「アンパンマンのマーチ」は特攻隊の歌ではありません

やなせ先生ご本人が否定されていますよ。 証拠画像にリンク!
「アンパンマンのマーチは特攻隊で亡くなったやなせ先生の弟さんを描いたものだ」という説があります(主にネット上に、根拠を示すこともなく)。やなせ先生のエッセイを何冊も読んだ経験から、私は「違う」と思いました。私がその説を知ったとき、それを紹介するwebページはあったけれど、否定するページはなかったので、一つくらいwebに置いておきたいと思いこのページを作成しました。

特攻隊説を読んだときに涙を流したり、心を動かされること自体は否定はしません。あの説が多くの人に受け入れられていることには何か意味があるでしょう。ただ、その感動はアンパンマンとは関係のないことかもしれません。

ちなみに、特攻隊というと飛行機のイメージがありますが、弟さんは海軍の人間魚雷「回天」の乗員で、フィリピンへの移動中に亡くなったそうです(「ぼくは戦争は大きらい」参照)


私が特攻隊説を「違う」と感じた理由をまとめてみました。

1. やなせ先生がそう言ってない

やなせ先生はアンパンマンについて、弟さんについて、過去のお仕事について、何度も語られています。「アンパンマンのマーチ」が弟さんのことだったら、絶対そう説明されたと思うのです。
そうされなかったということは、違うか、弟さんのことだと断定されたくなかったのではないでしょうか。
NHKで放送された追悼番組で、友人のちばてつや先生が「アンパンマンのマーチ」の原稿を前に「弟さんのことがあったのではないか。そんな話をしたことはないけれども、しておけばよかった」と語られていました。つまり、親しい友人にも、そうおっしゃったことはなかったということです。

↑この文章を書く仕上げに、念のために最近出た本を確認したところ「ぼくは戦争は大きらい(2013年12月21日発行 株式会社小学館クリエイティブ)」の中に「ぼくはそんなつもりはなかったのですが、「アンパンマンのマーチ」が弟に捧げられたものと指摘する人もいます」という記述を発見しました。はっきり「ぼくはそんなつもりはなかった」とおっしゃっておられますね。弟さんのこともあるかもしれないけれども、直接それを意図したわけではない、ということでしょう。

2. 「ぼくが正義という言葉に込めたい思いは、この詞(アンパンマンのマーチ)の中にあります。」との言葉

わたしが正義について語るなら(ポプラ社)」の中での言葉です。そしてやなせ先生の正義は、飢える人を助けることです。

「アンパンマンのマーチ」の歌詞は、言われてみれば確かに、特攻隊員の心情をあてはめられるようにも思われる(あくまで想像です)。しかしそれは、覚悟を持って何かやろうとするときいつでもあてはまる心情であり、特攻隊には限りません。
普遍的な歌詞なのでそうとも取れる、ということではないでしょうか。
やなせ先生が正しい行いの例によく出される、「内部告発をして、よけいなことをしたと責められる人」にもぴったりです。
正義とは違いますが、孤高のスポーツマンやフリーランスで働いている人にも合いそうです。もちろん、一番似合うのはアンパンマンです。

3. やなせ先生は戦争を否定されている

「正義の戦争なんてものはない」と繰り返しおっしゃっています。

一方、アンパンマンとばいきんまんの関係は、外敵との戦いというより、自分内部での争いのように思えます。光と影はセットで、お互いに徹底的にやっつけるということはしません。やなせ先生の正義は飢えているひとに食べものを与えることであって、敵を倒すことではありません。やむにやまれぬアンパンチ!でも、ばいきんまんは吹っ飛ばされて家に送り返されるだけです。アンパンマンワールドの住人は不老不死ですしね。

特攻隊とアンパンマンには「自己犠牲」という共通点がありますが、特攻隊は敵を倒すという点で大きな違いがあります。

もちろん、やなせ先生の創作のベースには、戦争体験や弟さんのことがあるでしょう。そういう意味では「アンパンマンのマーチ」にも弟さんのことが含まれている。それでも、それはもっと熟成されたものであって、単純に弟さんをイメージしたとか心情を描いたとか、そういうものではないと思うのです。「アンパンマンのマーチ」に特攻隊を重ねるのは単純すぎます。勝手に断定しないでほしい。
「アンパンマンのマーチ」にはもっと自由でいてほしいと思います。

やなせ先生がどういうことを語っておられたか、著作から関係しそうな部分を引用して紹介します。
参考にした本の紹介は下の方にまとめますが、まだ入手可能なものが多いですし、図書館にもあると思います。多くの人に読まれることを願っています。

<弟さんについて>
やなせ先生の言葉
 『』は文章が含まれる節のタイトル
引用元
『弟が面会にやってきた』
 のちにぼくは、弟に捧げる「おとうとものがたり」という詩を書きました。これは詩人の谷川俊太郎からも褒められたんです。
 ぼくはそんなつもりはなかったのですが、「アンパンマンのマーチ」が弟に捧げられたものだと指摘する人もいます。それだけ、弟と最後の言葉を交わした記憶が深く残っていたのでしょう。
ぼくは戦争が大きらい
『回天』
 ぼくは既に人生の晩年に達したが、最近しきりに亡弟千尋のことが偲ばれる。あいつが生きていればと残念でたまらない。
 そこへこの映画である。海軍の秘密兵器であった人間魚雷「回天」の秘話なのだ。
 そして弟はまさにこの回天に乗っていたのだ。千尋は京都帝大法科を卒業して海軍予備学生になった。海軍少尉に任官して特攻隊員として比島バシー海峡で戦死した。
 しかし回天とはどんな兵器か。この映画を見るまでぼくは知らなかった。また知るための努力もしなかった。戦争のことはすべて忘れてしまいたかった。初期の真珠湾攻撃は現在ではだましうちと非難されているが、当時は大戦果であり、特殊潜航艇の乗員は二階級特進し軍神になった。回天のほうはその戦果もその乗務員のこともあまり知られていない。
オイドル絵っせい
人生、90歳からがおもしろい!
『千尋』
 中学生になってからは顎が伸びてきて、長い顔になりましたが、幼年時代はコンパスで描いたような丸顔でした。アンパンマンの顔を描くとき、どこか弟に似ているところがあって、胸がキュンと切なくなります。
人生なんて夢だけど
<戦争について、正義について>
やなせ先生の言葉
 『』は文章が含まれる節のタイトル
引用元
『飢えることがいちばんツライ』
 ぼくに言わせれば、悪人を倒すことよりも、弱い人を助け、ひもじい人にパンを一切れ分けてあげるほうがはるかに正しい。ぼくが望む正義は、それほど難しいことではないのです。
やなせたかし みんなの夢まもるため
『戦争の体験』
 戦争というのはいつも、いろいろな理屈をつけるわけです。向こうが非常に悪いから、正義のためにやるんだって言うけど、正義の戦争なんてものはない。間違いなんです。実態はとにかく計画的殺人で、これはやっちゃいけない。現在でも、それは強く思っています。
 それぞれの立場の正義を、言いあう。言っている限りは、戦争は終わらないし、なくならないんです。
『真の正義とは何か』
 正義っていうのは、立場が逆転するんですよ。僕らが兵隊になって向こうへ送られた時、これは正義の戦いで、中国の民衆を救わなくちゃいけないと言われたんです。ところが戦争が終わってみれば、こっちが非常に悪い奴で、侵略をしていったということになるわけでしょう。
 それで向こうは全部いいかというと、そんなことはない。悪いこともやっている。ようするに、戦争には真の正義というものはないんです。しかも逆転する。それならば逆転しない正義っていうのは、いったい何か?
 ひもじい人を助けることなんですよ。そこに飢えている人がいれば、その人に一切れのパンをあげるということは、A国へ行こうが、B国へ行こうが、正しい行い。
(略)
 ヒーローは悪い奴をやっつけるけど、ひもじい人を助けるというのはないんだよね。だから自分が物語を描くんなら、ひもじい人を助けるヒーローをつくろうと思っていたんです。それがアンパンマンを描き始めた動機なんですね。
『アンパンマンにおける”共生”』
 アンパンチでバイキンマンをやっつけるんですが、これは暴力ではないかと言う人がいるんですね。そうじゃない。つまり食品とばい菌でしょう。(略)それでばい菌は死んでしまうかと言うと、死なない。新型がまたできて、新しいワクチンをまたつくる。ずっと、そういう戦いなんですよ。ですから、アンパンマン対バイキンマンの戦いというのは、永遠に続いていくわけです。
(略)
 世の中もこれと同じで、例えば、反対派を全部やっつけてしまうと、ファシズムになるんです。全体主義になってしまうと、その国家はいずれ滅亡していく。この反対派があって、バランスよく、うまくいっている場合こそが健康といえるんです。
何のために生まれてきたの?
『どっちが正義でどっちが悪?』
 正義のための戦いなんてどこにもないのです。
 正義はある日突然逆転する。
 逆転しない正義は献身と愛です。
 それは言葉としては難しいかもしれないけれど、例えばもしも目の前で飢えている人がいれば一切れのパンを差し出すこと。
『悪い人にも正義感はある』
 世の中にはある程度の悪がいつも必要なのです。現実の社会はそういうところが厳しい。ぼくはみなさんが社会に出る厳しさを思うと、そういう絵本も読んだ方がいいのではないかと思って「チリンのすず」を書きました。
『身近な人の幸せを祈る』
 最後に「アンパンマンのマーチ」の全部の歌詞を紹介して正義の話を終わります。
 ぼくが正義という言葉に込めたい思いは、この詞の中にあります。
わたしが正義について語るなら
『カメレオン体質』
 戦争は狂気です。なんでもない普通の温厚な人物が狂ってしまう。隠れていた獣性が剥きだしになる。誰でもジギルとハイドの二重人格を持っており、平素はそれが抑制されているだけです。
 日本人を悪魔のように罵倒する反日運動があります。しかし立場を変えれば同じになる。憎悪を極端に扇動すれば、また戦争になって流血は避けられない。真に憎悪するべきは戦争です。
 核兵器はもちろん廃絶すべきですが、劣化ウラン弾もその他いっさいの兵器も廃絶すべきです。ぼくは軍隊を増強している国はすべて信用できません。平和のための戦争なんてそんなのは幻想ですよ。
人生なんて夢だけど
『アイマイ』
 ぼくは、一番にくむべきは戦争であって、戦争は絶対にしてはいけない、国境も人種的差別もなく人類というグローバルな視点を望むものですが、残念ながら、それが絶対に無理ということもしっかりと承知してアイマイに暮らしている。
オイドル絵っせい 人生、90歳からがおもしろい!
<アンパンマンについて>
やなせ先生の言葉
『』は文章が含まれる節のタイトル
引用元
『オーラ』
 ところが全く生きていないもの、たとえば漫画のキャラクターにもオーラがあるんですね。手じかなところで自分の作品を例にあげるとアンパンマンにはオーラがある。
 でてくるだけで明るくなる。シリーズには2000種類以上のキャラクターがあるが、他のキャラクターは人気はあってもオーラを感じない。アンパンマンの光をうけてそれを反射して光っている。
 おもしろいですね。なぜそうなるのかは解りません。偶然のえにしでこのキャラクターに巡り逢えたのは幸運でした。
 手塚治虫氏にも無数の人気キャラクターがあるが、オーラを放つのは鉄腕アトム。ディズニーの場合はミッキーマウス。
 登場しただけで何もしなくても存在感がある。
 時々全く素人の人にアンパンマンの着ぐるみに入っていただくことがある。
 仕事が終わって感想を聞くと、「人生観が変わりました」という人が多い。
 どういう風に変わったのかよくわからないが、とにかく気分は良さそうである。
オイドル絵っせい 人生、90歳からがおもしろい!
Q31 アンパンマンの技は、いくつありますか?
(やなせもひとこと)アンパンマンはいっさい武器を使いません。ナイフもピストルも光線も。

Q6 アンパンマンは、何を食べているのですか?
(略)ほかの登場人物が食事をするシーンはたくさんありますが、アンパンマンが何かを食べているシーンはまったくありません。
アンパンマン役の声優、戸田恵子さんは『アンパンマンになりたい私』というご自身の本の中でこう書いています。「・・・丸六年になり、役300本も録音をしているのに、アンパンマンが食事をするシーンは一度も見たことがありません」

Q36 アンパンマンは、ばいきんまんをやっつけるだけで、なぜ捕まえないのですか?
(やなせもひとこと)アンパンマンとばいきんまんは、光と影、陰と陽、あるいはプラスとマイナスのような関係です。どちらか一人だけでは存在できません。お互いそのことをよく知っているのでしょう。

Q38 アンパンマンのアンパンチは、ばいきんまんをどこまでぶっ飛ばせるのですか?
遠い遠い空の彼方までです。多くの場合は、ばいきん城までぶっ飛ばします。
(やなせもひとこと)超高速でばいきんまんを、自宅まで送ってやっているとも考えられますね。ばいきんまんは、ぶっ飛ばされても絶対に死にませんから。

Q39 アンパンマンに、恋人はいるのですか?
(やなせもひとこと)そうですね。アンパンマンは、だれに対しても公平ですし。正義の味方は、ちょっぴり孤独で寂しいですね。

Q4 ばいきんまんは、なぜアンパンマンをやっつけようとするのですか?
(やなせもひとこと)アンパンマンと闘うために存在しているからです。正義は、悪がなければ成り立たないのです。

アンパンマン大研究
『おしまいに』
 ぼくが「アンパンマン」の中で描こうとしたのは、分け与えることで飢えはなくせるということと、嫌な相手とでも一緒に暮らすことはできるということです。
 「マンガだからできることだ」「現実にはムリだ」なんて言わずに、若い人たちが真剣に考えてくれればうれしいです。
ぼくは戦争が大きらい
『正義のヒーローはいつもみんなの人気者なのか?』
 アンパンマンは太陽みたいな存在でね。みんなあまり気がついていないけど、アンパンマンに対比して他のキャラクターを好きになっているのですね。これはぼくも話を書き始めてから気がついたことだけど、アンパンマンはやっぱり主役で中心なのです。アンパンマンの光を受けて他のキャラクターはみんな生きている。一番光を受けているのはばいきんまんですが、他のキャラクターもみんな受けています。
 その点でアンパンマンは非常に重要です。面白いキャラクターはたくさん出てくるんですけど、その時アンパンマンがいないとあまり面白くないのです。
わたしが正義について語るなら
『悪役』
 面白いドラマは、悪役がよくできているものが多い。「宝島」にしても、西部劇の名作「シェーン」にしても、悪役がいい。影がよければ光は生きる。ばいきんまんが影で、アンパンマンが光です。
人生なんて夢だけど
『三つの出発点』
 この最初の絵本で、ぼくが描きたかったのは、顔を食べさせて、顔がなくなってしまったアンパンマンが空を飛ぶところだ。
 顔がないということは、無名ということ。ボオ氏と考え方は同じである。
 (略)
 顔パスというのがある。この世界は顔で通用するところがある。政治家もそうだし、タレントもそうだ。自分の顔を売ってそれで生活する。顔売り商売である。プライバシーがないと騒ぐのは間違っている。顔を売った以上はプライバシーは失う。覚悟しなくてはいけない。
 普通の人は無名である。顔は知られていない。
 顔がなくなってしまったアンパンマンは、エネルギーを失って失速する。この部分が描きたかったのだ。
アンパンマンの遺書
<アンパンマンのマーチについて>
やなせ先生の言葉
 『』は文章が含まれる節のタイトル
引用元
『特別対談 戸田恵子×やなせたかし』
戸田「アンパンマンのマーチは三木たかし先生の作曲で作詞が先生ですけど、曲が先だったんですか?詞が先だったのですか?」
やなせ「あれは曲が先だった。曲が送られてきて、メロディを聞いているうちに詞ができちゃった。メロディがいいとね、メロディ自身が歌っているから詞はかんたんにできる。」
オイドル絵っせい
 人生、90歳からがおもしろい!
『詩先、メロ先』
 ぼくの場合はおこがましいが三木たかし氏が「アンパンマンのマーチ」を送って下さったカセットテープのメロディーを聞いているうち自然にあの曲が出来てしまった。メロディーがすでに歌っているのでぼくはそれをただ書き写せばよかった。あの中で「そんなのはいやだ」という言葉があるがもし詩が先だったら絶対にあの言葉は出て来なかったと思う。
『老年スベリ台』
 アンパンマンのテーマソングの中に「愛と勇気だけが友だちだ」という言葉がある。「アンパンマンは愛と勇気だけで友だちはいないんですか?」と質問されることがある。友だちも仲間も大勢いる。友情で結ばれている。しかし命がけで自分を犠牲にしても戦う時は自分ひとり、他人の協力をアテにしないということだ。
オイドル絵っせい
これじゃあ死ぬまでやめられない!
『正義でいばってるやつは嘘くさい』
「アンパンマンのマーチ」の中に、
愛と勇気だけが友達さ
 という歌詞があります。それで抗議がきたことがあるんだけど。これは、戦う時は友達をまきこんじゃいけない、戦う時は自分一人だと思わなくちゃいけないんだということなんです。お前も一緒に行けと道連れをつくるのは良くないんですね。無理矢理ついてくるなら仕方ないけどね。
 横断歩道もみんなでわたれば怖くない、悪いことをする時にも群衆でやれば怖くないというのがあるけれど、責任は自分で負うという覚悟が必要なんだということです。
わたしが正義について語るなら

<引用元の本たち>

本の名前 発行年月
発行元
説明
ぼくは戦争が大きらい 2013年12月21日
小学館クリエイティブ
取材・構成 中村晴行
やなせ先生の戦争体験について、インタビューをまとめたもの。
当然ですが、戦争の話はこれが一番詳しいです。
アンパンマン大研究 1998年6月
フレーベル館
やなせたかし・鈴木一義 編著
中学校の先生である鈴木一義氏が教え子たちの質問に答え、それにやなせ先生が(やなせもひとこと)で補足をしたり「その通り」と言ったり「違います」と修正をしたりしています。イラストも沢山で楽しいです。
人生なんて夢だけど 2005年2月
フレーベル館
新聞に連載された自伝をまとめたもの。
ものすごく面白いです!この後にも、やなせ先生は何度も自伝的な文章を書かれますが、これが一番だと思う。
NHKはこれを朝ドラにすればいいのに。
わたしが正義について語るなら 2009年12月10日
ポプラ社
<未来のおとなへ語る>シリーズの中の1冊。
アンパンマンを中心に、半分くらいは自伝です。やなせ節の大事なところが分かりやすく書かれているように思います。
何のために生まれてきたの? 希望のありか 2013年2月19日
PHP研究所
NHKBSプレミアムの番組「100年インタビュー/漫画家・やなせたかし」を元に作成されたもの。
インタビュアーがいいのかな、聞きたい話が出てくる出てくる。
オイドル絵っせい 人生、90歳からがおもしろい! 2009年7月22日
フレーベル館
高知新聞での連載エッセイを抄録、まとめたもの。
世の中のことについて、そのときどきの仕事について、体調について、リズミカルな文章で語られています。
オイドル絵っせい
これじゃあ死ぬまでやめられない!
2014年2月26日
フレーベル館
オイドル絵っせいの続編。
タイトル通り、亡くなるまで仕事を続けられました。
やなせたかし みんなの夢まもるため 2014年6月25日
NHK出版
NHKの追悼番組を本にしたのだと思います。やなせ先生の文章や絵が沢山入っています。
絵は白黒ですが、いちいちハッとさせられます。素晴らしいものばかり。
やなせ先生の本を1冊も持っていない人にどれか勧めるなら、これかもしれません。
アンパンマンの遺書 2013年12月17日
岩波書店 (1995年2月刊行の文庫版)
一番最初に書かれた自伝。他の本と内容は同じですが、ところどころ詳しいところがあります。面白く、勇気づけられる。
本の最後は遺書っぽく締められていますが、その後もやなせ先生は20年近く活躍されました。2013年版には「九十四歳のご挨拶」が加筆され、亡くなる半年ほど前の遺稿となっています。
おとうとものがたり 2014年9月
フレーベル館
弟さんをテーマにした詩集。幼いころから、亡くなって時間がたったころまで。添えられた絵もぐっときます。

やなせたかし先生、沢山の暖かい作品をありがとうございます。
先生の、年齢を重ねるごとに可能性を開いていくお姿は、私に勇気を与えてくれます。
いただいたものを大事にしていきますね。
やなせ先生みたいに、ユーモアも忘れずに!

(2014.10.10)(2015.9.27 手直し)(2016.3.16追記)(2016.3.20追記)(2016.3.27追記)