後藤精弥氏について

 

()ゴトウユニットの工房にて(右が後藤精弥氏)

 

~ 後藤精弥讃 ~

加藤敏久

後藤精弥・・・それは日本を代表するスピーカー技術者の名だ。
そして、間違いなく日本のオーディオの歴史を牽引した一人である。

生涯、純粋に、軽くて堅い振動板と強力な磁気回路というスピーカーの理想を追求し続け、 ついにこれ以上はないというドライバーを造り上げた本物の技術者だ。

この地球上で、膜状に成形可能な最も軽い元素、原子番号4番のベリリウム。
 このベリリウムをダイヤフラム(振動板)に使う。
 そして、磁気飽和の限界まで磁化させたアルニコ磁石を、ダイヤフラムが破壊される限界まで積み上げる。
 ボイスコイルを埋める隙間は狭いほどよく、そのわずかな隙間に驚異的な指先の器用さでボイスコイルを埋め込むのだ。

こうして、世界最高能率120db/wのドライバーを実現したのだ。

出る音は、トランジェント(過渡特性)の高さで他のスピーカーを圧倒する。
 一聴すれば誰にでもわかる違いである。
 音源に記録された電気信号をストレートに、羽毛のように軽々と音波に変える。
 真にスピーカーの存在を忘れさせる再生能力だ。

今や、ヨーロッパ、ロシア、アメリカ大陸、東南アジア、台湾、中国など、世界中のオーディオファンが、ゴトウユニットの音の卓越性を認識し、自己のシステムに取り入れ始めている。

スピーカーのドライバーユニット部門で世界を席巻できるのは、ゴトウユニットをおいて他にはないと断言できる。
 なぜなら、上述のとおり、原理的にこの地球における物理的な限界を極めたスピーカーだからだ。

 

 

 

 

<後藤精弥氏プロフィール>

(文責 加藤敏久)

新潟県出身

昭和17年東京の電気会社に就職。

  終戦後は、電球作りからスタート。集魚灯、クリスマス電球など手作り多数。

  指先の器用さは天性のもので、他社が投げ出した作業や修理を難なくやってのけた。

  この時代のさまざまなものづくりの経験が、後のドライバー作りに生かされた。

  映画セリフ用のダイナミックマイクロフォン、選挙用の拡声器と肩掛け用ハンドマイク、
 電車の車内アナウンス用拡声器の製作と、映画館のスピーカーの修理が、
 スピーカー技術の原点となった。

昭和32年頃、高城重躬(たかじょうしげみ)氏と出会う。

 日本電気のドライバーユニット555M(ウェスタン型振動板)の修理を頼まれたのが
 きっかけだった。

 高城氏は日本初のレコード評をしたオーディオ研究家で、
 既に大型装置を自作のアンプで鳴らしていた。
 高城氏の友人でお茶の水女子大学の物理学教授だった亀谷俊司氏とも知り合う。

  この二人は当時トゥイーターに楕円の紙製スピーカーを使っていた。
 このトゥイーターから何とかならないか手を付け始めた。
 亀谷氏が米国グッドイヤー社の商品名マイラーという素材を手に入れ、
 それを使ってみた。結果は上々。後藤氏はもっぱらこれをFRPと称した。
 日本で最初にコンプレッションユニットにFRPを使用したのが後藤氏である。
 このときから、高音はホーン型に変わった。

  当時は映画館全盛時代。
 ほとんどの映画館でWE555ドライバーが使用され、修理の仕事に追われた。
 このWEを模して中音ドライバーが作られた。
 この後、磁束密度を上げるパーメンジュール材との出会い、低音ホーンへの工夫と、
 高城氏との二人三脚の歩みが続く。そして、世の中はステレオ時代に入っていく。

昭和32年吉村氏とともにYL音響(現在エール音響)を創立。

昭和40年独立し、FRPエッジをうたい文句に、ドライバー製作に入った。

  高城氏録音の虫の音の再生をきっかけに、ダイヤフラムをチタンに変えた
 トゥイータ16TT誕生。それから中高音もチタン化。

昭和45年頃からスピーカーの修理を頼まれたのがきっかけで画家の岡鹿之助氏に出合い、弟子入り。
 後藤氏は小さい頃から絵を描くのが趣味だった。

昭和51年、ダイヤフラムのベリリウム化に着手。

  中音用のダイヤフラムまでベリリウム化に成功した時、
 音楽の友社「ステレオ」誌「今月の
2000文字」に掲載された高城氏の文章を紹介する。

音楽の友社「ステレオ」誌「今月の2000文字」より

「・・・中音用のダイヤフラムがベリリウム化された。昨年から後藤精弥さんが取り組んでこられたものが完成、最初の品が私のところに運ばれた。中音用なのに高域まで実に素直にのび、分解能も非常によい。まず左方のシステムだけを取り換え、右方と聴き比べることにした。ベリリウムの方がずっとおとなしくてしかも切れ味が鋭く、左方から右方に切り換えると音が賑やかでどぎつく感じられる。これだったら文句なしにベリリウムに軍配があげられる。それですぐに右方も取り換えた。それにしてもこれだけ大きく変わるとは考えもしなかった。私のスピーカーシステムでこれまでの一番の大きな変革は19年前に3ウェイから4ウェイにした時であるが、今回の変わりようはこれに次ぐものといえる。10年程前に中高音用や高音用がチタンからベリリウムになった時も、目覚しい改善ではあった。しかも今回の中音用はそれを遥かに上回る程の前進であり、改めて中音の重要性を思い知らされた。

ベリリウムがなぜこれだけ音質に大きな影響をもたらすのか、これまでのチタンと材質の特性の違いを調べてみた。特性表からも分かるように、チタンの比重(密度)4.54に対し、ベリリウムは1.84、従ってダイヤフラムの厚さが同一なら重量はチタンの0.4倍しかない。しかし重量だけからすればマグネシウムの方が有利だ。ところがダイヤフラムの音響材料としての評価は、弾性係数(ヤング率)を比重で割った値で決められている。計算してみるとベリリウムは28000÷1.8415217、チタンは11000÷4.542423となり、何とベリリウムはチタンの6.28倍、マグネシウムの5.88倍になる。それと音の一秒間の伝播速度もチタンやマグネシウムの2倍以上だ。これらの要素だけで音響材料としての音質の優劣が断定できるとは思わないにしても、今回の変わりようからすると成程とうなずける。

もっともベリリウムがいくら優れた特性を持っていても、これを使ってダイヤフラムを作るのは至難なこと。まず薄いシートの入手が容易でない。高音用ともなると非常に軽いダイヤフラムが必要で、薄いシートが不可欠だ。しかしメーカー成型の限度が20ミクロンまで、シートなら15ミクロンまで可能とのこと。そこで後藤さんはシートで貰い、無事成型、高音用に使用しているそうだ。私が以前に使っていたチタンの高音用は6ミクロンだったのに、2倍半もの厚いベリリウムの方がなぜよいのか、その理由は前述の通りである。中高音用は厚さ25ミクロン、今回の中音用は35ミクロンだが、このシートからドーム状に成型することがこれまた大変な仕事らしい。さらにこれにアルミリボンをエッジワイズしたボイスコイルを取り付けなければならない。この巻く技術も非常に難しい。こういった困難を克服して中音から上がすべてベリリウムになったのは、彼のこれまでのノウハウの積重ねと名人芸の賜物といってよいと思う。もっとも、ベリリウムも真空蒸着法を採用すれば大量生産も可能だし、既に市販品も出ている。しかしこれと薄板を加工したものとでは全く別物であることはいうまでもない。・・・」


(左 後藤精弥氏  右 高城重躬氏)

 

平成4年、NHKを通して北海道苫小牧市新冠町にレコード館設立の話。
 スピーカーシステムは後藤氏が設計しゴトウユニットで構成。
 平成
9
年竣工。低音ドライバーはSG146LD。

 

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