高 校 「 政 治 ・ 経 済 」 で の 実 践 事 例



 『援助と開発−開発教育教材とその実践事例』(開発教育協議会、1995)
 W 高校・社会教育での実践事例  3 高校「政治・経済」 より

                                             開発教育協議会理事
                                              小貫 仁

<編者コメント>
 この実践事例は、高校3年生対象の「政治・経済」におけるものである。標準単位を 上回る3単位の授業時数ゆえに考査を含めて10時間を配当できた。標準の年間指導計画 のなかでは現実的な配当とは言えないが、教材を最も数多く実践した事例として参考になるであろう。

使用教材

1)「開発とは何か―順位づけ」(ランキング)
2)「日本を開発する」(プランニング)
3)「大ダッカ発電所」(ロールプレイ)
4)「援助国になる」(プランニング)
5)「成人識字プログラム」(資料分析)

単元と構成

T 対 象: 高校3年生
U 教 科: 社会(公民)「政治・経済」
V 単 元: 国際経済と国際協力
W 構 成: 援助と開発(10時間)
        1時間目 アジア、バングラデシュ、開発概念アンケート
        2時間目 ビデオ”黒柳徹子のバングラデシュ報告”
        3時間目 バングラデシュについての基礎知識
        4時間目 「開発とは何か―順位づけ」
        5時間目 「日本を開発する」
        6時間目 「大ダッカ発電所」
        7時間目 「援助国になる」
        8時間目 「開発とは何か―順位づけ」(再考)
        9時間目 日本の援助について
        10時間目 「成人識字プログラム」

内容と方法

●1時間目 導入1(アンケート)
 まず、アジアの国名をどのくらい知っているか書いてもらうことから始めた。
 次に、バングラデシュについてどんなことを知っているか、どんなイメージがあるか また、どんなことが知りたいかを書いてもらった。
 最後に、「開発」についての先入観を意識調査した。
<アンケート項目>
 「アジアの国々を書き出してみよう」
 「バングラデシュについて何でもいいから書いてみよう」
 「開発ってどんなことを意味するのだろうか」

●2時間目 導入2(ビデオ)
 バングラデシュについての感性的理解のためにビデオを視聴した。
 内容はユニセフ親善大使としての黒柳徹子のバングラデシュ報告で、ダッカとコミラ に取材して貧困、洪水、女性差別、グラミン銀行、NGO「ブラック」、教育、スラム などを扱っている。前半はバングラデシュ紹介の視聴覚教材として適切と判断できる。 (後半は募金を中心とした内容であるためカットした)
 <使用したビデオ>
 ”黒柳徹子のバングラデシュ報告「貧困と洪水を乗りこえて」”(テレビ朝日)

●3時間目 基礎知識(講義)
 これまでの内容を踏まえて、バングラデシュについて基礎知識を講義形式で行った。 バングラデシュの概要を整理し、生徒の誤った知識やイメージを修正した。
(バングラデシュの誤ったイメージは例えば「黒人の国」「仏教国」などである)

●4時間目 活動1(「開発とは何か」 ランキング)
 まず、各個人で開発の定義の順位づけ活動を行った。
 次に、それを持ち寄って班で意見交換し、班の結論を書いてもらう。その際、「最も 賛成」「最も反対」については理由をそえて書いてもらう。

●5時間目 活動2(「日本を開発する」 プランニング)
 班で1項目を選び、班のなかで2つの対策のどちらに賛成かで分かれて意見を闘わす 活動を行った。(一種のディベートである)
 班でどちらかに決定できればその結論を、話合いの過程で別の結論が出てきた場合は その第三の結論を記入してもらう。

●6時間目 活動3(「大ダッカ発電所」 ロールプレイ)
 班ごとに違う役割カードを配り、その役割の立場で大ダッカ発電所への意見を賛成か 反対か、そしてそれはなぜかを話し合う。
 次に、大討論会を実施するという名目で、教師が国連代表で司会をし、班の代表者を 集めて意見交換する。そのあと、やってみての感想を聞いた。

●7時間目 活動4(「援助国になる」 プランニング)
 まず、各個人で3種類の事業を検討してどれを支援するか決める。
次に、それを持ち寄って班の中の2〜3人で意見交換し、結論を書いてもらう。さら に、話し合いの過程で別にイメージした理想の援助についてまとめてもらう。

●8時間目 活動5(「開発とは何か」 ランキング再考)
 開発とは何かについてもう一度定義の順位づけをする。班の結論を出し、前回と変更 のあった場合はその理由を書いてもらう。

●9時間目 総括(講義)
 これまでの内容をフォローする意味で、日本の援助について基本事項を整理した。

●10時間目 評価(「成人識字プログラム」による確認テスト)
 第8章「成人識字プログラム」を読ませて、開発と援助についての考察を課した。
<質問項目>
 「このプログラムに賛成か。反対か」
 「このプログラムの良い点は何か。悪い点は何か」
 「一般に、なぜ援助が貧しい人々にとって良くないことがあるのか」

反応と結果

◆1時間目 導入1(アンケート)
 いざとなると案外思い出せないものでザワザワとなるが乗りはよい。解答率は出して いないが、正答15カ国のうち10カ国以上書き出せた生徒もかなりいる。
なお、ほとんどの生徒が「開発」を一般的な「経済開発」とイメージしていた。

◆2時間目 導入2(ビデオ)
 感想文は「貧しさ」に対してかわいそうにという同情が多かったが、たとえば、次の ような見方もあった。
「バングラデシュのビデオが僕の頭にやきついている。貧しい環境にありながら、どの 子供も優しそうな目をしていた」

◆4時間目 活動1(「開発とは何か」 ランキング)
 教材には15分とあるがこれは実際の作業のみの時間である。準備したカードの項目を 説明し、個人の判断の時間を入れると授業時間いっぱいを要した。
 <最も賛成した項目>(全24班)
 健康な生活         9班
 教育・保健サービス    5班
 貧困の排除          4班
 安定した政府         2班
 民主的な権力        1班
 依存からの自立       1班
 産業基盤の整備       1班
 経済発展 1班
<最も反対した項目>(全24班)
 依存からの自立      8班
 安定した政府        8班
 経済発展          4班
 先進技術の導入      3班
 貧困の排除         1班

◆5時間目 活動2(「日本を開発する」 プランニング)
 5分野(エネルギー、農業、中小企業、土地・住宅、外国人労働者)の中には授業で 扱っていなかった分野もあったが、時事的であり身近な課題でもあるので生徒に困惑は なかった。
 単に多数決で結論を出さないように注意した。ディベートが成立していた班では検討 の末に第三の折衷的な対策を生み出す傾向があった。

◆6時間目 活動3(「大ダッカ発電所」 ロールプレイ)
 役割を理解し、当事者の立場で考えるのが主眼である。感想を聞いたところでは、こ のような簡便なものでも役割があることで共感に理解できたように思われる。

◆7時間目 活動4(「援助国になる」 プランニング)
 TRADSは最初から除いて考える班が多く、残ったHEFAとLJMの選択が焦点 となっていた。
 TRADSを選んだ班が1班だけあったが、その理由欄には「バングラデシュの発展 にとって交通網の充実は大変重要であり、雇用を増やせるから」とあった。
<支援する事業>(全24班)
 HEFA(みんなの健康)   15班
 LJM(土地の平等分配)   8班
 TRADS(交通・鉄道網)   1班

◆8時間目 活動5(「開発とは何か」 ランキング 再考)
  再考の結果は次の通りである。(カッコ内は前回結果)
<最も賛成する項目>
 健康な生活         (9→)9班
 教育・保健サービス   (5→)6班
 貧困の排除        (4→)6班
 安定した政府       (2→)1班
 民主的な権力       (1→)1班
 依存からの自立     (1→)0班
 産業基盤の整備     (1→)0班
 経済発展          (1→)0班
<最も反対する項目>
 依存からの自立     (8→)10班
 安定した政府       (8→)7班
 経済発展          (4→)5班
 先進技術の導入     (3→)2班
 貧困の排除        (1→)0班

◆10時間目 評価(テスト)
 生徒の解答の中で、批判的考察の代表例は以下の通りである。
・「いま行っている援助は、国の富裕層にしか行き渡ってなく、ますます貧富の差がついてしまう。さらに、日本の援助は、援助した金がまた自分の国へ戻ってくるというもので、これも貧しい人々に行っていない」
・「実際には、極貧の人のための援助ではなくて、ビルを建てたり道路をつくるなどある程度豊かな人のための援助の方が大きい。それと同時に、環境破壊が進んでしまう。 あと、日本の利益を優先した援助も問題だ」

事後アンケート例

 事後、生徒に授業への感想を書いてもらった。

(内容について)
・A(男)「援助の難しさというのを痛感した。今までの自分の考えは、経済的援助だけしていれば自然と発展してくると思っていたが、用途の不明確な援助はかえってその国を貧しくさせてしまうことを知り、今まで援助イコール経済的援助と考えていたが、衛生など医療に対する援助があることや、技術の援助があるのも知った。授業のおかげで、TVのこうした問題を取り上げてる番組などを積極的に見るようになったし、自分もこうしたテレビを見ると真剣に考えなければいけないと思うようになってきた」
・B(男)「班での話合いはうまくいった。最後までLJMとHEFAで意見が対立したけれど、それについてのメリットやデメリットを言い合うのもおもしろかった。日本の莫大な援助金よりも、いくつもの小さなボランティアの活動の方が人道的見地からみてもそうだけれど、人々に大きな影響を与えていることがわかった」

(方法について)
・C(女)「講義だったら、ただ先生の話を聞いてそれをそのまま自分のものとしてしまったけれど、イギリスの教材では自分の考えをもつことができました。そして、班の人や他の班の人の考え方が、同じ授業を聞いていてもこんなに違うものなんだナー、と感じました」
・D(女)「以前は自分の意見を言う事がはずかしい、っていう気持ちが入ってしまってできなかったけど、今回の班の人たちはみんなが互いに気持ち良く話せるのでうれしかった。(ディベートのおかげかなー?、なんてロッテリアで語り合ったし)。日本の授業は一方通行が多いと思う。もっとこういう授業をしたら良いと思います。そうしたら、きっと興味をもって勉強できそう」

考 察

■導入1(アンケート)
 こうした作業には2つの意義がある。ひとつは生徒の予備知識の実態を把握できること、いまひとつは、これからの学習についての動機づけとなることである。
 バングラデシュについてのイメージ学習では、教材通りにブレーンストーミングし、それを模造紙にまとめて発表する活動が望ましいが、ここでは行っていない。しかし、社会教育の場では行っているので、ここにその具体的方法をまとめておこう。
(1) 6〜7人のグループに分ける。
(2) 各自バングラデシュについて自由にカードに書き出す。(10分)
(3) グループ内で模造紙の上に読み上げながら分類していく。
(4) 全体図を見ながら意見交換して模造紙にまとめる。
(5) 各グループは模造紙の内容を発表する。
 開発を「経済開発」と同一視する先入観は普通一般に見られる現象である。この開発 のイメージを複眼的に見れるようにするのがこの教材の主眼であろう。

■導入2(ビデオ)
 ビデオは印象が強烈であるだけに「貧しさ」を強調するのみでは危険である。しかし 具体的なイメージを得るために視聴覚教材は不可欠であるから、その限界を知って扱う心構えが重要であるように思われる。

■活動1(「開発とは何か」 ランキング)
 最初の順位づけですでに「経済発展」の優先順位が下にある。このことは、1時間目の「開発」に対する先入観が自分の考えでなく、社会現象の反映にすぎないものであること、したがって教材の提示ですぐさま多様化しえたものであることが分かる。
 しかし、逆に、ここでの「開発」概念は現実の援助の実態と照らして十分に考察した結果とも言えない。のちに再度同じ作業をしてその変化をみることが大切であろう。

■活動2(「日本を開発する」 プランニング)
 班でのディベートは学習方法としては有効だった。しかし、討論の体制がないと単に多数決で結論を出すことになりかねないので留意が必要である。

■活動3(「大ダッカ発電所」 ロールプレイ)
 ロールプレイにはいろいろな方法があるが、台本がなく、カードさえ用意すれば可能なこの教材のような方法もある。ポイントは、終わってから感想を聞いて確認することである。

■活動4(「援助国になる」 プランニング)
 どの班もHEFA(みんなの健康)とLJM(土地の平等分配)の選択ではギリギリまで迷う傾向があった。結果としてHEFAが圧倒的多数を占めているが、これはより穏健なゆえである。
 また、実はどちらにも不満を訴える声も出てきたが、それこそがこの教材のねらいであろう。すなわち、そのことはより現実的な理想の援助をイメージできるようになったことを意味するからである。

■活動5(「開発とは何か」 ランキング 再考)
 最初「経済発展」を選んでいた唯一の班が「教育・保健サービス」に変更した。最初の理由は「国の生産、富、仕事が増えるということは、その他の項目をすべて含んでいるから」というものだったが、今回は「保健サービスや教育がまず第一だとわかったから」とある。こうした認識への認識は全班共通のものといってよいであろう。
 なお、反対する項目で「依存からの自立」が目につくが、理由には「すぐ自立せず、援助を受けながら徐々に自立していくのが良いから」とある。高校生は自分に引きつけ て考えているのであろう。

■評価(確認テスト)
 第9章「まとめ」の視点により採点したが、生徒の理解は本教材のねらいを達成していた。また、全体を通しての反応と結果からもそのことはうかがい知ることができた。

おわりに

 今回の授業実践では教材を補完する意味で基礎知識や総括の授業も行ったが、このことの是非についてはここでは問わない。少なくとも本教材にとっては遺憾とするところであろう。一斉授業はどうしても既存の知識理解という意図が優先されるから、生徒が 主体的に考えて自ら判断することに結びつきにくいからである。
 実際に実践してみると、この教材のもつ質と量のレベルは私の当初の想像をはるかに超えるものであった。そして、内容を黒板とチョークを使って説明するよりも、活動に参加する学習の方が生徒の考える力を引き出すこと、それによってのみ、課題への取り組みに結びつき得ることを痛感した。
  この教材は、生徒が自ら調べ、気づき、話し合う参加型であった。「教える」のではなく「知って、考えて、行動する」ことに結びつき得るものであった。 

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