1.判決
審決取消。
2.争点
旧特許法(大正10年法律第96号)32条でいう「国」とは,わが国によって外交上承認された国家だけを指すか。
3.判断
審決取消。
「(当事者間に争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯,本件審決理由の要点が,いずれも,X主張のとおりであることは,当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 Xが肩書地を本店所在地とし,日本国内に営業所を有しない外国法人であることは,本件弁論の全趣旨に徴し,明らかである。
ところで,旧商標法(大正10年法律第99号)第24条によつて準用せられる旧特許法(大正10年法律第96号)第32条は,「外国人ニシテ国内ニ住所ヲモ営業所ヲモ有セサルモノハ・・・其ノ者ノ属スル国ガ日本国民ニ対シ其ノ国民ト同一ノ条件ニ依リ特許権及特許ニ関スル権利ノ享有ヲ認メ又ハ其ノ者ノ属スル国ニ於テ日本国カ其ノ国民ニ対シ特許権及特許ニ関スル権利ノ享有ヲ認ムルトキハ日本国民ニ対シ其ノ国民ト同一ノ条件ニ依リ特許権及特許ニ関スル権利ノ享有ヲ認ムルコトト為ス場合ヲ除クノ外特許権又ハ特許ニ関スル権利ヲ享有スルコトヲ得ス」と規定し,いわゆる相互主義を認めている。その立法趣旨は,特許権及び特許に関する権利の享有に関し,日本国民に対し,自国民と同一の法律上の地位を与える国の国民に対しては,国際互譲の見地から,わが国においても,日本国民と同一の法律上の地位を与えようとするものであるが,同条にいわゆる「国」が,わが国によつて外交上承認された国家だけを指称するものと解するのは相当ではない。けだし,ある国を外交上国家として承認するか否かは外交政策上の問題たるに止まり,その国が国家としての実質的要件,すなわち一定の領土及び人民のうえに,これを支配する永続的かつ自立的な政治組織を具有している場合であつて,わが国民に対しても特許権及び特許に関する権利の享有を保障するに足る法秩序が形成されている場合には,その国の国民に対しても特許権及び特許に関する権利の享有を認めることが,相互主義を定めた同条の趣旨にそうゆえんであり,また,いわゆるパリー条約の定める平等主義の建前からみても相当だからである。この点に関し,Yは,未承認国に対し右相互主義の適用が認められるにはわが国政府によるその旨の決定,宣明が必要であると主張するが,わが実定法規はかような手続要件につきなんらの規定を設けていないばかりでなく,これを必要とすると解釈すべき根拠も見出すことはできないから,たとい未承認国であつても法所定の各要件を充足していると認められる限り,当然にこれにつき相互主義の適用があるものというべきである。
そしてドイツ民主共和国(東ドイツ)が,第二次世界大戦の結果,旧ドイツ国に対する占領政策の遂行上これが二分されて,ドイツ連邦共和国(西ドイツ)とともに成立したもので,両者とも前記のような国家としての実質的要件を具備し,国家として実際上の活動を続けているものであり,かつ,その間に正統政府を呼称しての対立抗争があるわけのものでもないことは,当裁判所に顕著な事実であり,かつ,成立に争いのない甲第4ないし第9号証によれば,ドイツ民主共和国も,略々わが国の商標法と類似の規定を有し,わが国民に対しドイツ民主共和国の国民と同一の条件により,商標権及び商標に関する権利の享有を認めている事実を認めることができる。したがつて,ドイツ民主共和国は,わが国において外交上承認された国家でないことは顕著な事実であるが,旧商標法第24条によつて準用せられる旧特許法第32条にいう「国」に該当するものと解するのが相当であり,相互主義の適用を認めて,同国法人であるXに対し特許権及び特許に関する権利(商標権及び商標に関する権利)の享有を認めるべきものといわなければならない。そして商標に関する審判の請求権が右の商標に関する権利に包含されることは多く言うをまたずして明らかなところである。
しかるに,この点の判断を誤り,Xに対して相互主義の適用を認めず,本件商標登録無効審判の請求をするについて当事者能力を有しないものとしてこれを却下した本件審決は,その余の点についてさらに判断するまでもなく,違法として取消を免れない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから,前記の点に判断を誤つた違法があるとして,本件審決の取消しを求めるXの本訴請求は,理由があるものということができる。よつてこれを認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条を適用し,主文のとおり判決する。」