京都大学交響楽団第190回定期演奏会 創立95周年記念特別公演
2012年1月22日(日) 14:00開演 サントリーホール



久しぶりに母校のオケを聴く。

マーラーの9番などというある意味で究極のプログラムを学生のオケができるものかどうか、半信半疑だったが、実に素晴らしい演奏であった。私の生オケ初体験は、40年以上前のこのオケだったが、あの頃から比べても、格段の進歩を遂げたのではなかろうか。もう一つ、女性の割合が増えたのも目についた。

終演後同窓生が何人か集まり色々と話が弾んだのだが、この水準の高さは今の学生気質そのものだという意見があった。与えられた課題には全力で取り組み、かつ高い水準でやり遂げるのだと。ただ、これはちょっと皮肉で、いわれたことをきちんとやるのがうまいというニュアンスでもある。こうなると、できの悪い先輩にひがみ根性という気がしないでもないが、それにしても素晴らしい演奏だった。弦楽器がうまいのはある意味当然としても、終始全く破綻なく(というより、アマチュアとは思えない演奏をした)ホルン(特に1番ホルン)をはじめとした管楽器陣を見ていると、一人一人の技術水準もとても高いことがよく分かる。

私が聴いていて思ったのは、井上道義さんの的確さ(指揮技術も、多分指導技術も)みたいなものだ。アマチュアのオケをここまでにするのは、すごい力だと思った。

東京公演は5年に一度だという。知らなかった。次回は創立100周年ということになる。是非次回も聴いてみたい。(サントリーホールを満席にする集客力もすごい。)

水戸室内管弦楽団東京公演
2012年1月22日(日) 19:00開演 サントリーホール



2年越しのMCO東京公演。前回、チケットを持っていながら、直前に小澤さんにガンが見つかり中止となったある意味因縁の演奏会。今回は、前回キャンセルになった人に優先販売するということで、実に1階の中央真ん中という願ってもない席。

ただし、小澤さんの体調が悪く、3日前の水戸での同じプログラムの演奏会は予定通りだったが、2日前はキャンセル。この日も、キャンセルありうべしという事前のアナウンスがあった。実際は、プログラムを入れ替えて後半を比較的負担の軽いハイドンのチェロコンチェルトとし、そこだけ小澤さんが振るというふうに変更になった。(後半は、両陛下ご臨席の天覧コンサートということもあるのだろう。)

前半の指揮者なしの演奏ももちろん素晴らしかった。MCOは、おそらく世界最高の室内オーケストラの一つだと思うが、その実力を遺憾なく発揮し全く水も漏らさぬアンサンブルだった。まるで、弦楽アンサンブルのお手本のようだ。演奏者たちの顔ぶれを見ればそれも当然だろう。(潮田益子さんを久しぶりに聴いた。)ハフナーシンフォニーはもちろんであるが、例のモーツアルトのディヴェルティメントなど、気持ちが悪いくらいの透き通ったハーモニーだった。

後半の小澤さんは、歩くのも大儀そうであったが、一旦指揮台に立ち一振りすると、さらにMCOの音が一変するのに驚いた。楽章の合間には、いすに座り水を飲みながらの体調で、聴いている方にとっては大変な緊張感の漂うものだったが、ソリストの宮田君(と言いたくなるくらい若々しい)の入神の演奏もあり、おそらく、生涯に何回という演奏会だったと思う。

終わるやいなや、両陛下が率先して起立されたので、満場全員のスタンディングオベイションとなったのも、生まれて初めての体験だった。(天覧コンサートは、これで2回目だが、両陛下が本当に音楽がお好きというのは拝見していたもとても良く分かる。)両陛下も、小澤さんもいつまでも元気でと心から願う。
また、水戸芸術館の館長の吉田秀和さんがお元気で客席のおられたのも印象に残った。(そろそろ100歳では・・・。)日本の宝が集まったような一夜だった。

同じ会場での昼夜はしごも初めてだったが、加えて、昼の京大のオケと夜のMCOという対極のオケと、プログラム(集まったお客さんの顔ぶれも、コンサートの雰囲気も)。しかも、いずれも素晴らしい演奏会で本当に充実した一日だった。

東芝フィルハーモニーコンサート2012
2012年1月29日(日) 19:00開演 横浜みなとみらいホール 大ホール

 

震災でホームグラウンドのミューザ川崎が使えなくなり、一年間満を持してのコンサートということらしい。それに相応しい充実し内容だった。

先日の京大のオケのときにも思ったのだが、アマチュアのオケは、年に一回か二回の演奏会の為に、長い時間をかけてきちんと地道に練習に取り組むから、それぞれの技術の限界を超えた演奏ができるのだと思う。それが、アマチュアのオケを聴く楽しみだと思う。
東芝のオケは、さらに一年間が空くことになり、いつにも増して素晴らしい演奏ができたのではないかという気がする。
それにしても、合唱団も含めて全て企業内のアンサンブルというのは素晴らしい。翌々週に東芝の冠コンサートを聴く予定だが、東芝は、文化への貢献ということに関してとても意識の高い企業なのだろうと思う。

最後に、会場全体で声を合わせて「ふるさと」もよかった。今年に入って、良いコンサートが続いてうれしい。

東芝グランドコンサート 南西ドイツ放送交響楽団バーデン=バーデン&フライブルク
2012年2月14日(火) 19:00開演 サントリーホール



神尾真由子さんを目当てに行ったのだが、なかなかどうして、立派なコンサートだった。ドイツのオケの層は厚いと実感。

1曲目のウェーベルンは、現代音楽得意のこのオケのことだからとちょっと身構えて聴いたのだが、若き後期ロマン派(変な言い方だが)という趣のきれいな曲だった。

神尾真由子さんは、期待通り素晴らしく、特に、「熱情」と「端正」のバランスが実に良いと思うのだが…。しかし、オケと完全にマッチしていたかといわれると、ちょっとどうかなというところもあったような気がする。オケはオケで実に輪郭のはっきりしたきちんとした演奏で、こちらも特に問題があるわけでもないので、ちょっとした相性のようなものなのだろう。とはいえ、最終楽章は、よかった。

エロイカには、感心した。この指揮者の面目躍如ということなのだろうが、あらためて、この曲は、古典形式で書かれた長調のシンフォニーであることがよく分かった。例えば、フルトヴェングラーのような、伝統的(=手あかにまみれた)演奏を離れ、本質を抜き出してみれば、エロイカというのは、こういう曲なのだと思う。楽器は、現代のものながら(ティンパニは小型のやつ)、ほぼ2管で(ホルンはさすがに3人だった)、第一ヴァイオリンが12人という小編成。もちろんビブラートなしの快速演奏で、ある意味当世流行の形だが、メロディーラインは美しく、そしてどの声部もくっきりとした、実に見晴らしのいい演奏だった。当時この音楽を聴いた人は、多分、こんな風に聞こえたのだろうと何となくそう思った。そしてそれが、如何に斬新だったかも、ちょっと分かったような気がした。

冒頭にも書いたとおり、ドイツのオケはそれぞれに特徴を持ち、そして層が厚いが、その中でも、このオケは注目に値するのではないかと感じた。

ブラームス室 内楽シリーズ(Johannes Passion) 第2回演奏会
2012年2月19日(日) 16:00開演 sonorium(ソノリウム)



アマチュアのコンサートを立て続けに三回聴く。そして、水準の高さにいずれも驚く。

ブラームスの室内楽を小生は好きだ。親密さの極みというか、厳密なアンサンブルと言うより、お互いの声を聴き合う濃密な会話のような音楽は聴いていて気持ちが落ち着く。演奏する方は難しいだろうと思うのだが、今日の演奏は、どれもきちんとブラームスらしさを過不足なく出し切っていて美しかった。100人ほどのホールで、息づかいが聞こえるほどの距離で演奏される室内楽を聴くのはいいものだ。これが本当の室内楽だろうと思う。

ゲストとして弾いたチェロの中木さんがよかった。素晴らしい楽器から醸し出される音楽は、若さの中に気品があり、気持ちよい。フランスが本拠地とのことだが、紀尾井のメンバーになられたとのことなので、これからいつも聴けるのが楽しみだ。

紀尾井シンフォニエッタ第83回定期演奏会
2012年2月25日(土) 14:00開演 紀尾井ホール



例によって、紀尾井の定演。今日の紀尾井シンフォニエッタは、珍しく対向配置。

前半は、ホフマンのシンフォニーとモーツァルトのコンサートアリア。ホフマンは初めて聴いたが、モーツァルトの才能の差はくっきりしている感じ。後半は、モーツァルトのト短調。KSTは相変わらず好調で、すみずみまで行き届いた室内オーケストラの模範演奏のようだった。

今日歌った天羽さんは突然の代役とのこと。(何でも二日前に突然決まったらしい。)完璧ではなかったかも知れないが、難しい曲を難なく歌いきるのを聴くと、プロというのはすごいものだと思う。

紀尾井シンフォニエッタ第84回定期演奏会
2012年4月14日(土) 14:00開演 紀尾井ホール



今日は冷たい雨の中、紀尾井シンフォニエッタの定期演奏会。珍しい「オールハンガリープログラム」だった。

前半は、コダーイとヨアヒム。どちらも初めて聴く曲だが、親しみやすいきれいな曲だ。ヨアヒムのヴァイオリン協奏曲は、まるで全編ヨアヒムのカデンツァを聴いているみたいな印象。ほとんど「ダブル」で弾いているのではと思えるような曲だが、それがなかなかいい。演奏も素晴らしいく、グァルネリの音色も曲にぴったりだった。後半は、リストとバルトーク。KSTの弦の実力が如何なく発揮されたと思う。(とはいえ、最近のKSTは、弦だけでなく管楽器も充実していると思う。)

そして、終演後は恒例の楽員の皆さんとの交歓会。今日の指揮者でタカーチ四重奏団の創始者でもあるタカーチさんも加わって、楽しいひとときを過ごす。とはいえ、冒頭の、タカーチさんのスピーチ「ハンガリーの苦難の歴史の中で、音楽の中にある自由だけが支えだった。」(英語だったので、上手く訳せていないかも知れませんが…)が印象に残った。
さらに、先日のブラームスツィクルスでお目にかかったチェリストの中木さんから、陸前高田での演奏の話を伺った。「生まれて初めての経験でした。音楽の力を実感しました。」とのことだったが、確かに 音楽にはそれだけの力があると思う。

「ウタアシビ2012春」東京公演
2012年5月20日(日) 19:00開演 ミュージックレストラン ラドンナ原宿



いつもとがらっと趣向を変えて、レストランデのディナーコンサート。お目当ては、奄美の歌手城南海。
この人の「アイツムギ」をミュージックフェアか何かで見て、びっくりして、それ以来、ずっと一度生で聴いてみたいと思っていた。

思っていた以上によく通り、よく伸びる声。正確な音程。言葉にこめられる情感の適切さ。奄美独特の節回し(「ぐぃん」と言うらしい)。どれをとっても素晴らしいと思う。

皮肉なようだが、惜しむらくは、いかにも女子大生(卒業したばかりだそうだが)然としたかわいらしい見た目。結果として、何となく「アイドル」のような扱いが抜けきれない。(その最たるものがファンクラブのおじさん達。「贔屓の引き倒し」もいいところだと思う。)
タレントとしてはとても難しい立場なのだと思う。武部聡志さんがプロデュースするらしいので、うまく行くとブレークするかも知れないとは思うが…

いずれにしても、歌は文句なく素晴らしかった。(なんと言っても小さな会場なので、目と鼻のところで本人が歌っているわけだし…。このコンサートは一部がテレビ放映されたため、我々もばっちり映っている。)
初めて聴く、国境なき医師団のテーマソングになったという「ずっと、ずっと」をはじめとして、どの歌も心に残る。CDで聴くより何倍も聴き応えがある。アンコールの最後に歌われた「アイツムギ」は、日本のメッセージソングの中でも最高のものの一つだと私は思っている。
彼女がきちんとブレークしてくれることを願ってやまない。

ハンブルク北ドイツ放送交響楽団演奏会
2012年5月29日(火) 19:00開演 サントリーホール



外国のオケは今年2度目。いつも秋に集中するのを何とかして欲しいと思っているのだが、その意味でこの時期のコンサートはうれしい。カジモトのワールドオーケストラシリーズの一つ。エコノミーチケットなので、席は当日指定。LDの最後列といういかにもエコノミーらしい席だったが、なかなかいい席だった。サントリーホールのL(R)C席はもちろん、L(R)D席もなかなか捨てがたい。壁際になるとちょっと視界が遮られるのが難点だが、今回はそれもなく、全体が見渡せる気持ちのいい席。音もいかにも視界通りのまとまってバランスがいい印象。

演奏は、思った以上に素晴らしかった。
テツラフのメンコンは、そのヴァイオリンの音にちょっと驚いた。クレモナの音に慣れている耳には、極端に言えば、同じヴァイオリンとは思えないという感じ。形容は難しいが、軽やかというか精妙というかちょっと金属的というか聴き方によっては線が細いというか…。弾き方も余り情緒を強調するものではなかったので、余計にそう思ったのかも知れない。溶け込んでいるのか、対立しているのかもよく分からないのだが、室内楽的なバランスのオーケストラと相まって、新鮮なメンコンだった。
後半のブラ1は素晴らしかったと思う。この曲は、若い頃からあまりに聴く機会が多いので、ちょっと敬遠気味というところもあるのだが、この演奏は素晴らしかった。「そうかこういう曲だったのか」という感じで、手垢をそぎ落としたような清潔な演奏だった。テンポのゆれも音の強弱も結構幅は大きいのだが、かといってわざとらしくもなく、正確で精妙なアンサンブルに裏打ちされ、実に聴いていて胸のすくようなよい演奏だった。

前回の南西ドイツ放送響を聴いたときも思ったのだが、ドイツのオケは競争が厳しくて、よほど個性がハッキリしていないとなかなか生き残れないのだろう。そういう意味で、ヘンゲルブロックを迎えたこのオケの見識は、狙い通りの効果を発揮していたと思う。N響なども、老大家に頼らず、こういう若い指揮者をどんどん使えばいいのにと思う。(そういう点で、日本というのは地理的にとても不利なのだ。)

後半は、対向配置(チェロが右)でコントラバスは両翼配置というちょっと変わったもの。編成の規模は、ごく標準的な2管編成。ブラームスならこれくらいの編成が見通しがよくていいと思う。

フランクフルト放送交響楽団演奏会
2012年6月7日(木) 19:00開演 サントリーホール



来日の度に心に残る演奏を聴かせてくれるヤルヴィだから、今回も大いに期待。もちろん、名演奏だったが、ちょっと期待外れの感も…。

まず、ハーンのメンコン。たまたま前週も同じメンコンをテツラフで聴いたところだったが、個人的には圧倒的にこちらが好きだ。クレモナの音色の美しさと安心感に加えて、ハーンの理知的な叙情性で「メンコンこうあるべし」を絵に描いたような演奏だったと思う。

そしてブルックナーの8番。メンコンのときもそうだったが、近くのおじさんがときどきすごく耳障りな異音を立ててものすごく気が散った。(まるでプチプチをつぶしているような音が断続的にするのだ。指を動かすクセがあるようなのだが、それが何かに触れて山場になるとその音が気になる。)メンコンのような少しリラックスして聴ける曲はともかく、神経を研ぎ澄ませて聴いているブルックナーにこれはないと思う。ということで、随分集中力を欠いた聴き方になってしまった。何となく、演奏している方も集中力を欠いているような気がしたのは、気のせいだとは思うが、この重たいプログラムを連日こなすのは、さすがのヤルヴィといえども少しきつかったのではないかと思う。(横浜では、さらにアンコールまであったと聞くが、さすがにアンコールはなかった。)

コンサートというのは、演奏の質に加えて当方の体調、まわりの雰囲気等に大きく左右される。そういう意味で、今回は運のないコンサートだったと思う。(しかし、ああいう聴衆は何とかして欲しい。損害賠償ものだと思う。)

ENJOY!ウィークエンド・チェンバーミュージック Vol.3
2012年6月9日(土) 14:00開演 サントリーホール



土曜の午後の名曲コンサートという趣。サントリーホールの小ホールで音楽を聴くのは、実はこれが初めて。

小山さん、天羽さんといった日本の実力者達が、こういう気楽なコンサートに登場するのはいいことだと思う。そして、サントリーホールのこの催しも、とても良いと思う。ラ・フォル・ジュルネと似ているが、こちらの方がずっと整っている。本当は、もう少し別のコマも聴いてみたかったのだが、今回は時間が合わなかった。来年、是非もう少し色々聞いてみようと思った。

名曲の「さわり」だけを演奏するというやり方に異論もあるだろうが、これはこれでよいと私は思った。

大阪フィルハーモニー交響楽団 第459回定期演奏会
2012年6月17日(日) 15:00開演 ザ・シンフォニーホール



家内の知り合いが合唱団員として参加するということもあって、大阪で聴く。ザ・シンフォニーホールはできた直後に聞いて以来だから30年ぶり。

90歳を超えるというヴィンシャーマンの健在振りにまず驚いた。私がクラシック音楽を聴き始めた頃に既に「巨匠」だったのだから、実に驚くべき息の長さだ。ソリスト達もよかったが、なんと言っても合唱が素晴らしかった。一糸乱れぬアンサンブル。曲に相応しい「清潔」ともいえる叙情性。今まで聞いた合唱団の中でも一二を争うすばらしさだったのではないだろうか。生で「ヨハネ」を聴くのは初めてだったが、終始緊張感にあふれた素晴らしい演奏だったと思う。大フィルも含めてストーリー性を重んじるヴィンシャーマンの様式に応えた演奏陣は見事だった。

しかし、この演奏会も重大問題が一つ。とんでもない「ブラヴォーおばさん」が一人いたのだ。キリストの死の場面で荘重に終わった音楽が消え入らぬうちの「ブラヴォー」にまず度肝を抜かれたが、その後も何回か奇声を発し、最後に静かに曲が終わった途端に「ブラヴォー」の三連呼。誰かがたまりかねて「シーッ」言ったが、それにしてもひどかった。この前サントリーホールの騒音おじさんもひどかったが、あのときはまだ迷惑したのは周りだけだったが、今回は聴いていた人全員(のみならず演奏家にも)とんでもない迷惑をかけている。隣にいたら、ぶん殴ってやろうと思ったくらいだ。大阪の皆さん、是非注意してあげてください。あれはいくら何でもひどい。素晴らしい演奏会だっただけに、ああいう聴衆がいることが本当に惜しまれる。

紀尾井シンフォニエッタ第85回定期演奏会
2012年6月23日(土) 14:00開演 紀尾井ホール



ブルネロさん登場ということで期待していったのだが、それを大幅に上回る良いコンサートだった。

曲の表情を強調するブルネロさんの指揮振りに、ぴたりとよりそうアンサンブル。お互いの強い信頼感がこういう演奏を可能にするのだと思う。室内オーケストラの極みのような選曲が実に見事に決まっている。このプログラムを演奏してこれを超えるコンビは、世界広しといえどもそれほど無いのではないかとそう感じさせてくれる演奏会だった。そして、ブルネロのチェロもすごかった。チェロであんなに多彩な音が出るのかと本当に驚いた。

あえて、アンコールの曲目3曲も記載しておいたが、プログラムの一部として予め用意されているおざなりのものと違い、本当に、聴衆、演奏家、指揮者が一体となって奏でられた素晴らしいアンコールだった。曲の終わりに訪れる沈黙の質の高さと相まって、紀尾井のメンバーであることのよろこびを感じた一日となった。

吉田秀和さんお別れの会
2012年7月9日(月) 19:00開演 サントリーホール



「音楽の力」を、深く信用してきたし、大切にも考えてきた。だから、こうやってたくさんの音楽を聴いているわけだが、しかし、あらためて「音楽の力」について考えさせられた夜だった。

病気療養中の小澤さんが、万感の思いをこめて指揮をした「アリア」。それを聴いたその場の感動はもちろんだが、あれから一ヶ月以上が経ち、これを書いている今でも、あのときの音楽が耳に残っている。指揮者、演奏家双方にとって、心から信頼し尊敬する恩師のための献奏であり、また、指揮者も、演奏家達も、ともに世界を代表する人たちだという本当に特別な演奏だったが、それにしてもすごい音楽だった。

丸谷才一さんの追悼の言葉に、「吉田さんは、音楽にとって一番大切な『聴衆』を育てた」とあったが、まさにその通りだと思う。私も、吉田さんの本を読まなかったとしても、音楽は好きだからたくさん聴いたと思うが、聴き方は全然違っていただろう。

皇后陛下ご臨席。皇后陛下は、日本で最も優れた音楽の聴き手のお一人だと私は思う。

PMFチャリティコンサート
2012年7月31日(火) 19:00開演 サントリーホール



これも恒例になりつつある、PMFの東京での演奏会。月並みだが、国籍を超えた若い人たちの力は、素晴らしい。そして気持ちいい。そして会場にたくさんいる、仲間達、応援団。そのお祭り騒ぎのノリも楽しい。

これも「音楽の力」だと思う。
伸び盛りの人たちが、伸び伸びとしかし真剣に演奏する。もっと深い彫りがあった方がいいかもしれない、そこはもっとニュアンスがあるのではないか、そう思うことがいくつかあったとしても、それを上回る長所をこの演奏は持っていたと思う。

音楽は人生を映す。だから、この若さの力も、いずれ、さらなる高みに到達する。そう確信させる若い人たちの演奏は素晴らしいと思う。

紀尾井シンフォニエッタ東京米国公演報告
2012年8月25日(土) 15:00開演 紀尾井小ホール



「紀尾井友の会」のための特別な催し物。前半が、KSTの米国公演報告。ワシントンへの桜寄贈100周年記念イベントの一つとして、米国東海岸4都市で行われた公演の模様を、玉井さんと杉木さんの楽しいトークと公演の記録映像で紹介する催し。日本を代表する室内アンサンブルなので、もちろん大成功ということだが、現実に西洋音楽を日本から逆輸出するのはそれほど易しいことではないという実感も。

後半は、KSTの主要メンバーによる弦楽四重奏。曲目は、ポピュラーな2曲。最近は、常設の弦楽四重奏団もめっきり少なくなり、なかなか、聞く機会が無いが、あらためて、4本の弦のアンサンブルの美しさを実感。紀尾井のメンバーならではの息のあった演奏も、とても良かったと思う。
聴き手も、ちょっと地味な弦楽四重奏の演奏会にはなかなか足を運ばず、結果として、こういう機会が減っているということなのかなと思うとちょっと残念。心を少し入れ替えて、機会があれば(作って)、クァルテットの演奏会をできるだけ聴きに行かねば…。

2012サイトウ・キネン・フェスティバル松本
オネゲル:「火刑台上のジャンヌ・ダルク」
2012年8月29日(水) 19:00開演 まつもと市民芸術館 主ホール



昨年の衝撃の小澤さん休演のニュースからちょうど一年。今年は、総監督として名前はあるものの、初めて小澤さんが一度も舞台に立たないSKFとなった。少し寂しくなるかと心配したが、いつも通りの充実した音楽祭となっていて、安心。(ずっと先であって欲しいと願うが)いずれ、小澤さん抜きのSKFの時代が来るのだから、それに向けてゆっくりと準備していくにはいい機会かも知れない。

今年は、松本に2泊するも、「火刑台上のジャンヌ・ダルク」一公演だけを見た。大変な作品だが、よく整った演奏と舞台で、とても楽しめたと思う。
作品そのものの複雑さ。我々には苦手な宗教的な背景。西欧の中世と近代という二つの時間の連続と対立。実話とフィクションの複雑な融合…。こういう作品を、聴き手が完全に納得するように上演するのはほとんど不可能なのだろうと思う。
何処まで、具体的なイメージを作るのか、どの程度の抽象化をするのか。そして、それを音楽の力で何処まで表現するか。
何となく、腑に落ちないところもいくつかあったが、それをいうのは贅沢というものだろう。この先、もう一度この作品の上演に接する機会があるかどうか分からないが、これをここ松本で聴いたことは、きっと、貴重な経験としてずっと心に残ると思う。

紀尾井シンフォニエッタ第86回定期演奏会
2012年9月23日(日) 14:00開演 紀尾井ホール



ピノックのオールモーツァルトということもあって、悪天候にも関わらず満席。演奏中に客席がばたばたするのが少し残念。
そういえば、前回のピノックの時は開演直前に北越地震があり、演奏中も余震で会場のシャンデリアが大きく揺れたのを思い出した。

今日のKSTは対向配置で、いつもよりさらに小編成。KSTの対向配置は余り記憶にない。
演奏は、ピノックらしい采配で、過剰な思い入れや表情を排した整った演奏で好調。KSTにはぴったりの指揮振りだと思う。
ということで、なんの不満もない音楽を聞いて幸せという感じだが、特に後半の変ホ長調のシンフォニーは、今まで聴いたこの曲の演奏では、一番好きかもしれないと思った。

ポリーニ・パースペクティヴ 2012
ベートーヴェン―マンゾーニ
2012年10月23日(火) 19:00開演 サントリーホール



生まれて初めて生でポリーニを聴く。本当は、もう少し前に聴いておきたかったのだが…。

ずっと昔、ポリーニを初めてレコードで聴いたときの驚きは今でも覚えている。「鋼鉄のテクニック」とあふれるような「豊かなリリシズム」。何となく矛盾しそうなこの二つをほぼ完璧に兼ね備える事ができるということを初めて知ったような気がした。

初めて生で聴いて、もちろん素晴らしい演奏だったが、さすがに「鋼鉄のテクニック」というわけにはいかなかったと思う。むしろ心のこもった、暖かい音楽だったと思う。
終演後は、会場総立ちのスタンディングオベイション。「ブラボー」の声に「ありがとう」の声が混じる。そんな感じの演奏会だった。吉田秀和さんがこれを聴いたらなんと言っただろうか…。

クリスティアン・ティーレマン(指揮)/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
2012年10月26日(金) 19:00開演 サントリーホール



ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン、今もっとも乗っているペアの演奏会。

ワーグナーは、驚くほど遅いテンポ。アンサンブルは、機械的に正確というわけではないが、音楽的に正確という感じ。一つ一つのパートが聞こえるというより、混じり合って一つの音楽として聞こえるという印象である。
ブルックナーは、さらにそれを推し進めて徹底的に「音楽をして音楽を語らしめる」という演奏。妙な精神性を強調しないこういう演奏を私は好きだ。ブルックナー狂には、少し物足りないのかも知れない。

オケは、もちろんフル編成ながら木管は二本ずつ(だったと思う。後ろの方はよく見えなかった)。対向配置で、コントラバスは左側というちょっと見慣れないスタイル。1階席左側のかなり前の方で聴いたので直接音がよく聞こえたということもあるのだろうが、とにかく独特の弦のアンサンブル。ウィーンとも違う、もちろんベルリンとは全然違う、ミュンヘンとも違うこの分厚い音は、伝統の賜なのだろうか。

私は、素晴らしい演奏会だったと思う。

ギドン・クレーメル&クレメラータ・バルティカ
2012年10月31日(水) 19:00開演 サントリーホール



ポリーニに次いで、一度聴いてみたいと思っていたクレメールのヴァイオリンを聴く。こちらの方は、ソロではないのでクレメールの真骨頂を体験したというところまでは行かないのかも知れない。

しかし、才気あふれる演奏スタイルと、確かな技術、そして思ったより暖かい音色は聞き応え十分だった。今回は、2階の最前列ほぼ中央という席のせいもあり、アンサンブル全体が見通せるような感じで楽しかった。特に、ベートーベンもびっくりというカデンツァに、アンサンブル全員が一つになって楽しんでいるのを見ていると、音楽を演奏する楽しみ、そしてそれを聞く楽しみ両方が溶け合う気持ちの良いコンサートだった。

その席のせいもあると思うが、何と隣は小泉元首相。実に楽しそうに音楽を聴いておられるのが印象に残った。席を立つとき「素晴らしかった」と一言、実に小泉さんらしいリアクションだったが、まさにその通りの演奏会だったと思う。

いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! 2012 〜NEWTRAL〜
2012年11月4日(日) 17:00開演 横浜アリーナ



なかなか手入らないプラチナチケットを抽選で入手。一度聴きたいと思っていた吉岡聖恵さんの声を生(というよりライブ)で思う存分聴いた。

想像通りというか、想像以上というか、伸びのある声と正確な音程にあらためて驚いた。電気仕掛けを頼らないコンサートで彼女の声を聴いてみたいとつくづく思う。こんな事をいうとお叱りを受けるかも知れないが、こういう大きな会場で、こういう歌を歌わせておくのは本当にもったいないような気がする。現時点の音楽市場では、こういうやり方しかできないのだろうが、何とかならないものだろうか。

とはいっても、ファン層の幅は広く、また、音楽の幅も広く、我々のような還暦世代が紛れ込んでも何の違和感もないのは素晴らしいと思う。このコンサートもNHKで放送されるとのこと。なんだか、最近テレビカメラ付きの演奏会を聴く機会が多いような気がする。

バンベルク交響楽団演奏会
2012年11月6日(火) 19:00開演 サントリーホール



今年は、ブルックナーの交響曲を聴く機会が多かった。今回は「ロマンティック」で、今年の最後のブルックナーとなる。

勿論、ティーレマンのブルックナーは素晴らしかったが、こういう外連味のない演奏の方がブルックナーにはむいているのかも知れないと思った。今年も例によって、たくさんの独墺系のオケを聴いたが、その中で一番整っていたかも知れない。勿論名門オケであることは確かだが、それにしても、ドイツのオケの層は本当に厚いとしみじみ感じさせるそういうコンサートだった。

ラドゥ・ルプー ピアノ・リサイタル
2012年11月13日(火) 19:00開演 東京オペラシティ コンサートホール



久しぶりに、ピアノソロだけのコンサート。

「伝説のピアニスト」ラドゥ・ルプーは素晴らしかった。ポリーニを聴いたあとだけにちょっと心配していたが、こちらの方は全く衰えを感じさせない素晴らしいコンサートだった。初めてこの人のレコードを聴いたとき(40年くらい前になるだろうか)にその神秘的なピアノの響きに驚いた記憶があるが、まさに、あの響きが眼前に再現されて感激した。

ピアノという楽器の大ファンというわけではないが、こういう演奏会を聴くと、ピアノは究極の楽器いう気がする。ピアノを聴くのであれば、サントリーホールより、初台のコンサートホールの方が条件がいいということもあっルのだとは思うが、私は、ポリーニよりこちらの方がずっと良かったと思う。

城南海「ウタアシビ2012秋」東京公演
2012年11月16日(金) 19:00開演 キリスト品川教会グローリアチャペル



この人の声とその独特のビブラート(「グイン」というらしい)が好きでファンクラブにも入っているのだが…。

声は期待通りに素晴らしいし、代表曲「アイツムギ」をはじめとして素晴らしい曲もたくさんある。場所も今回は教会ということで、「電気」に頼らない小編成のバンドをバックにした美しい響きの、とても良いコンサートだったと思う。(1曲だけ、マイクを使わずに歌ったが、教会の響きと相まって素晴らしかった。)

問題は、(前も書いたが)結局どういう人に向けて歌っていくのかが、本人も周りもハッキリしていないということだろうか。コアのファンは少しうっとうしいし、出身の奄美をアイデンティティとするその路線ももう少し垢抜けた方がいいのではないかと私は思うのだが…。まだ若いし、本人もしっかりしているようなので、今後に期待したい。
(この公演もずっとテレビカメラが入りっぱなしだった。ほとんど最前列だったので、随分映ったような気がする。どの局で放映するのだろうか?)

バイエルン放送交響楽団 ベートーヴェン交響曲全曲演奏会(第2日)
バイエルン放送交響楽団 ベートーヴェン交響曲全曲演奏会(最終日)
2012年11月27日(火)
2012年12月1日(土)
19:00開演 サントリーホール



ベートーベンの交響曲は、ウィーンフィルをはじめとして色々なオケでそれこそ数え切れないくらい聴いているし、勿論、その都度感激して聴いているが、今回はちょっと別格という感じだった。

どなたかが、ブログで「漫画で言えば、指揮棒の先からきらきらと音符がまき散らされている感じ」と仰っていたが、まさにその通り、全ての音楽は「歌」から始まったという当たり前のことを心から納得させられた。勿論、歌うばかりではなく、アンサンブルは見事だし、なんといっても指揮者とオケが一体となった心のこもった演奏が素晴らしい。だから、指揮棒の先から輝く音符がまき散らされるような音楽ができるのだと思う。また、ミュンヘンはウィーンのすぐ隣なんですよといわんばかりの、少し明るい木管や弦楽器の響きは聴いていて本当に気持ちいい。

最初が、P席の最前列というまるで楽員になったかのような臨場感あふれる席。二日目が、RC席という全体の響きを聴くことができる席だったが、いずれの席でもその響きの美しさは変わらなかった。本公演は、NHKが全公演放送するとのこと。とても楽しみである。(数えた人によると35本のマイクがセットされていたとのこと。たしかに、マイクの数はすごかった。)

配置は、内声が右の対向配置。1番、2番などは、12-10-8-6-4、5番や第九はほぼフル編成の弦楽器だった。演奏者も色々と入れ替わっていたが、常に同じレベルの演奏が聴けたと思う。

今年は、今までで一番たくさんのコンサートに出かけた年だったと思う。また、その幅も断然広かった。(なんといっても「いきものがかり」まで入っているのだから。)おかげさまで、どのコンサートも素晴らしく、充実した1年だった。ありがとうございました。

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