東京高判平成15年8月27日(平成14年(行ケ)第376号)

1.事案の概要
 X(原告)は,平成8年8月9日,発明の名称を「格子状枠消波敷設材を使用した海岸の養浜工並びにその築造方法」とする発明につき特許出願(平成8年特許願第242461号。この出願を「本件出願」といい,同出願に係る発明を「本願発明」という。)をし,平成9年7月22日付けで手続補正の申立てをした。平成9年7月22日付け手続補正書による補正後の本願発明は,次のとおりである(以下,次に記載する【請求項1】に係る発明を「本願発明1」という。)。
  「【請求項1】 溝形鋼,山形鋼,H形鋼または鉄筋コンクリート等の耐せん断力および引張抵抗力を有する材料をもって内方区画され,石またはブロック等の消波材が係合し,抜脱しない所要の大きさの格子状目を形成した格子状枠消波敷設材と,その上に設置,積層された石またはブロック等の消波材とにより築造され,海岸の汀線付近に汀線にほぼ平行に連続して設置され,波浪により自動的に沈下した消波構造物,および該消波構造物の背面陸側に堆積された砂とによって構成されることを特徴とした海岸の養浜工。
   (請求項2以下,略。)」
 特許庁は,上記手続補正を認めた上,本件出願について,平成12年1月28日付けで特許を拒絶すべき旨の査定(以下「本件拒絶査定」という。)をした。
 Xは,本件拒絶査定を不服として,平成12年3月3日,審判請求(以下「本件審判請求」という。)をするとともに,平成12年3月16日付けで手続補正の申立て(以下「本件手続補正」という。)をした。本件手続補正による補正後の本願発明(以下,次の「請求項1」に係る発明を「本願補正発明1」という。)は,次のとおりである。
  「【請求項1】 溝形鋼,山形鋼,H形鋼または鉄筋コンクリート等の耐せん断力および引張抵抗力を有する材料をもって内方区画し,石またはブロック等の消波材が係合できて,抜脱しない所要の大きさの格子状目を形成した格子状枠消波敷設材を連続して海岸の汀線付近に,汀線にほぼ平行に設置し,前記格子状枠消波敷設材の上に石またはブロック等の消波材を載置し,前記格子状枠消波敷設材と,前記石またはブロック等の消波材とを係合させ,積層して消波構造物を築造し,該消波構造物を波浪により自動的に沈下設定させるとともに,前記消波構造物の背面陸側に砂を堆積させたことを特徴とする海岸の養浜工。
   (請求項2以下,略。)」
 特許庁は,本件審判請求事件を不服2000-3019号事件として審理し,本願補正発明1は,特開平7-3739号公報(平成7年1月6日発行,以下「本件刊行物」という。)記載の発明(以下「本件刊行物発明」という。),周知事項(例えば,実公昭56-55297号公報,特公平7-30534号公報に記載のとおり。以下,前者の刊行物を「本件周知例1」と,後者の刊行物を「本件周知例2」といい,両者を併せて「本件各周知例」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとして,平成14年6月18日,本件手続補正を却下する旨の決定(以下「本件補正却下決定」という。)をするとともに,本願発明1は,本件刊行物及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,として「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
 X出訴。

2.争点
 相違点の認定及び容易想到性判断の誤り。

3.判決
 請求棄却。

4.判断
「第4 当裁判所の判断
  1 取消事由2(本件審決の相違点の認定及び本願発明1と本件刊行物発明との相違点に係る構成についての容易想到性の判断の誤り)について
    (1)本件審決は,「本願発明1は,消波構造物が海岸の汀線付近に汀線にほぼ平行に連続して設置され,上記消波構造物の背面陸側に堆積された砂とによって構成される海岸の養浜工であるのに対し,本件刊行物には,上記消波構造物が養浜工に用いられることが明記されておらず,したがって,上記消波構造物が,海岸の汀線付近に汀線にほぼ平行に連続して設置されることも,上記消波構造物の背面陸側に堆積される砂のことについても明記されていない点」を相違点として認定しているところ,Xは,本件刊行物(甲3)には,消波構造物を養浜工に用いることが明記されていないだけでなく,消波構造物を養浜工に用いることを示唆し,あるいは消波構造物が養浜に使用できることを予測できるような記載は一切ないのであって,このことも相違点に加えた上で本願発明1の進歩性について判断がされなければならない旨主張する。
      ところで,出願に係る発明が進歩性を有するか否かの判断は,一般には,当該発明の構成等の特許発明特定事項と特定の公知発明のそれとを対比して一致点及び相違点を明らかにした上,この相違点に係る構成等が当業者において容易に想到できるものか否かの判断を第1次的に行い,同判断に加え,あるいは同判断の過程において,当該発明の課題,効果と上記公知発明のそれとの対比の結果を斟酌してこれを行うのが相当と考えられる。
      本件についてみれば,本願発明1の特許発明特定事項と本件刊行物発明のそれとを対比した場合,その相違点は本件審決認定の点・・・に尽きるというべきであり,本件刊行物に,消波構造物を養浜工に用いることを示唆し,あるいは消波構造物が養浜に使用できることを予測できるような記載は一切ないという点は,特許発明特定事項に関するものではなく,本件審決認定の上記消波構造物を上記相違点に係る用法とすることが当業者において容易に想到できるものであるか否かを判断するに当たって斟酌すべき事情であるにすぎない。
      本件審決の相違点の認定にX主張の誤りはない。
    (2)Xは,本願発明1が本件刊行物(甲3)及び本件各周知例(甲4,5)に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
      ア そこで,検討するに,本願発明1は,Xの先願特許である本件刊行物に記載された消波構造物を海岸の汀線付近に汀線にほぼ平行に設置し,波浪により自動的に沈下させることにより,上記消波構造物の背面陸側に砂が堆積されることによって構成される海岸の養浜工であることは,本件審決に認定するとおりである。
        上記のとおり,本願発明1で使用される消波構造物は本件刊行物に開示されているものと全く同じ構成のものであり,したがって,本件刊行物発明との相違点は,本件審決の認定するとおり,上記消波構造物を汀線に平行に設置し,これを養浜の用途に使用するとした点にあるということになる。
        しかして,特定の発明に係る物の新しい性質,機能を発見し,これを本来想定していた用途と異なる用途に利用することが,用途発明として上記物の発明とは別異の発明としての評価を受けることはあり得ることである。しかしながら,特定の発明に係る物が有する本来の性質,機能と異なる性質,機能を利用するといっても,その性質,機能が従来の公知技術から当業者において容易に想到できるものである場合や,それらが周知事項に属するものである場合には,少なくとも,その用途に係る発明に進歩性を認めることはできないというべきである。
      イ(ア)本願発明1についてみると,本件出願前に刊行された本件各周知例等には次のとおりの記載がある。
          a 本件周知例1(甲4)には,・・・との記載がある。
          b また,本件周知例2(甲5)には,・・・との記載・・・がある。
          c さらに,特公昭62-115224号公報(乙3)には,・・・と記載されている。
        (イ)上記(ア)認定の事実によれば,消波構造物が養浜に用いられること,これを養浜に用いた場合,その背面陸側に砂が堆積することは,本件出願当時,周知事項であったものと認められる。なお,Xも,本件出願の審査過程において提出した平成11年12月20日付けの意見書(乙1)において,・・・と記載し,また,本件審判請求の審判の過程で提出した平成12年3月16日付け手続補正書(乙2)において,・・・と記載し,消波構造物を養浜に用いた場合,その背面陸側に砂が堆積することが周知事項であることを認めていたものである。
          Xは,本件各周知例には,いずれも,養浜に用いる構造物について波浪の力に耐えるための対応策が何ら考慮されていないから,本件各周知例に記載の養浜の技術は,いずれも,空想の産物であり,養浜には程遠く,養浜について全く現実的な効果を期待できない陳腐な技術であるというほかなく,実用に供し得ない(産業上利用できない)ものであり,本件各周知例に記載の技術をもって周知事項というのは誤りである旨主張する。しかしながら,本件各周知例には,同各周知例記載の構造物を海底に設置した場合に,上記構造物の基部及びその付近に波浪が運んできた砂を堆積させる効果を奏することが開示されているというべきであり,本件各周知例記載の考案ないし発明に係る構造物が実際にどの程度に養浜の効果を有するかは別としても,上記に示された技術は自然の法則にかなうものと考えられ,これをもって単なる空想の技術であるということはできない。また,本件周知例1(甲4)には,・・・との記載があり,本件周知例2(甲5)には,・・・との記載があるのであって,これらの記載からすれば,本件各周知例に記載の構造物について,これを一定の波浪に耐え得る強度となるよう設計することは可能と認められる。したがって,本件各周知例記載の養浜の技術をもって全く実用に供し得ないものと断ずることはできない。
          なお,Xは,従来,消波構造物は,高さが通常の水面から3m〜5m,奥行は7m〜9mなくてはならないとされていたとし(甲10,11),これを根拠に,本件各周知例記載の構造物は,高さは定かでないが,奥行が全く考慮されていないので,消波能力,耐波能力は著しく小さく,それらは消波構造物ともいえない旨主張している。しかしながら,甲10(X作成の「格子網と格子カゴ 自然の海岸をとりもどす」と題する冊子)に記載の構造物は,消波構造物の一例を示すものにすぎない。また,甲11(土木学会・海岸工学委員会・研究現況レビュー小委員会「新しい波浪算定法 これからの海域施設の設計法」)は,平成13年10月31日に発行されたもので,本件出願後のものであるから,これに記載された構造物は本件出願時の技術レベルを示すものとはいえないし,上記構造物も消波構造物の一例を示すものにすぎない。したがって,本件各周知例記載の構造物が甲10,11記載の構造物の基準に合わないからといって消波構造物に該当しないということはできない。しかして,消波力の程度はともかく,その構造物の構成からして,消波の能力があると考えられる構造物について,これを消波構造物ということに何ら問題はなく,Xの主張は採用できない。
        ウ そうすると,本願発明1と本件刊行物発明との相違点・・・,すなわち,本件刊行物発明に係る消波構造物を汀線に平行に設置し,これを養浜の用途に使用するとした点は,本件刊行物発明に周知事項を適用して当業者が容易に想到できることというべきである。
          Xは,どのような構造物を用いれば,自然の猛威に耐えて安定した土砂を供給し,海浜の維持や造成が行えるかは従来から解決の困難な課題であったが,本願発明1はこの課題を解決し,恒久的に使用でき,抜群の養浜の効果を奏する養浜の構造と構成を提供するものである旨主張するが,本件に関していえば,上記課題の解決は,消波構造物をどのように構成するかにかかっているところ,本願発明1で用いられる消波構造物の構成は本件刊行物にすべて開示されているものであり,Xの主張する養浜工としての作用効果は上記消波構造物が本来的に有する作用効果にすぎないというべきであり,これをもって,本願発明1の進歩性を基礎づける格別の作用効果と解することはできない。
  2 取消事由1(本件補正却下決定の違法性と本件審判請求の対象となる発明の要旨の認定の誤り)について
    前記1(2)に説示した理由と同様の理由により,前記周知事項を本件刊行物発明に適用し,本願補正発明1と本件刊行物発明との相違点・・・に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できたことというべきである。
    したがって,本件補正却下決定にX主張の瑕疵はなく,本件審決が本件審判請求の対象となる発明の要旨の認定を誤ったということはできない。
  3 以上によれば,Xが取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
    よって,Xの本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。」