アンの愛情の言葉 第52回
リンド夫人は、アンにパッチワーク・キルトを一枚与え、さらに五枚ほど貸してくれた。
「これを持っていきない」夫人は押しつけがましかった。「屋根裏のトランクにしまいこんで虫に食わせとくより、使ってもらった方がましだからね」
だが、このキルトにわざわざ近づく虫などいなかっただろう。
防虫剤のにおいが強烈で、室内で使えるようになるまで、まる二週間、パティの家の果樹園に干さなければならなかったのだ。
それは、上流階級の住まうスポフォード街では、滅多に拝めない光景だった。
すると、「お隣」の人づきあいの悪い老百万長者が、赤と黄色の派手な「チューリップ・パターン」のキルトを買いたいと言ってきた。リンド夫人がアンに贈った一枚だった。
なんでも、おっかさんがよくこんな刺し子(キルト)を縫っていたので、母親のよすがに、何としてもほしいと言うのだ。
アンが売ろうとしなかったので、百万長者は大いに落胆したが、このあらましをリンド夫人に書き送ったところ、すっかり気をよくした夫人は、そっくりなのがもう一枚あるからお譲(ゆず)りしましょうと返事をよこした。
というわけで、タバコ王はキルトを手に入れ、どうしてもベッドにかけると言いはって、ハイカラ好みの奥さんをげんなりさせた。
『アンの愛情』(モンゴメリ作、松本侑子訳)より
集英社文庫 第16章 173頁
大学3年になったアンは、カナダの新学年が始まる秋、富豪街スポフォード街の一軒家「パティの家」に引っ越して、仲良しの女の子たち、ジェイムジーナおばさんの計5人で、新しい生活に入りました。
厳しいカナダの冬、リンド夫人は、アンにパッチワーク・キルトのベッドカバーを1枚、プレゼントして持たせます。赤と黄色のチューリップの花模様のパッチワークです。
さらにもう5枚ほど、「パティの家」の住人のために、キルトを貸してくれます。
『赤毛のアン』シリーズには、手先が器用で、働きもののリンド夫人手作りのキルトが、たびたび登場します。
(そういえば、こちらはドレスですが、『赤毛のアン』第25章で、マシューがアンに贈る茶色のパフスリーブのドレスも、リンド夫人のお手製でしたね……)
パッチワークキルト、編みもの、刺繍、お裁縫。
こうした針仕事や手芸の楽しさ、できあがったものを暮らしのなかで使う満ち足りた気持ち、人に贈ったり贈られたりする嬉しさ……。
そうした温かな描写も、アンシリーズを読む、ふくよかな喜びの一つだと思います。
私も手仕事が好きで、とくに編みものが好きです。
最近は、数時間でできるビーズ手芸を、時々、楽しんでいます。
昨年放送の番組『赤毛のアンへの旅』のロケで身につけていた首飾り、イヤリング、指輪などは、ほとんどが、ビーズ教室の先生に教えて頂いて、自分で作ったものです。
また、手作りの作品を見るのも、大好きです。
昨日は、東京国際キルトフェスティバルテスバル(東京ドーム)に行ってきました。
『赤毛のアン』の特別展示があり、グリーン・ゲイブルズが再現されていました。
アンの部屋、居間、恋人たちの小径などに、いろいろなキルトが飾られています。
また、モンゴメリが作った貴重なキルトが2点、プリンスエドワード島から来日していました。
1枚は、たくさんの布をつないで刺繍をした手のこんだパッチワークキルト。
2枚めは、ふだんは非公開の編みもののキルト(ベッドカバー)。
それもアンシリーズにも出てくる「リンゴの葉っぱ」の模様です。
プリンスエドワード島では、キルトquiltは、厚手のベッドカバーを意味します。
そこで、パッチワークも、編みものも、どちらもベッドカバーは「キルト」と言うのです。
モンゴメリが編んだキルトは、『赤毛のアン』の冒頭にも出てきます。
アヴォンリー村の顔役で忙しいリンド夫人ですが、夫人は家事にも抜かりがなく、しかも台所の窓辺にすわってキルトを16枚も編んだと、アヴォンリーの主婦たちが感嘆して語りあう、あのベッドカバーです。
それが東京に来ているのです。
おそらく、初来日ではないかと思います。
プリンスエドワード島の長い冬、外は寒いけれど、炉に火の燃える家のなかで、リンド夫人、マリラ、そしてモンゴメリは、窓辺や暖炉の灯りをたよりにして、編みものや縫いものに、精を出しました。
そんな19世紀の手作りの暮らしぶりが、ほのぼのと思われました。
東京ドームのキルト展では、たくさんのキルトの大作が展示されています。
ベッドカバーのような大きな作品も、一針、一針、数ミリの小さな縫い目をつづけていって、できあがったのです。
毎日の小さな積みかさねが、大きな完成につながるのだと、心が揺り動かされました。
あなたの目標は、なんですか?
その道すじが、どんなに遠くて、大変な道のりでも、めげないでください。
今できる小さなことを、一つ一つ、丁寧に積みかさねていってください。
あなたに、晴れやかな完成の日が、きっと訪れます。
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