「―――まず、ここは何処かという疑問に対する答えですが」
そう言って、エルンストは話し始めた。
「ここは新しい宇宙です。その中の惑星の一つ『ルーティス』。その上にこの建物は建っています―――そうですね、この星一つ丸ごとが聖地のようなものだと思って下さって結構ですよ。何せ、この宇宙で人が住める星はまだここだけなのですから。
他の星は・・・・・・未だ造山活動や、マグマの冷却期間中です。生まれてまだそう時間が経っていないことを考えると、そちらの方が本来の姿なのですが、ここだけは便宜上大幅に時間を進めたらしいです。
誰がって、それは勿論女王陛下とアルフォンシアですよ。
そうです、ここには女王陛下・・・・・・レイチェルもいます。間違っても死後の世界とか、あの世とかじゃありませんよ?くどいようですが。
我々――――私とアンジェリークと貴方は、間違いなくここで生きているんです。アルフォンシアが造ってくれた新しい肉体の中で。
驚いたでしょう?
私もですよ。
レイチェルに呼ばれて、ここに来たときはもうほとんどパニック状態でした。
今までの己の常識が180度、覆されてしまったんですから。なれるまで大変でしたが・・・・・・今は何とかやっています。
つまり・・・・・こういうことなのではないかと推測したんです。
あちらの世界とここは全く別の次元に位置していますね。つながりは次元回廊だけ。そこを生身で自由に行き来できるのは、サクリアを持つ女王陛下を守護聖様達くらいです。
言い換えると、我々普通の人間はこちらとは全く無関係の存在なのです。で・・・・逆説的な言い方になるかも知れませんが、無関係だからこそ、こうやってこの世界に存在できるのではないかと・・・・・・あちらの世界での『死』は、こちらの世界では何の意味も持たないのではないかと、そう考えました。
あちらの世界で生を終えた『魂』の状態の我々を、アルフォンシアが導いてこちらに移した・・・・・そんなところでしょう。私にしては非論理的な回答かも知れませんが、人間の精神の有様はまだまだ未解決の問題が多いですから、大目に見てやって下さい。
この肉体は、アルフォンシアの創造物です。それは間違いないでしょう。何せ惑星はおろか、宇宙そのものを作り出してしまう力の持ち主ですから、人間の一人や二人造るのなど簡単なことなのでしょうね・・・・・・全く、空恐ろしい存在があったものです。
何故我々が・・・・・と言う質問には、恐らく私よりアンジェリークに聞いた方がよくわかると思いますので、その説明は省かせていただきます。
私の方からは、今の宇宙の様子を・・・・・・・」
そこで、いったん口を閉じる。
「・・・・・・いや、やはり今はこれくらいにしておきましょう・・・・・・あまり一度に詰め込んでも、混乱するばかりでしょうから」
なんと応えて良いものか分からない様子のヴィクトールを見て、苦笑する。
「頭の中の整理が付いたら、またご説明申し上げます」
「・・・・・・・・・そうだな、そうしてもらおうか・・・・・・」
正直言って、ありがたかった。そう多くの情報を得たわけでもないのだが、何せショックが大きかった。ほとんど呻くような声でそれだけ告げると、ヴィクトールらしくない仕草で、寝椅子に身体を持たせかける。
「身体が辛いですか?」
その様子に、気遣わしげにエルンストが問いかけてくる。
「ああ、少しな・・・・・・なんだか、身体がだるくて・・・・・・・」
「しばらくすれば、良くなると思います。身体と精神の同調が完全になる前に、意識を取り戻してしまった後遺症ですから・・・・・・アンジェリークを責めないでやって下さいね?」
「勿論だ、なんであいつを!?」
「彼女が貴方を起こしたとき、酷い頭痛がしたでしょう?」
言われてみると、そうであったような気がする。眠っているときの記憶などないが、それでもあんな苦痛は感じられなかったから。
「あの痛みも、このだるさも同じ事が原因です。あちらからやって来た『魂』とでもいう物が、この身体に馴染むための時間が少しばかり足りなかったせいですよ」
つまり、なかなか目覚めないヴィクトールにしびれを切らしたアンジェリークが、つい声をかけてしまったための事であるらしい。
「だが・・・直ぐに、よくなるんだろう?」
「はい、それは間違いありません、現に、もうかなりその身体に馴染んでいるはずですし・・・・・遅くとも、明日までには」
「なら、構わない」
構わないどころか、一生このままでも・・・・・・アンジェリークが側にいてさえくれればヴィクトールは満足であった。のろけと思われそうで口には出さなかったが。
「そうですか。良かった・・・・・おや、『噂をすれば何とやら』でしょうか、アンジェリークが戻ってきたようですね」
カラカラと、何かが転がるような音がして。
それがドアの前で止まったかと思うと、直ぐに扉が開かれる。
「お待たせしました、温めなおしてもらってたから遅くなっちゃって」
その言葉から察するに、ここには彼ら以外にも人がいるらしい。が、とにかく今は腹ごしらえが先であろう。
「私はこれで失礼します・・・・・・後の説明はまた後日と言うことで」
そう言って、エルンストは立ち上がった。
そしてドアの方に向かいながら・・・・・最後に一言。
「そうそう―――明日と明後日までは、執務にでてこなくても大目に見るとの女王からの伝言です。ただし、それ以上はたとえベッドの中からでも容赦なく引きずり出すから・・・・・とも、言っていました」
「エ・エルンストさん!?」
見る見る真っ赤になるアンジェリークに、愉快そうな笑顔を向けて、エルンストはドアの向こうに消えた。
「・・・・・・もう・・・・・あんな事、言って・・・・・・」
恨めしげに閉じたドアを睨み付ける。
その様子は、女王試験の頃と全く変わっていない。
なんだかヴィクトールは、あちらの世界のことこそが夢のような気がしてきていた。
記憶の最後にあるのは、熱の為に苦しげにうなされていた顔。細い腕を自分に伸ばして・・・・・・自分の命の終わりを知り、涙を流していたあの表情。
『きっと迎えに来るから・・・・・・最後まで自分のつとめを果たして下さい』
そう告げ終わると同時に、しっかりと掴んでいた指から力が抜けていった。
あの時の絶望感。
それさえもが、夢のようで―――こうして、此処にいると。
どちらも現実なのに。まるで、胡蝶の夢。
「ヴィクトール様?」
物思いに沈んでしまったヴィクトールに、アンジェリークが不安げに声をかける。
「御気分でもお悪いの?」
心配をかけてしまったらしい。我に返って、微笑んでみせる。安心させるように。
「いや。あんまり色々あって、ちょっと混乱しているだけだ。それより、腹が減ったな・・・・・・それは食い物だろう?」
押してきたワゴンの上の、品物を指す。そこには何皿もの料理が並んでいる。
「ええ、そうです。なるべく消化の良さそうなものを持ってきました。ヴィクトール様には物足りないかも知れないけれど、最初はあんまり身体に無理をかけないほうが良いって言われたから」
そう言いながら、テーブルの上に並べていく。その匂いに忘れていた空腹感が刺激されて・・・・・・。
「どうぞ。召し上がって下さい・・・・・・その間に私の方からも説明しますね?」
寝椅子から起きあがって、ヴィクトールがテーブルに付いたのを見計らって。アンジェリークは語り始めた。
『あの時』のことを。
「苦しくって・・・・・・息が出来なくて・・・・・・ああ、これで私は死ぬんだなって、そう思いました」
只の風邪だと思っていた。しかし、夜半から急に容態が悪化して・・・・・・。高熱と呼吸困難に陥ったアンジェリーク。
後に、新種のウィルスによる流行病だと解った。それも非常に死亡率の高い―――悪性の病。
「悲しかったです。自分が死ぬことより、みんなに―――ヴィクトール様に会えなくなることが。でも、どうしようもなくて。
だんだん意識が遠くなっていったとき、それが聞こえたんです。
初めは空耳かと思いました。幻聴だって。
でも、あんまり大きな『声』だったんで、無視できなくて。
『アルフォンシア、貴方なの?』って、聞きました。
そうしたら・・・・・・いきなり目の前が明るくなって・・・・・・気が付いたらヴィクトール様とさっき居たあの場所に立っていました。
そこにはアルフォンシアとレイチェルが居ました。
私、ビックリして『レイチェルまで!?どうしたの?なんでこんな所にいるの?』って、聞いたんです。
夢だと思っていました。でも、その二人は本物だったんです。
『アナタを迎えに来たのよ』って、レイチェルが言ったんです。
どう言うことか解らなくて、黙っていたら
『此処でのアナタの命は終わりに近づいているわ。でも、ワタシたちの宇宙ならそれをまだ先に繋げることが出来るの。そして、その事をワタシもアルフォンシアも望んでいるのよ』って。
後で聞いたんですが、やはりアルフォンシアとの同調が上手くいかなかった部分が残っていたらしくて、レイチェルはすごく大変だったみたいです。その時点で、私を聖地に呼び戻すことも検討されたそうですが、それはレイチェルが強硬に反対してくれて止めになったんですって」
その事はヴィクトールの耳にも入ってきていた。二人が結婚してまもなくのことで、結論がでるまでずいぶん気をもんだ覚えがあった。
「それでその時の話は無くなったんですが―――私が、ああいうことになってしまったとき、アルフォンシアが反応したそうなんです。レイチェルにそんな意味の願いが伝わって来たって。私に側にいて欲しいって・・・・・・それはとても強い願いで、レイチェルも無視できなかったって言っていました」
そして・・・・・・アンジェリークはそれを受け入れたのだ。一つの条件を付けて。
「もし・・・・・もし、ヴィクトール様がその命を終えられたとき、そう望んで下さったら。
私と共に来てくれるって言って下さったら―――その時は私と同じように、此処に連れてきて欲しいって・・・・・・そう言ったんです。
我が儘だって解っていましたけれど。その時は必死でした。
そしたら、レイチェルは笑って頷いてくれたんです。
『ワタシも同じコト、アルフォンシアに頼んだのよ。エルンストに逢いたいって・・・・・アルフォンシアは叶えてくれるって、そう言った。だから大丈夫、きっと貴方の願いも叶えられる、約束するワ』って。
だから」
だから、今二人は此処にいる。