1.事案の概要
X(原告)は,名称を「三次元罫書き装置」とする発明について,1958年(昭和33年)3月24日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して,昭和34年3月23日特許出願をしたが,昭和35年8月5日拒絶査定を受けたので,昭和36年1月10日これに対する抗告審判を請求したところ(昭和36年抗告審判第29号),昭和41年10月5日出願公告された。その後,藤岡精工株式会社ほか2名から特許異議の申立があった後,特許庁は「本願発明は,昭和7年実用新案出願公告第10628号公報(以下「第1引用例」という。),米国特許第2594457号明細書(昭和27年9月15日特許庁資料館受入)(以下「第2引用例」という。)及び特許第119659号明細書(以下「第3引用例」という。)に記載された技術内容から当業者が容易に推考し得るものであり,旧特許法(大正10年法律第96号)第1条の発明とはいえない。」として,昭和44年5月28日,請求不成立の審決をした。
本願発明の要旨は「(1)横向に走る細長い案内装置を有する水平定盤で使用するための罫書き装置にして,(2)前記案内装置に沿つて滑動可能に前記定盤上に支持されるべき底部材と,(3)右底部材から前記定盤に対して直角に延出した直立脚柱と,(4)右直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置と,(5)前記直立脚柱に対し直角方向に摺動し得るように前記取付用加減装置によつて担持され右加減装置に対し軸線方向の相対運動は可能であるがその軸線のまわりの回転運動は錠止された細長い横棒と,(6)右横棒上にその軸線に対し平行に設けられた第一目盛と,(7)前記直立脚柱上にその軸線に対し平行に設けられた第二目盤と,(8)前記横棒の一端に隣接して装架された第一及び第二の罫書き針を有し,(9)右第一の罫書きは針は前記第一目盛に直角な面内で枢動し得るようにされて定盤上の工作物上の相隔たる点間の水平距離を前記第一目盛上で測定することができ,(10)前記第二の罫書き針は前記第二目盛に直角な面内で枢動可能にされて,工作物上の相隔たる点間の垂直距離を前記第二目盛で測定することができる」罫書き装置(別紙図面参照)というものである。
X出訴。
2.争点
本願発明の構成が各引用例に記載された技術であるが,本願発明の作用効果が,本願発明における各構成の結合によりはじめてもたらされたものであって,各引用例のものには見られない顕著なものである場合,本願発明は,各引用例記載の技術から容易に推考し得るということができるか。
3.判決
審決取消。
4.判断
「一 前掲請求の原因事実中,本願発明につき,出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続,発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで,右審決の取消事由の存否について判断する。
(一)前示・・・の本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第1号証(本願特許公報)によれば,本願発明はその要旨中,(1)ないし(10)の事項により構成されていることが認められるが,その各構成がいずれも本願出願当時公知であつたことはXの自認するところである。そして,一方,本願出願前公知の各引用例に審決認定の技術が開示されていることはXの自認するところであるが,右事実によると,第1引用例に示されている技術は本願発明の(1)ないし(4)と同一構成の取付用加減装置であり,第2引用例に示されている技術は本願発明の(4)ないし(7)と同一構成の罫書き装置であり,また,第3引用例には,本願発明の(8)ないし(10)の構成のうち,罫書き針をその取付部材に対し直角な面と水平な面とに枢動し得るようにした技術が示されているものということができる。したがつて,本願発明は,いずれにしても,複数の公知技術の寄せ集めによつて構成されているものといわなければならない。
(二)ところが,本願発明がその構成の寄せ集めによりX主張の前掲・・・の作用効果を奏することは当事者間に争いがない。そして,その作用効果が従来技術によつて得られるものか否かについて検討すると,次のとおりである。
1 成立に争いのない甲第4号証(第1引用例)によれば,第1引用例のものによつては,工作物の前面及び後面に水平線を罫書くことができるが,左側面及び右側面には水平線を罫書くことができないことが,成立に争いのない甲第5号証(第2引用例)によれば,第2引用例のものによつては,工作物の前面,後面,左側面及び右側面のいずれにも水平線を罫書くことができないことが,また,成立の争いのない甲第6号証(第3引用例)によれば,第3引用例のものによつては,工作物の前面及び右側面に水平線を罫書くことができるが,工作物の後面及び左側面には水平線を罫書くことができないことがそれぞれ認められるから,結局,いずれの引用例のものによつても工作物の左側面には水平線を罫書くことができないものといわなければならない。ところが,前出甲第1号証によれば,本願発明において水平線の罫書きが可能な工作物の面は,前面,後面,左側面及び右側面のすべてにわたるものであることが認められる。したがつて,本願発明の・・・の作用効果は,少くとも工作物の左側面上の水平線の罫書きも可能な点において,各引用例にない新たなものというべきである。
2 前出甲第4ないし第6号証によつても,各引用例のものの罫書き針が工作物の穴に到達可能な構造をしていることは示されていないから,これによつて工作物の穴の中の罫書きが可能であるということはできない。したがつて,本願発明の・・・の作用効果は各引用例にない新たなものというべきである。
3 前出甲第6号証によれば,第3引用例のものにおいては,横棒を定盤上の工作物の一方の側から反対側に移すことができない(これがため,前記のように,工作物の後面に水平線の罫書きも不可能になる。)ことが認められ,また,前出甲第5号証によれば,第2引用例のものは,もともと,型板の外形を投影する湾曲面上に所要の曲線を描くことを意図したものであつて,立体罫書き(三次元の罫書き)を意図したものではないため,罫書きをするには,横棒を柱上に固定して摺動させず,基部を基盤上に動かすことによるほかなく,また,定盤上には横棒を工作物の一方の側から反対側に移動させる案内装置もない(これがため,前記のように,工作物のいずれの面の水平線の罫書きも不可能になる。)ことが認められる。したがつて,第2,第3引用例のものには,横棒を移すだけで工作物の両側を引続いて罫書きすることを可能にする作用効果を期待することができない。ただ,前出甲第4号証によれば,第1引用例のものは,一応,そのような作用効果を有する(これがため,前記のように,工作物の後面に水平線を罫書くこともできる。)ことが認められるが,同時に,右引用例においては,横棒を工作物の一方の側から反対側に移すには工作物の上を跨がせる構造のため,工作物の丈が高きに過ぎて横棒を移すことができない場合も生じ得ることが認められる。したがつて,本願発明の・・・の作用効果は,少くとも工作物の丈にかかわらず,罫書き針を装架した横棒を移動させるだけで定盤上の工作物の両側を引続いて罫書きすることが可能な点において,各引用例にない新たなものといわなければならない。
4 次に,前出甲第6号証によれば,第3引用例のものにおいては,一本の罫書き針を,水平線罫書きと垂直線罫書き,あるいは縦線罫書きと横線罫書きとの相互移行の都度,回転番の上部孔と側部孔とに付け替えて用いるものであること,そのため,操作が繁雑たるを避けられず,また,付け替の際,基準点の精度が狂うおそれもあることが認められるから,同引用例のものと,本願発明のように,水平方向の罫書と垂直方向の罫書きとにそれぞれ専用の罫書き針を備えたものとの間におのずから作用効果上の差異が生じるのは当然である。したがつて,本願発明の・・・の作用効果は右引用例にない新たなものというほかなく,これに牴触するYの主張は理由がない。
5 しかし,第3引用例のものにおいても,罫書き針の先端が横棒の先端から出てさえいれば,これにより横棒に平行な面は勿論,直角な面に罫書くことは可能であると考えられる。したがつて,本願発明の・・・の作用効果を引用例にない格別なものということはできない。
(三)以上によれば,少くとも右・・・の作用効果(ただし,・・・のそれは一部)は,本願発明における各構成の結合によりはじめてもたらされたものであつて,各引用例のものには見られない顕著なものというべきであるから,本願発明は,その構成が公知であつて各引用例記載の技術であるとはいえ,これから容易に推考し得るものということはできない。したがつて,審決が右作用効果を看過し,本願発明をもつて各引用例記載の技術内容から当業者が容易に推考し得るものと判断したのは誤りというべきであるから,審決は違法たるを免れない。
三 よつて,本件審決の違法を理由にその取消を求めるXの本訴請求を正当として認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して,主文のとおり判決する。」