『土佐日記』所収和歌一覧
12/26
都出でて君にあはんと来しものを来し甲斐もなく別れぬるかな
白妙の浪路を遠く行きかひて我に似べきは誰ならなくに
12/27
都へと思ふをものの悲しきは帰らぬ人のあればなりけり
あるものと忘れつつなほ亡き人をいつらと問ふぞ悲しかりける
惜しと思ふ人やとまると葦鴨のうち群れてこそ我は来にけれ
棹させど底ひも知らぬわたつみの深き心を君に見るかな
1/7
浅茅生の野辺にしあれば水も無き池に摘みつる若菜なりけり
行く先に立つ白波の声よりもおくれてなかむわれやまさらん
行く人も留まるも袖の涙かは汀のみこそ濡れまさりけれ
1/8
照る月の流るる見れば天の川出づる水門は海に然りける
1/9
思ひやる心は海を渡れどもふみしなければしらすやあるらん
見渡せば松のうれことに住む鶴は千代のどちとぞ思ふべらなる
春の野にてぞ音をば泣く/若薄に手切る子/摘んたる菜を祖やまほるらん/姑や食ふらん/帰らや/よんべのうなゐもがな/銭乞はん/そら言をして/おきのりわざをして/銭も持て来ず/おのれだに来ず
1/11
まことにて名に聞く所羽根ならば飛ぶがごとくに都へもがな
世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな
1/13
雲もみな波とぞ見ゆるあまもがないつれか海と問ひて知るべく
1/14
立てば立つ居ればまた居る吹く風と波とは思ふどちにやあるらん
1/16
霜だにもおかぬ潟ぞといふなれど波の中には雪ぞ降りける
1/17
水底の月の上より漕ぐ船の棹に障るは桂なるらし
影見れば波の底なるひさかたの空漕ぎわたるわれぞ侘びしき
1/18
磯振りの寄する磯には年月もいつともわかぬ雪のみぞ降る
風に寄る波の磯には鴬も春もえ知らぬ花のみぞ咲く
立つ波を雪か花かと吹く風ぞ寄せつつ人を謀るべらなる
1/20
青海原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
都にて山の端に見し月なれど波より出でて波にこそ入れ
1/21
なほこそ国の方は見やらるれ/わが父母ありとし思へば/帰らばや
わが髪の雪と磯辺の白波といづれまされり沖つ島守
1/22
漕ぎて行く船にて見ればあしひきの山さへ行くを松は知らずや
波とのみひとつに聞けど色見れば雪と花とに紛ひけるかな
1/26
わたつみの千振の神に手向けする幣の追ひ風止まず吹かなん
追ひ風の吹きぬる時はゆく船の帆手打ちてこそうれしかりけれ
1/27
陽をだにも雨雲近く見るものを都へと思ふ道の遙けさ
吹く風の絶えぬる限りし立ちくれば波路はいとど遙けかりけり
1/29
おぼつかな今日は子の日か海人ならば海松をだに引かましものを
今日なれど若菜も摘まず春日野のわが漕ぎわたる浦に無ければ
年来を住みし所の名にし負へば来寄る波をもあはれとぞ見る
2/1
玉櫛笥箱のうらなみ立たぬ日は海を鏡と誰か見ざらん
引く船の綱手や長き春の日を四十日五十日までわれは経にけり
2/3
緒を縒りて甲斐なきものはおちつもるなみたの珠を貫かぬなりけり
2/4
寄する波うちも寄せなむわか恋ふる人忘れ貝おりて拾はん
忘れ貝拾ひしもせじ白玉を恋ふるをだにも形見と思はん
手をひてて寒さも知らぬいづみにぞ汲むとはなしに日来経にける
2/5
行けどなほ行きやられぬは妹か績む小津の浦なる岸の松原
祈りくる風間ともふをあやなくも鴎さへだに波と見ゆらん
今見てぞ水脈走りぬる住の江の松よりさきにわれは経にけり
住の江に船さし寄せよ忘れ草験ありやと摘みてゆくべく
千早振る神の心を荒るる海に鏡を入れてかつ見つるかな
2/6
いつしかといぶせかりつる難波潟葦漕ぎそけて御船来にけり
2/7
きと来ては川上り路の水を浅み船もわが身もなづむ今日かな
とくと思ふ船悩ますはわかために水の心の浅きなりけり
2/9
世の中にたへて桜の咲かざらば春の心はのとけからまし
千代経たる松にはあれどいにしへの声の寒さは変はらざりけり
君恋ひて世を経る宿の梅の花昔の香にぞなほ匂ひける
無かりしもありつつ帰る人の子をありしも無くて来るが悲しさ
2/11
さざれ波寄する綾をば青柳の影の糸して織るかとぞ見る
2/16
ひさかたの月に生ひたる桂川底なる影も変らざりけり
天雲のはるかなりつる桂川袖を漬てても渡りぬるかな
桂川わが心にも通はねど同じ深さに流るべらなり
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
見し人の松の千歳に見ましかば遠く悲しき別れせましや