1.事案の概要
X(原告)と脱退原告ソニー株式会社(以下「ソニー」という。)は,発明の名称を「光ディスク用ポリカーボネート成形材料」とする特許第2672094号の特許(昭和62年7月29日特許出願,平成9年7月11日設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の共有特許権者であった。
本件特許に対し,特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを,平成10年異議第72099号事件として審理し,その結果,平成11年11月15日,本件発明は,刊行物である特開昭61-250026号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」7月号第38巻第7号14頁ないし23頁・昭和62年7月1日株式会社工業調査会発行(以下「刊行物2」という。)に記載された発明及び特開昭58-126119号公報(以下「刊行物3」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,と認定判断して「特許第2672094号の特許を取り消す。」との決定をした。
X及びソニー出訴。
なお,Xは,平成12年8月7日,ソニーから同社が有する本件特許の持分全部を譲り受け,その登録を了して,権利承継人として訴訟参加し,ソニーは,本件訴訟から脱退した。
本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
「ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって,該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」
2.争点
(1)相違点の看過の有無。
(2)顕著な効果の看過の有無。
(3)いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームで表される物の発明について,製法要件は,物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない以上,該発明の特許要件を考えるに当たっては,該発明の製法要件について,物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はないと判示された事例。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「第5 当裁判所の判断
1 本件発明について
本件発明を特定する特許請求の範囲の記載が,「ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって」との表現により,発明とされるのがポリカーボネート樹脂成形材料であることを明らかにしつつ,そのポリカーボネート樹脂成形材料の製造方法を規定した上で(以下「本件製法要件」という。),「該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」との表現により,発明とされるポリカーボネート樹脂成形材料の用途を特定しつつ,同樹脂中のハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下であるとの構造を規定しているものである(以下「本件構造要件」という。)。
本件発明が,製造方法の発明ではなく,物の発明であることは,上記特許請求の範囲の記載から明らかであるから,本件発明の上記特許請求の範囲は,物(プロダクト)に係るものでありながら,その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含するという意味で,広い意味でのいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。そして,本件発明が物の発明である以上,本件製法要件は,物の製造方法の特許発明の要件として規定されたものではなく,光ディスク用ポリカーボネート成形材料という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない。そうである以上,本件発明の特許要件を考えるに当たっては,本件製法要件についても,果たしてそれが本件発明の対象である物の構成を特定した要件としてどのような意味を有するかを検討する必要はあるものの,物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はない。発明の対象を物を製造する方法としないで物自体として特許を得ようとする者は,本来なら,発明の対象となる物の構成を直接的に特定するべきなのであり,それにもかかわらず,プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形による特定が認められるのは,発明の対象となる物の構成を,製造方法と無関係に,直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは,その物の製造方法によって物自体を特定することに,例外として合理性が認められるがゆえである,というべきであるから,このような発明についてその特許要件となる新規性あるいは進歩性を判断する場合においては,当該製法要件については,発明の対象となる物の構成を特定するための要件として,どのような意味を有するかという観点から検討して,これを判断する必要はあるものの,それ以上に,その製造方法自体としての新規性あるいは進歩性等を検討する必要はないのである。
本件発明は,光ディスク用ポリカーボネート成形材料において,含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食させる原因となっていることを見いだし,同成形材料中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素を1ppm以下とするとの構成により,記録膜の腐食による劣化,破壊が生じにくいように改善したものであって,本件製法要件は,含有されるハロゲン化炭化水素が1ppm以下であるとのポリカーボネート成形材料を製造するための製造方法であるものの,このこと以外に,本件発明の対象であるポリカーボネート成形材料の構造ないし性質,性状その他の構成自体を特定するための要件としての特段の意味を有するものであると解することはできない。このことは,本件明細書の次の記載から明らかである。
・・・
本件発明においては,本件発明の対象となる物は,本件構造要件により十分に特定されている。このことは,本件明細書の上記記載から明らかである。本件発明における本件製法要件は,本件特許の対象である光ディスク用ポリカーボネート成形材料の構成を特定するための要件としては,ポリカーボネート樹脂中に含まれる量が1ppm以下とされているハロゲン化炭化水素が,ビスフェノールとホスゲンとの反応によってポリカーボネート成形材料が得られる際の重合溶媒であることを意味する以外には,特段の意味を有するものと解することはできない。要するに,本件製法要件は,本件特許の対象である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」を製造するための方法を単に特許請求の範囲に記載したものにすぎず,それ以上に出るものではないのである。
そうである以上,物の発明である本件発明に特許を付与する要件となる新規性あるいは進歩性等を判断するに当たっては,本件製法要件は,本件発明の構成を特定する要件としては,上記の程度の意味しか有していないことを前提とした上で,これを判断すべきことになるのは,当然である。
2 取消事由1,2(本件発明と引用発明1との相違点の看過)について
Xは,@決定は,「本件発明の「非或いは貧溶媒」は,刊行物1に記載された発明の「固形化溶媒」と一致する」(決定書11頁16行〜17行)と認定しているが,誤りである,と主張し,その理由として,引用発明1は,「固定化溶媒」として従来法における「n-ヘキサン」等を使用するものであるのに対し,本件発明は,従来の溶媒と比べて比較的高い沸点の「n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン,トルエン」等を使用する点で相違するにもかかわらず,決定は,この相違点を看過した,A本件発明は,「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」する方法であるのに対して,引用発明1は,「固形化と同時に湿式粉砕する」方法である点において相違し,両者は製造方法自体が相違するのに,決定は,このような製造方法上の相違点を看過し,「多孔質の粉粒体」である本件発明のポリカーボネート成形材料と,引用発明1の「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子」を,製造方法上の差異がないから差がないものと誤って認定した,と主張する。
しかしながら,本件発明の「非或いは貧溶媒」及び「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」するとの要件は,いずれも本件製法要件中の要件であり,いずれも本件発明の対象となる物の構成,すなわち「重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では何らの意味も有しない要件であることは,前述のとおり本件明細書の記載から明らかである。Xの上記主張は,本件製法要件中の前記各要件が,製造方法として刊行物1に開示されていないとの主張であるにすぎない。上記に述べたところから明らかなように,物の発明である本件発明に,このような物の構成を特定する上で意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかの議論をする必要は全くないのであるから,Xの主張する前記取消事由は,いずれも失当である。
決定は,本件発明の進歩性を判断するに当たって,本件構造要件のみならず,本件製法要件に係る上記要件についても判断している。しかし,決定のこの判断手法を客観的に評価すれば,決定は,本来判断すべき他の論点に加え,本来判断する必要のない論点についても念のために判断した,ということになるにすぎない。これを,決定の結論に影響を与える瑕疵ということができないことは,当然である。
以上によれば,Xの取消事由1の主張は,本件発明の対象となる物の構成を特定する上で特段の意味のない本件製法要件に関し,製造方法としての新規性,進歩性についての議論をすべきであるとの主張であるから,その主張自体失当であるという以外にない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
Xは,決定は,本件発明と引用発明1との相違点の一つとして,「本件発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,前者が・・・該成形材料のカーボネート樹脂中に含有されるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である点・・・が構成要件とされているのに対し,後者が,それらの点が明記されていない点」(決定書16頁4行〜11行)を認定し,これを相違点2とした上で,この相違点につき,刊行物2に,「C揮発成分および不純物の除去 反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪影響を及ぼす可能性があるため,樹脂の精製および乾燥に充分配慮されている。」(決定書7頁6行〜10行)こと,及び,「「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物分析例として,反応溶剤をガスクロマトグラフで分折し,検知限界以下の分析結果」を得たこと(第16頁第4表)」(決定書7頁15行〜17行)が記載されている点を挙げ,「ペレット中の反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーの検知限界以下のできる限り小さい値に設定することは,当業者が容易にできることである。そして,本件明細書において,「上記で得たポリカーボネート乾燥粉体に・・・押出してペレット化し,塩化メチレンは1ppm以下で検出されず(ND),・・・成形材料を得た。」と記載されていることを勘案すれば,前記できる限り小さい値として,1ppmとすることは,当業者が容易に想到できることである。」(決定書17頁下から2行〜18頁7行)と判断しているが,誤りである,刊行物2には,反応溶媒がハロゲン化炭化水素であることは,何ら記載も示唆もされていない,と主張する。
Xが主張する取消事由2は,本件発明の本件構造要件である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である」に関するものであるから,プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて,前述したところによっても,X主張の上記取消事由は,本件発明の構成要件自体にかかわるものとして,それが認められるか否かが検討されなければならない。
(1)刊行物2には,Xの従業員による「光ディスク用特殊プラスチック ポリカーボネート」との表題の論文が掲載され,その中に次の記載がある(甲第4号証)。
@「現在光ディスク用基板材料としては,CD用にはポリカーボネート(PC)・・・が用いられている。本報では,・・・光ディスク用PCの特徴ならびに最近の技術動向について総括する。」(15頁左欄3行〜6行)
A「三菱瓦斯化学(株)の光ディスクグレード「H-4000」(判決注・ポリカーボネート樹脂の商品名)では,以下のような材料設計を行なっている。」(15頁右欄下14行〜15行)
B「揮発成分および不純物の除去 反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性があるため,樹脂の精製および乾燥に充分配慮されている。」(16頁左欄下から7行〜4行)
C「第4表 「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物分析例」,「反応溶剤 ガスクロマト 検知限界以下」(16頁第4表)
刊行物2の上記各記載によれば,刊行物2は,光ディスクに使用するポリカーボネート樹脂(上記@)において,樹脂中に残留する「反応溶媒」(重合溶媒),「反応副生物」,「未反応モノマー」等の「揮発成分」及び「不純物」が,「ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性がある」こと(B),それゆえ,光ディスクの長期安定性を改善する方策の一つとして,揮発成分である反応溶媒の残留濃度は,「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」(C)とすべきことを,教示するものと認めることができる。
(2)刊行物1には,「本発明は,ポリカーボネートの固形化方法に関し,・・・特に,光学用のポリカーボネート樹脂を製造する方法として好適なものである。」(甲第3号証1頁右下欄11行〜19行),「本発明のポリカーボネート樹脂溶液とは,従来のポリカーボネート樹脂の製法と同様の製法,即ち,・・・二価フェノール系化合物・・・を・・・ホスゲンと反応させることによって作られる芳香族ポリカーボネート樹脂のホモ−もしくはコ−ポリマーの溶液である。」(2頁左下欄1行〜8行),及び,「反応に使用する溶媒としては,塩素化された脂肪族または芳香族の炭化水素・・・特にメチレンクロライド(判決注・塩化メチレンと同一物質である。)が好ましい。」(3頁右上欄9行〜13行)との記載があり,上記各記載によれば,刊行物1には,「光学用」の「ポリカーボネート樹脂」が記載され,当該ポリカーボネート樹脂は,ハロゲン化炭化水素の1種である塩化メチレンを反応溶媒として使用することにより製造されるものであること,及び,上記反応は,重合によりポリカーボネートを製造する反応であることからして,上記反応に使用された「反応溶媒」は,「重合溶媒」であることが認められる。
乙第2号証によれば,ポリカーボネートの工業的規模の製造方法としては,エステル交換法,ピリジン法,ホスゲン法があること,このうち反応溶剤を使用するのは,ピリジン法とホスゲン法だけであること,いずれも反応溶剤として塩化メチレンを使用していることは,当業者にとって周知の技術であることが認められる。
乙2刊行物に示される周知技術を前提に刊行物2を読めば,刊行物2の「反応溶媒」とは,工業的に使用されている塩化メチレンのことであることが,当業者にとっては,容易に理解することができるのである。
そうすると,刊行物2の上記教示に接した当業者は,刊行物1に記載された光学用ポリカーボネート樹脂についても,これを代表的な光学用途の一つである光ディスクに使用する際には,光ディスクの長期安定性を改善するためには,樹脂中に残留する反応溶媒(重合溶媒),すなわち,塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素の量を,できるだけ少なくすべきこと,その一つの指標として「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」とすべきことに,容易に想到し得るものと認められる。
(3)本件明細書の実施例1においては,重合溶媒(反応溶媒)のハロゲン化炭化水素である塩化メチレンの残留量について,「1ppm以下で検出されず(ND)」(甲第2号証5欄16行)と記載され,また,実施例1及び2の結果をまとめた第6欄の第1表及び第2表の「塩化メチレン」の欄に,「ND」と表示され,これら表の略号の説明には,「表中の略号は,下記である。 塩化メチレン ・ND:検出されず」(甲第2号証5欄42行〜44行)と記載されていることから,本件発明の「1ppm以下」との規定も,何らかの分析方法による検出(検知)限界を規定したものと認められる。
本件明細書には,反応溶媒の残留量の検出にどのような分析法を使用したか記載されていないが,甲第8号証(審判でのXの意見書)に添付の「実験報告書-1」ないし「実験報告書-3」(いずれも,Xの従業員により作成されたものである。)には,ポリカーボネート樹脂中に残留する反応溶媒(塩化メチレン)の分析限界(検知限界)は,ガスクロマト分析による場合,「1ppm」であることが明記されていることが認められる。また,本件全証拠によっても,ガスクロマト分析以外の分析法で,ポリカーボネート樹脂中に残留する塩化メチレンの量を1ppm以下の検知限界で分析することが可能であると認めるべき根拠を見出すことはできない。
そうすると,本件発明における,重合溶媒(反応溶媒)の残留量が「1ppm以下」との限定は,刊行物2が教示する「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」との残留量を,単に数値に置き換えて限定したにすぎないものと認められる。
以上によれば,本件発明の出願時におけるガスクロマト分析法による塩化メチレンの検出限界値は,およそ1ppm程度であったことが認められるから,刊行物2の上記教示に接した当業者が,光ディスクにおける長期安定性を改善するために,本件発明におけるこのような限定をすることは,容易になし得るものということができる。
(4)Xは,刊行物2には,反応溶媒がハロゲン化炭化水素をどのような手段で除くかということについて,何ら記載も示唆もされていない,と主張する。しかし,本件発明は,物の発明であり,製法の発明ではないのであるから,刊行物2に反応溶媒の残留量を1ppm以下とする手段が記載されていないとしても,このことは,本件発明の「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である」との構成に,当業者が想到することが容易かどうかとは関係のない事柄である。
4 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)について
Xは,本件発明は,従来のポリカーボネート樹脂溶液に,ダストの増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法という改良を加えることにより,ポリカーボネート成形材料からなる記録膜を腐食破損させる原因となっていたハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下という優れた光ディスク用ポリカーボネート成形材料を提供することができた,という顕著な効果を奏したものである,と主張する。
しかしながら,決定は,本件発明の構成自体,想到の容易なものであったと認定判断していること,その認定判断に誤りがないことは,既に認定したとおりであり,このように構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。そして,本件全証拠によっても,本件発明が現実に有する効果が,本件発明の構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めるに足りる証拠はない。
Xは,本件発明は,コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見いだし,その含有量が1ppm以下という優れた光ディスク用ポリカーボネート成形材料を提供することができ,これにより,ディスクの記録膜に記録された情報が破壊されなくなったことは,当業者の予測できない顕著な効果である,などと主張する。しかし,「反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性がある」(甲第4号証16頁下から6行〜5行)ことは刊行物2に記載されており,この反応溶媒がハロゲン化炭化水素の一種である塩化メチレンであることは,前記認定のとおりであるから,本件発明の「ハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下」との構成及びそれによる効果が,当業者にとって容易に想到し得るものであることは,前記認定のとおりであり,結局,Xの上記主張は,採用することができないのである。
5 結論
以上に検討したところによれば,Xの主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,Xの請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。」