるがために上げられる悲鳴。
その全てが愛しく、愛らしい華奢な少女。
自分が全てを捧げ、守り、仕えることを誓った聖なる龍神の神子。
「神子殿っ、危ないっっ!」
文字通り死にものぐるいの勢いで暴れる怨霊。
封印したくとも、あまりにも動きが早すぎて念を凝らす事が出来ない―――そんな状況の中、それが放った一撃が神子を襲う。
「きゃあっ、頼久さんっっ!?」
咄嗟に身を翻し、腕の中に抱え込むようにして庇った背中に熱い痛みが走った。同時に、耳を打つ悲鳴。
背中に濡れた感触が広がる。
痛みと衝撃で均衡を失い、倒れ込みそうになる体を、華奢な少女のそれが懸命に支える。
「しっかりしてっ―――しっかりして下さい、頼久さんっっ!!」
「…大…丈夫…です」
傷の痛みよりも先に意識に登るのは、自分を案じる声と渾身の力を振り絞り自分よりも大きく重い体を支えようとする華奢な腕のぬくもりだ。
そのことにたとえようもない幸福を感じながら、小さく微笑んでみせる。
「これしきのこと……何ほどのこともございません」
安心させるようにそうつげ―――軽く少女の体を押しやることで自分から遠ざけ―――振り向きざまに止めの一撃を送り込む。
しかし、その急激な動作は傷を負った体には負担が大きすぎたのか、一瞬、目の前が暗くなる。
「頼久さんっっ!!」
膝を付き、地面に突き立てた太刀で体を支える自分に、少女が駆け寄ってくる。
「どうして、そんな無茶をするんですかっ!」
叱っている口調なのに、震えるその声。
気遣わしげにそっとのばされる白い指。
今にも泣き出しそうに歪んだ小さな顔。
不安に揺れる大きな瞳には、今にも溢れそうな涙。
「……申し訳有りません」
そんな表情をさせたのが他ならぬ自分なのを、申し訳なく思い、詫びの言葉を口にする。
けれど、少女は知らない。
忠実な臣下であるはずの己が、主たる少女にどれほど浅ましく汚らわしい欲望を抱いているのか。
わずかに伏せられた自分の視線が、彼女の体のどこをさまよっているのか。
涙に濡れたその表情を、ここではなく、薄暗い閨で―――汗にまみれた己の躰の下でこそ見たいと願っている事など―――決して知られてはならない。
秘するしかない醜い欲望だからこそ。
こうして他の女を抱いているからこそ―――押しとどめ、せき止められた欲望は止めどなく彼女へと向かってしまう。
小さな赤い唇を貪れば、きっと甘い味がするだろう。
男を知らない白い肌は、柔らかく暖かいことだろう。
『……頼…久…さん……頼久さんっ…っっ』
涙に濡れた声が、
『あ…あっ…いやっ……ああっ!?』
快楽に浮かされた、淫らな喘ぎが聞こえる気さえする。
華奢な腕と足が己の体に巻き、とろけるように熱く狭い内部を思い切り突き上げる時―――愛しい少女の体を思うがまま、欲しいままに貪る己がどれほどの歓喜に包まれることか。
与えられる快楽に喘ぎ、啼き、悶える淫らな様は、自分を溺れさせ全てを忘れさせるだろう。
「……っ……」
それを思うだけで、これ以上はないと言うほど強張っていたはずの己の分身が、さらなる成長を見せる。
「あっ…ひあぁっっ!」
それを力尽くでねじ込まれ、すでに男を受け入れることに慣れた体でさえ苦痛に感じるほどの衝撃が女を襲う。悲鳴が上がる。
しかし、そのことにすら構うことなく、頼久はさらに行為を続けていく。
じゅぷじゅぷ、と、抜き差しの度に濡れた音が上がる。
「うぁ…ひぁっっ!」
すでに声を抑える事もできないのか、ひっきりなしに甲高い喘ぎを漏らし続ける女の両足を割り広げ、体の両脇の床へと押しつけた。
そのまま、殆ど真上からたたきつけるようにして貫く。
「ひっ!…あ…あああっ」
奥へ奥へと捻り込むようにして、自分の分身を埋めていけば―――限界を超えた刺激に、柔らかな粘膜は急激に締め付けを増し、埋め込まれた男の精を搾り取ろうとする。
「ああっ…ひぁぁっ……!!」
「…っ……くっ…」
一際高い嬌声と、低い呻き。
快楽の頂点を共に極める。
なのに。
女の体の奥深くに、断続的に叩く熱いほとばしりをたたきつけたその時でさえ―――きつく瞼を閉じた彼の脳裏に思い浮かぶのは、愛しい神子の面影だった。
すっかり静けさを取り戻した薄闇の中。
情事の後のどこか気怠い体を引き起こし、手早く身支度を整え、立ち上がる。
残されるのは、激しい行為の末に意識を飛ばし、ぐったりと床に横たわる女の白い体。
月明かりにぼんやりと浮かび上がるそれに、ふと気が付つき、傍らに脱ぎ捨てられていた袿を手に取り放り投げた。
―――ふわりと、狙い過たずそれが女の体の上に舞い降りる。
しかし、それを見届けることもせず、音もなく御簾をかき分け外に出る。
見上げれば皓々たる月が照らし出す庭に、階より降り立つ。
しゃり、しゃり…と。
白々とした景色の中に己一人の影が黒く伸びる玉砂利を踏みしめながら、自分に与えられた住まいへと足を運んでいく。
その途中で、視線を巡らせれば、そこにあるのは、
「……神子殿…」
神聖なる乙女が住まう、対の屋。
今頃は安らかな寝息を立てているであろう彼女の様子を思い、一つ重いため息を吐く。
「私は……自分の罪を、いつまでこうして隠し仰せるのでしょうか…」
あまりにも強く激しい欲望は、たった今『処理』をすませたばかりだというのに、自分の身を焦がさんばかりに吹き上げてくる。
わずかでも理性の手綱を緩めれば、この瞬間にも妻戸を蹴破り、几帳をはねのけ、乙女の寝所へと踏み込み、己の望みを遂げかねない程に強く激しく。
彼女が欲しい。
彼女に触れたい。
彼女を感じたい。
彼女を抱きたい。
彼女を……。
止めどなく溢れ出る想いは、いつか必ずそれを遂げずにはおかないだろう危険をはらんでいた。
その日が来るのが恐ろしくもあり、また、それを心のどこかで待ち望んでいる自分がいる。
そのことに、思わず自嘲の笑みを漏らす。
自分の中に、これほどまでに強い願いがあるとは、つい先日まで気が付きもしなかった。
かけがえのない兄を己のために失って以来、何も望まず、何も感じず、ただ『主の命』にのみ従う存在であったはずの自分が、これほど何かを欲することがあろうとは―――。
自分にも少女にも破滅しかもたらさないと、知っていても。
それでも、求めずにはいられない―――自分自身でもどうすることもできない程の想い。
故に。
残された最後の理性で、祈る。
「…願わくば、神仏よ、その日に至る前に、我が命を絶ち給わんことを…」
いまだ犯さざる罪が。
けれど、必ず訪れるであろう罪が、二人の上に落ちかかるその前に。
神子を守るために存在するはずの、八葉たる自分から。
「龍神よ、御身の神子を守り給え」
さもなくば―――何ものにも動かし難い確信と共に呟く。
「私は、罪を犯すだろう」
「もものさと食堂」の開店記念に送らせていただいたお話です
が
読んでいただけばわかると思うんですが……なんというか、今回、凄く暗いです
もう、ひたすら、暗い しかも、この頼久、酷い奴だし(-_-;)
女の人と一緒にいるときに、他の子の事を考えるだけでもエチケット(?)違反なのに
しかも『あの』最中ですぜ?
この話の書いているときの呼び名(私はタイトルを最後に付けるパターンが多いので)は
『サイテー頼久』だった事が、何よりも雄弁に内容を語ってくれております
でもって、今更ながら、書いていて思うことが
……人様にこんな物を押しつけたのか、私は……
後悔先に立たずってほんとですね〜(;^_^A アセアセ・・・