1.判決
請求棄却。
2.判断
「第5 当裁判所の判断
1 取消事由(明細書の要旨変更に関する判断の誤り)について
(1)本件決定は,GaN型系化合物半導体においては,p型不純物を添加しても直ちにはp型化せず,i型であったから,導電性を削除することにより,「上記第2層にはi型及びp型の二つの導電型を包含することとなった」と判断するところ,X1,X2は,この判断が誤りであると主張するので,この点について検討する。
ア 特開昭61-56474号公報(甲第25号証)には,以下の記載がある。
・・・
イ 平木昭夫監修「高輝度青色発光のための電子材料技術」(株式会社サイエンスフォーラム1991年12月30日発行,乙第1号証)には,以下の記載がある。
・・・
ウ 日経サイエンス24巻10号(日経サイエンス社1994年10月1日発行,甲第16号証)には,以下の記載がある。
・・・
エ これらの記載によれば,GaN半導体にp型不純物を添加したものであっても,電子線照射,熱アニール等の処理をしたものは,高い輝度を有する半導体発光素子の実用化に必要な低い抵抗率となり,他方,当該処理をしていないものは,108cmΩ以上の高抵抗率となること,高抵抗GaNから低抵抗のGaNに変わることが「p型化」と呼ばれていたこと,MgがドープされたGaN半導体のうち,上記処理により,高い輝度を有する半導体発光素子の実用化に必要な程度に低い抵抗率のものが「p型GaN」又は単に「p型」と呼ばれ,これと異なる高抵抗率のものが「i型GaN」又は単に「i型」と呼ばれていたことが認められる。
オ 次に,「i型GaN」及び「p型GaN」の概念の異同について検討する。
上記アの記載によれば,GaNにp型不純物が添加された「p型GaN」及び「i型GaN」は,その抵抗率の相違から,GaNの発光素子において,前者は「pn接合」,後者は「i(π)n接合」と,異なる用語により区別されていたことが認められる。
また,植村泰忠ほか「半導体の理論と応用(上)」(合名会社裳華房昭和45年10月20日第7版発行,甲第11号証)には,・・・との記載がある。
これらの記載によれば,p型不純物が添加されたGaNは,半導体であり,かつ,電子線照射,熱アニール等の処理の有無により,基本的な構造が同一であっても抵抗率が大きく相違するという構造敏感な性質を具備するものと認められる。また,このような構造敏感な性質は,p型不純物が添加されたGaNの「研究の発展の上で幾多の困難となると同時に,一方で多彩な応用への路を開いてい」たというのであるから,「i型GaN」と「p型GaN」は,当業者によって同一視されず,異なる物質として区別されていたことが明らかである。
カ 当初明細書(甲第3号証)には,・・・との記載があり,「p型」に関する記載は一切認められない。
キ したがって,上記のように,「i型」と「p型」とが同一視できないものであり,しかも,当初明細書には「p型GaN」に関する記載は認められないのであるから,当初明細書において「i層」,すなわち「i型」GaN半導体であったものを「p型」GaN半導体をも含む用語である「p型不純物を添加した層」に補正することは,当初明細書の特許請求の範囲に記載されていない事項を含みその範囲を拡張するものとなるので,本件補正が当初明細書の要旨を変更するものであるとした本件決定の判断に誤りはない。
(2)X1,X2の主張について
ア X1,X2は,本件補正は,当初明細書において,Ni電極層と接する「p型不純物を添加したGaN系半導体層」を「i型のGaN系の化合物半導体から成るi層」と表現していたのに対し,「i型」「i層」という表現によって生ずる限定を外したものであると主張するが,上記のとおり,GaN系化合物半導体においては,「p型不純物を添加したGaN系半導体」には,高抵抗の「i型」と低抵抗の「p型」とがあり,当業者において両者を区別していたのであるから,「i層」という限定を外したということは,これと異なるp型が含まれるようになったことを意味するのであって,本件決定の認定に誤りはない。また,X1,X2は,GaN系半導体から成る「i層」と「p層」の相違が抵抗率の大小にすぎず,GaN系半導体の「i層」に適した電極金属としてNiが発見されれば,NiがGaN系半導体の「p層」に適した電極であることも,当初明細書を見た当業者には自明となる旨主張するが,上記抵抗率の大小により「i型」と「p型」とが当業者において区別されていた以上,電極層の金属としてNiを選択することが本件発明において重要であったからといって,本件決定の上記認定は,何ら影響を受けるものではない。
さらに,X1,X2は,半導体発光素子の電極としてどのような金属が良好であるかの決定において,基本的に,半導体化合物の組成,添加する不純物の導電型及び金属の種類の組合せが重要な要因であって,本件発明は,半導体層が「i層」であるか「p層」であるかによらず成り立つものであると主張する。しかしながら,本件発明が「p層」について成り立つからといって,本件補正において「i層」という限定を外したということによりこれと異なるp型が含まれるに至ったことが否定されるわけではなく,したがって,本件補正により当初明細書の要旨が変更されたことが否定されるわけでもない。
イ X1,X2は,量子論上「i型」は半導体の概念に属し,半導体の導電型にはp型とn型の領域は存在するが,i型の領域は存在しないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,「p型不純物」とは,これが半導体に添加されることにより半導体の導電性がp型化する性質を有する元素をいうこと,GaN系化合物半導体は,不純物を添加しない状態で通常n型導電性を示し,p型不純物としてZnを添加しても,p型化せず抵抗率が増大する傾向が見られること,そのため,ZnをドープしたGaN系化合物半導体の層は,従来,絶縁層として使用されており,p型不純物としてMgを添加しても,Znの場合と同様に,GaN系化合物半導体の導電性はp型を示さなかったこと,低速電子線照射法,アニール法等の処理により,MgをドープしたGaN系化合物はp型化するようになり,これにより,GaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現できるようになったことが認められる。そうすると,当業者は,このようなGaN系化合物半導体については,「i型」を高抵抗の「絶縁層」とし,低抵抗のp型と区別して,前者を絶縁層である「i型」,後者を導電型の「p型」と呼んでいたと認められる。
ウ X1,X2は,「i型」と「π型」は同一意義として認識され,しかも,「π型」は軽くドープした「p型」であるから,「i型」は「p型」を意味し,かつ,「i型」と「n型」との接合がpn接合であると主張する。しかしながら,GaN系化合物半導体において,「i型」と「p型」とは,GaN系化合物半導体にp型不純物を添加したものを,その抵抗率の高低で区別する用語であること,その区別が,量子論上のものではなく,構造敏感な性質等による伝導率の相違に基づくものであることは,上記のとおりである。
X1,X2は,i型がπ型と同義であることの根拠として,G. JACOBほか「GaN ELECTROLUMINESCENT DEVICES: PREPARATION AND STUDIES」(North-Holland Publishing Company 1978年発行,甲第17号証)及び特開昭61-56474号公報(甲第25号証)を提出するが,上記文献及び公報では,当該半導体がp型不純物のドープされたGaN半導体である上,GaN半導体以外,不純物が添加された半導体を「i型」と表記したものは証拠上見当たらない。垂井康夫「[改訂版]半導体デバイス」(社団法人電気学会1999年12月20日第2版第1刷発行,甲第24号証)には「i層」の表現が存在するが,「この中間層を真性半導体の意味でi層と呼ぶものである」・・・と記載され,本件発明にいう「i型」とは意味が相違する。
また,S. M. ジィー「半導体デバイス」(産業図書株式会社昭和62年5月25日発行,甲第26号証)には,GaAs半導体が記載されているものの,p型不純物が添加されたGaN半導体の記載はなく,特開昭61-56474号公報(甲第25号証)には,・・・と記載され,GaAsとGaNが性質上相違することが記載されていることに照らすと,GaAs半導体の性質からGaN半導体の性質も同一であると推認することは許されない。
エ X1,X2は,正孔濃度を用いた伝導型の程度から判断すれば,「i型」は「p型」であり,「低抵抗p型」と区別されるものではないと主張する。
しかしながら,X1,X2が主張する伝導型の程度は,R. MADARほか「HIGH PRESSURE SOLUTION GROWTH OF GaN+」Journal of Crystal Growth 31(1975)(North-Holland Publishing Company 発行,甲第30号証)の記載,すなわち,電子線照射,アニール等のポスト処理をしていないp型GaN結晶は,抵抗率σ=50Ωcm,移動度μ=3cm2V-1S-1との記載に基づいて正孔濃度に換算した2×1016/cm3の値と,低抵抗p型の正孔濃度の値とを,真性濃度10-10/cm3を原点とし,キャリア濃度1021/cm3を1にして正規化した導電型の程度の差を根拠としているところ,同証には,電子線照射,アニール等のポスト処理をしていないp型GaN結晶は,抵抗率σ=50Ωcm,移動度μ=3cm2V-1S-1との記載に続けて,「しかしながら,今までのところp型材料は多結晶の形態でしか得られていないことから,これらの最初の結果は確認が必要である」(202頁左欄23行目〜25行目)と記載されている。
また,同証を参考文献として引用する,Hiroshi AMANOほか「P-Type Conduction in Mg-Doped GaN Treated with Low-Energy Electron Beam Irradiation (LEEBI)」JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.28,NO.12(1989)(甲第15号証)には,・・・と記載されている。,
V. M. ANDREEV ほか「LUMINESCENCE PROPERTIES OF i-n, i-n-i AND n-i-n
STRUCTURES MADE OF EPITAXIAL LAYERS GaN/α-Al2O3」Journal of Luminescence 35 (1986)(Elsevier Science Publishers B.V.(North-Holland
Physics Publishing Division)発行,甲第22号証)は,・・・と記載し,参考文献として,7年前の論文であるMichel
BOULOU ほか「RECOMBINATION MECHANISMS IN GaN:Zn」Journal of Luminescence 18/19
(1979)(North-Holland Publishing Company 発行,甲第32号証)を引用した上で,・・・と記載し,・・・と記載している。
特開平3-218625号公報(甲第8号証)には,・・・と記載されている。
これらの記載によれば,電子線照射,アニール等の処理をすることなくpn接合型が可能なp型GaNの存在は,本件出願当時,当業者にとって周知の技術事項であったということはできないだけでなく,上記(1)ウに掲げた各文献の記載及びShinji NAKAMURAほか「Thermal Annealing Effects on P-Type Mg-Doped GaN Films」JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.31(1992), NO.2B(甲第38号証)図1(L140頁)に,p型不純物が添加されたGaN半導体でアニールなどの処理がされていない「i型」の抵抗率は106Ωcmと記載され,他方,p型不純物が添加されたGaN半導体でアニール等の処理がされたものの抵抗率は100Ωcmと記載されるように,「i型」は低抵抗でないから,X1,X2の主張は失当である。
オ X1,X2は,低抵抗と高抵抗の概念は相対的であり,GaNは,抵抗率でいえば,1028〜10-3Ωcmで変化するので,「i型」と「p型」とは抵抗率で区別できず,両者ともに,量子力論上明確に定義された「p型」であると主張するが,上記のとおり,「i型」と「p型」は抵抗率により区別されているのであって,X1,X2の主張は失当である。
カ X1,X2は,in接合であっても,pn接合と同様,注入型による発光機構であるとした上,発光機構により「i型」と「p型」が区別されていると主張するが,上記のとおり,「i型」と「p型」は,抵抗率により区別されているのであって,発光機構により区別されているものではないから,X1,X2の主張は理由がない。むしろ,当初明細書(甲第3号証)第8図(5頁),平木昭夫監修「高輝度青色発光のための電子材料技術」(株式会社サイエンスフォーラム1991年12月30日発行,乙第1号証)図-8(54頁右欄)に示されるように,i層,n型GaNから成るMIS型発光ダイオードの発光機構の解析が理論的に確立していたとはいえないから,発光機構を上記区別の根拠とすることは,その前提においても理由がない。
キ X1,X2は,Niが「p層」と呼ばれるGaN系半導体と接合される電極としてAlより良好な金属であると主張する。しかしながら,上記のとおり,p型不純物を添加したGaN系半導体における「i型」と「p型」に上記導電性の相違がある以上,「i型」における電極としてAlよりNiの優れていることが実験的に見いだされたとしても,そのことから,直ちに,上記技術を「p型」に適用することまでも当業者に周知であったとは認められないから,X1,X2の主張は失当である。
(3)X1,X2は,本件決定が「i型」と「p型」,「MIS型」と「pn接合型」を峻別することができるとした結果,本件補正が当初明細書の要旨変更に当たるとの結果に至ったにもかかわらず,「i型」及びMIS型の定義が不明であると主張する。
そこで,検討すると,当初明細書(甲第3号証)には,・・・と記載され,「i型」及び「MIS型」の用語が格別の定義もされずに従来技術として用いられている。また,平木昭夫監修「高輝度青色発光のための電子材料技術」(株式会社サイエンスフォーラム1991年12月30日発行,乙第1号証)の上記(1)イの記載によれば,本件出願当時,既に,i層から成る「MIS型」及び「i型」の概念は,当業者にとって周知の技術事項であったというべきであり,X1,X2の主張は失当である。
(4)X1,X2は,取消事由の主張に関連して,技術的背景に係る本件決定の認定が誤りであると主張するので,この点について判断する。
ア 本件決定は,GaN系化合物半導体の性質を利用して構成される発光素子が「MIS構造」と「pn接合」とに大別されると認定する。X1,X2は,この認定が誤りであると主張するが,上記(3)のとおり,両概念は,当業者にとって周知の技術事項であったというべきであって,本件決定の上記認定は正当である。
イ 本件決定は,MIS構造について,絶縁層又は電極と絶縁層の界面近傍を発光させるものであると認定するところ,X1,X2は,この認定が誤りであると主張する。しかしながら,MIS型の発光箇所の問題は,「i層」を「p型不純物を添加した層」とする本件補正が当初明細書の要旨を変更するかどうかとは関係がないから,その当否について判断するまでもなく,X1,X2の上記主張は失当である。
ウ 本件決定は,pn接合が,p型半導体とn型半導体とを接合させ,順方向電圧を印加して,p型半導体とn型半導体の界面近傍を発光させたものであると認定するところ,X1,X2は,この認定が誤りであると主張する。
しかしながら,X1,X2も,pn接合がp型半導体とn型半導体の界面近傍を発光させるものであることは認めており,これがMIS型にも該当することを主張するにすぎないから,本件決定の認定が誤りであることの理由とはならず,まして,本件補正が当初明細書の要旨を変更するものであるかどうかの判断を左右するものではない。
エ X1,X2は,GaN系化合物半導体において,Znを添加してもi型がp型化しないとし,また,Znを添加した層が,従来,MIS構造における絶縁層として使用されてきたとする本件決定の認定が誤りであるとも主張するが,いずれも,「i型」が量子論上「p型」であることを前提とした主張であって,その前提が誤りであることは上記のとおりであるから,前提を欠き失当である。
オ 本件決定は,低速電子線照射法,アニール法等によりMgをドープしたGaN系化合物半導体がp型化し,これによりGaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現した経緯があると認定するところ,X1,X2は,この認定が誤りであると主張するので,この点について判断する。
上記(2)エのとおり,Hiroshi AMANOほか「P-Type Conduction in Mg-Doped GaN Treated with Low-Energy Electron Beam Irradiation(LEEBI)」JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.28,NO.12 (1989)(甲第15号証)には,それまでに,GaN pn接合LED に関して報告されたことがない旨の記載があり(L2112左欄29行目〜30行目),Michel BOULOU ほか「RECOMBINATION MECHANISMS IN GaN:Zn」Journal of Luminescence 18/19 (1979)」(North-Holland Publishing Company 発行,甲第32号証)には,その当時,GaN LEDはまだ広く使用されておらず,これはアクセプタ,特にZnをGaNにドープするのが困難なためであると考えられ,当時,p型GaNの製造に関して信頼性のあるデータはない旨の記載がある。
特開昭59-228776号公報(甲第33号証)には,・・・と記載されており,「通常は発光素子としてMIS型となる」との記載から,「AlXGa1-XN(0<X<1)がp,n両型形成」するためには,何らかの処理が必要であることは明らかであるが,当該処理に関する記載は認められず,他に当該処理手段が当業者に知られていたことを認めるに足りる証拠もない。
また,特開平2-229475号公報(甲第34号証)には,・・・と記載され,実施例3に「Znドープp形InGaAlNクラッド層20,Znドープp形InGaAlN埋め込み層21」・・・が示されている。他方,p型GaN系化合物半導体が格子整合性を考慮することよって形成し得る旨の記載がある証拠はほかになく,上記公報の記載により,直ちに,p型GaN系化合物半導体について,現実に実現の可能性があったとまで認めることはできない。
以上の証拠を総合すれば,低速電子線照射法,アニール法等によりMgをドープしたGaN系化合物半導体がp型化し,これによりGaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現した経緯があるとした本件決定の認定は正当というべきであり,X1,X2の主張は失当である。
2 以上のとおり,X1,X2主張の決定取消事由は理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,X1,X2の請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。」