Swan Hill, Victoria


ビクトリア州、スワン・ヒルに開拓時代を再現したパイオニア・セトルメントという展示施設がある。"開拓村"としては同じくビクトリアのソブリン・ヒル(バララット)が有名であるが、ここの特徴は展示がすべて本物であるということ。銀行、郵便局、商店など、当時の建物が敷地内に移築され、その中の備品もすべて19世紀~20世紀初頭のものである。有名なテーマパークのような洗練はないが、展示の質の高さと、素朴な雰囲気で、開拓時代へのタイムトリップを楽しむことができる。

パイオニア・セトルメントにある数々の展示もさることながら、ワシの最大の目当ては園内のワーフからマレー河沿いに運行されているパドル・スチーマーPyap。初めて目にする動態のパドル・ホイーラー(静態のPSは、同じパイオニア・セトルメントの入り口に展示されているPS GEMを前日園外から撮影した。)なのだ。建造後一世紀を越える大ベテランではあるが、毎日観光客を乗せてマレー河を行き来している。船外の撮影を済ますと、早速Pyapに乗り込んだ。

実は興奮していて、どのようにボートが船着き場を離れたか、遊覧が始まった状況を覚えていない。次に記憶が蘇るのは船首のデッキから船内に入った時のことである。床下から天井に向けて銀色の細い管が延びていた。煙路であることは間違いない。この煙路がにょきっとはえだしている床はフラットで、完全に蓋がされている。ワシは気付いた「蒸気じゃない、ディーゼルエンジンだ」と。蒸気機関なら、釜に木材をくべる作業員のスペースと通 気のためにこんな密閉したレイアウトにはならない。正確には後で判明することであるが、Pyapはオリジナルの蒸気機関をディーゼルに換装されており、現状ではパドル・スチーマー(PS)とは呼べない。失望とまではいかないが、少々残念であった。

しかしながら、外輪が水を掻く音を聞きながらマレー河の川面を滑れば気分は上々。心は開拓時代へスリップする。蒸気じゃなくても船体は100年以上前に造られた文化財クラスである。地元の人々に大切にされ、一世紀前の船が現役で活躍できる場所が用意されていることがうれしい。長い流転の後、ようやく安住の地を得たPyap、彼女の奏でるパドルのリズムは今日も快調である。スチーム・エンジンじゃなくてもいいじゃないか、Pyapは懐かしさと暖かさへと旅人を運んでくれる。

Pyapの歩み:
1896年:マナム Mannumにて艀船として建造
1898年:10馬力の蒸気機関を搭載
1908年:"Floating Shop"(水上移動店舗)として改造され、マレー・ブリッジ〜モーガン間に就航 1932年:個人に売却され魚釣りや材木採取などプライベートの用途へ使用される
1930年代中頃:オーナーが代わり、艀を牽いて材木などの貨物輸送に従事
1943年〜1970年:度重なりオーナーが変更になるが、基本的には河岸に係留されハウス・ボートとして使用
1953年:蒸気機関を撤去
1970年:新しいオーナーが観光船として改装(ディーゼルエンジン搭載など)し、パイオニア・セトルメントで運行を開始
1978年:パイオニア・セトルメントに係留中火災が発生し、上部構造物を焼失
1984年:ビクトリア州やパイオニア・セトルメントなどが購入

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