東京高判昭和58年6月23日(昭和56年(行ケ)第45号)

1.事案の概要
 X(原告)は,発明の名称を「露光量制御装置」とする発明(以下,「本願発明」という。)を,昭和45年1月7日に出願した昭和45年特許願第2456号の分割出願である昭和50年特許願第4022号(特公昭53-3260号公報,特許第929525号)の分割出願として,昭和52年7月11日に分割出願した(昭和52年特許願第81962号。)
 本願は昭和53年8月9日に特許出願公告(特公昭53-27609号特許公報)されたが,特許異議の申立後,昭和55年5月16日拒絶査定があったので,Xは,昭和55年8月6日審判の請求をした。特許庁は該請求を,昭和55年審判第14345号事件として審理したが,昭和55年12月25日,本願発明は特許第584216号(特願昭40-58409号,特公昭45-4903号特許公報)の特許請求の範囲の第一番目に記載された発明(以下「先願発明」という。)と実質的に同一なものと認められるので,特許法第39条第1項の規定によつて特許を受けることができないとして,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
 X出訴。
 本願発明の要旨は,以下のとおりである。
  「一定周期のパルスを基準パルス信号として用いて,被写体光量に対応したアナログ的電気信号を被写体光量に対応したデジタル信号に変換し,該デジタル信号をデジタル的に記憶し,この記憶値に相応して露光量を制御する様にしたことを特徴とする一眼レフカメラの露光量制御装置。」

2.争点
 本願発明は先願発明と同一であるか。

3.判決
 請求棄却。

4.判断
「一 請求の原因一ないし三の事実は,当事者間に争いがない。
二 そこで,Xが主張する審決取消事由の存否について検討する。
  (一) 具体的構成上の相違について
    成立に争いのない甲第2号証及び第3号証により本願発明と先願発明とを比較すると,両者は,被写体光量に対応して発生したアナログ的電気信号(具体的には電圧の大きさ)を,これに対応するデジタル信号(具体的にはパルス数)に変換(AD変換)して,この記憶値に基づいて露光量をデジタル的に制御するようにした一眼レフカメラの露光量制御装置であるという基本的構成を同じくするが,被写体光量に対応して発生したアナログ的電気信号を,これに対応したデジタル信号に変換することについて,先願発明が,その特許請求の範囲において「撮影光の強さに対して直線的関係で発生するパレス数を計数し・・・」という表現により,これを上位概念的に規定しただけで,そのために必要なAD変換器の具体的種類について特に限定がないのに対し,本願発明は,その特許請求の範囲において「一定周期のパルスを基準パルス信号として用いて,被写体光量に対応したアナログ的電気信号を被写体光量に対応したデジタル信号に変換し,」という表現によつて,電圧−時間変換形のAD変換器を用いることに限定している点に一応の差異が認められ,なおまた先願発明の明細書には,前記AD変換を行うことについて,電圧−周波数変換形のAD変換器を用いる実施例しか示されていないことが認められる。
    しかしながら,成立に争いのない甲第4号証,第7号証,乙第1号証及びそれらが一般的な解説書であること,それらの発行年月日など弁論の全趣旨によれば,先願発明出願前に,所謂計数方式のAD変換器の典型例として,電圧−時間変換形と電圧−周波数変換形とがあり,相互に置換可能な互換性のある周知の技術手段として知られ,これらのAD変換の技術を光学技術に利用することも同じく周知であつたことが認められる。従つて右周知事項及び前掲甲第3号証によつて認められる先願発明の目的を考慮すると,前記認定の,所謂AD変換することについての先願発明における構成要件の規定は,前期認定の実施例に限定されるものではなく,計数方式のAD変換器として,本願発明のように電圧−時間変換形のAD変換器を用いる場合も包含し,その利用も要件を充足するものとすべきことが認められる。
    そうすると本願発明が,計数方式のAD変換器として電圧−時間変換形を用いることに限定した点を把えて先願発明と別発明を構成するものと認めることはできず,これと実質的に同一した審決の判断に誤りはなく,この点に関するXの主張は採用できない。
  (二) 作用効果の相違について
    前掲甲第4号証,第7号証,乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば,計数方式のAD変換器として,電圧−時間変換形と電圧−周波数変換形とを比較した場合,その基本的な動作原理体からみて,いずれがより回路が簡単であるとか,より精度がよい,といつた本質的な相違は見出し難く,また具体的回路構成としては種々のものが想定できるから,特定の回路構成に限定しない限り,Xが主張するような回路構成の簡単さ,変換精度の対比は不可能であるし,また仮に電圧−周波数変換形に比し電圧−時間変換形による方が変換精度の向上が期待し易いとしても,そのためには,それなりの具体的な回路構成上の条件が前提として必要であり,しかもその程度の概念的なことは,電圧−時間変換形のAD変換器が一般的に有する性質として本願発明の出願前に普通に知られていた(例えば甲第7号証第25頁右欄参照)ことが認められる。
    しかも前記認定のとおり電圧−時間変換形のAD変換器を用いる場合も周知技術として先願発明の構成要件に包含されるものであるし,前掲甲第2号証,第3号証によれば,本願発明及び先願発明のいずれもAD変換器の具体的な回路構成そのものは,その発明の構成要件とはしていないことが認められるから,結局,本願発明においてAD変換器として電圧−時間変換形に限定したことにより格別の作用効果を生ずるとするXの主張は当を得ないものであつて採用できない。
  (三) 構成要件の看過について
    前記認定のとおり,本願発明も先願発明も,計数したパルス数の記憶値に相応して露光量を制御するようにした構成として共通しており,前掲甲第2号証,第3号証及び弁論の全趣旨によれば,先願発明はX主張のように記憶値に基づいて露光量の制御をするのにシヤツター制御用時定回路と,該時定回路を作動させる選択回路とを用いているが,これは前記のような露光量の制御をする具体的手段として,普通に採用されるシヤツター速度の制御手段を単に規定したに過ぎず,本願発明における「記憶値に相応して露光量を制御する」構成は,当然先願発明の構成にそのまま具備されていることが認められ,この点において両者の間に実質上の相違があるものとはみることはできず,従つてまたこの点について同一性判断の上で本願発明の新規性を看過したとのXの主張も採用できないところである。
三 そうすると,審決の違法を理由にその取消を求めるXの本件請求は,失当として棄却するほかはない。よつて,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の各規定を適用して,主文のとおり判決する。」