1.事案の概要
X(原告)は,発明の名称を「インドメタシン含有貼付剤」とする特許第3002733号(平成2年7月19日出願,平成11年11月19日設定登録。以下,「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許の請求項1ないし2に係る発明(以下,「本件発明」という。)について,平成12年7月21日に特許異議の申立てがなされたところ(異議2000-72834号),Xは平成12年12月28日に訂正請求をした。特許庁は平成13年1月29日に,本件発明は特開昭61-12614号公報(以下,「引用例」という。)に記載された発明であるとして,「訂正を認める。特許第3002733号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をした。
X出訴。
訂正後の本件発明の要旨は,次のとおりである。
「【請求項1】
(a)インドメタシンと,
(b)インドメタシン1重量部に対して0.01〜5.0重量部のノニル酸ワニリルアミド,インドメタシン1重量部に対して0.1〜10.0重量部のポリオキシエチレンとポリオキシプロピレンのブロック共重合体およびインドメタシン1重量部に対して0.01〜5.0重量部のトウガラシエキスから選ばれる少なくとも1種のインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤とを含有することを特徴とするインドメタシン含有貼付剤。
【請求項2】
剤型がパップ剤である請求項1に記載のインドメタシン含有貼付剤。」
2.争点
(1)医薬品における製剤の特許において,公知の物質の組合せによって新規な効果が得られるならば,当該物質が公知の物質であるとしても,特許性が認められるべきか。
(2)用途発明について特許法第29条第1項第3号によって特許を受けることができないとされるためには,引用例に本件発明と同一の用途発明が開示されていることが必要であるか。
(3)引用例に記載された発明が,当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要であるか。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)甲第3号証によれば,引用例には,・・・との発明が開示され,発明の詳細な説明には,当該発明に係る・・・と記載されていることが認められる。
上記各記載によれば,引用例には,インドメタシンを含有する貼付剤に,トウガラシエキス,ノニル酸ワニリルアミド等を含有せしめ得ることが明示的に記載されていることは明らかである。
(2)トウガラシエキス及びノニル酸ワニリルアミドについて記載のある文献は,以下のとおりである。
(2)−1 「第十一改正 日本薬局方解説書」1986(乙第1号証)の「21.パップ剤」の項には,・・・と記載されていることが認められる。
(2)−2 「薬理と治療」Vol.13 No.1 Jan. '85,99〜108頁(甲第7号証)には,・・・との記載があることが認められる。
(3)−3 「OTCハンドブック1999-2000,1999年9月20日株式会社学術情報流通センター発行,659頁」(甲第6号証)の「第17章 肩こり,筋肉痛治療剤」の「薬理作用の解説とその特徴」の節において,「外用剤 局所刺激成分」として「ノニル酸ワニリルアミド」について・・・と記載されていることが認められる。
(2)−4 財団法人日本医薬情報センター編「一般薬 日本医薬品集」の第5版(昭和60年発行。甲第4号証),上記「一般薬 日本医薬品集」の1990〜1992年版,及び1992〜1993年版(甲第8号証の1及び2),大阪府病院薬剤師会編「医薬品要覧 第4版」(昭和63年発行。甲第5号証)によれば,ノニル酸ワニリルアミド及びトウガラシエキスは,本件出願前から,市販されている非常に多くの貼付剤に,現に含有されていることが認められる。
また,これら製品の多くにおいて,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドは,メントール,カンフル及び/又はサリチル酸グリコールと組み合わせて配合されていることが認められる。(例えば,上記各甲号証には,トウガラシエキスがメントール,カンフル及び/又はサリチル酸グリコールとともに配合された貼付剤の例としては,エースHM(商品名。以下同じ)(甲第5号証1152頁),ゼラップホット(同),テイカ温パップ(甲第8号証の1第661頁右欄),トクホンC(同663頁右欄),パテックスQ(同671頁左欄)その他多数が収載され,ノニル酸ワニリルアミドがメントール,カンフル及び/又はサリチル酸グリコールとともに配合された貼付剤の例としては,三共あったかシップ(甲第4号証549頁中欄。トウガラシエキスも配合されている。),ゼノールホット(同554頁右欄),ハリホットZ(同566頁左欄),エルデ温パップ(甲第8号証の1第641頁左欄),トクホンエース(同663頁右欄)その他多数が収載されている。なお,甲第7号証の論文で検討された貼付剤も,トウガラシエキスが,カンフルとともに配合されている。)
(3)上記(2)の認定によれば,貼付剤には,温感タイプの貼付剤,冷感タイプの貼付剤等が知られていること,温感タイプの貼付剤は,例えば,「慢性期の炎症に」,「患部の血流改善を目的として」使用される等,冷感タイプのものと明確に区別して使い分けられていること,温感タイプの貼付剤では,トウガラシエキス及びノニル酸ワニリルアミドは,常套的に温感を与える成分として常用されているものと認めることができる。
(4)引用例には,前示のとおり,・・・と記載されているところ,上記認定事項に照らせば,この記載は,引用例記載の貼付剤は,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドを配合して周知の温感タイプの貼付剤とすることができることを明示したものと解される。
そうすると,引用例には,インドメタシンとともにトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドを配合した貼付剤が実質的に記載されているものということができる。
もっとも,引用例に記載された貼付剤には,インドメタシンのほかに,メントールとカンフルの固溶体あるいはサリチル酸グリコールを必須成分として含有するところ,仮に,これらメントール等の成分とトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドとを同時に配合することができない特段の事情がある場合には,上記のように解することはできない。しかしながら,現に市販されている多くの貼付剤において,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドが,メントール,カンフル,サリチル酸グリコールとともに配合されていることは前示のとおりであるから,引用例記載の発明において,そのような特段の事情があるものと認めることはできない。
そして,本件発明が,インドメタシン,トウガラシエキス及びノニル酸ワニリルアミドに加えて,メントールとカンフルの固溶体あるいはサリチル酸グリコールを含有する貼付剤を排除するものでないことは,その特許請求の範囲請求項1の記載から明らかである。
(5)次に,ノニル酸ワニリルアミド及びトウガラシエキスの配合量について検討する。
甲第3号証によれば,引用例には,・・・との記載があることが認められる。なお,引用例の上記記載中の配合量の単位が重量%であることは,Xも争わないところである。
また,引用例に,・・・と記載されていることは,前示のとおりである。なお,引用例の上記記載中の配合量の単位が重量%であることについても,Xは争っていない。
上記「(配合量通常0〜20%)」との記載は,@貼付剤の基材全体の重量を基準とするものであるか,A貼付剤に含有されるインドメタシンの重量を基準とするものであるか明らかでないが,いずれを基準とするものであるとしても,引用例記載の貼付剤中の配合されるインドメタシンに対するトウガラシエキス,ノニル酸ワニリルアミドの配合量は,以下の計算のとおり,本件発明の請求項1に規定される「インドメタシン1重量部に対して0.01〜5.0重量部のノニル酸ワニリルアミド」,あるいは「インドメタシン1重量部に対して0.01〜5.0重量部のトウガラシエキス」との範囲と重複することは明らかであり,したがって,引用例に記載された発明と,本件請求項1の発明とは,この点の構成についても相違しない。
@の場合
最小値: 0重量%。
最大値:(基材全体に対するトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドの最大配合量(20重量%))/(基材全体に対するインドメタシンの最小配合量(0.1重量%))=200重量%
Aの場合
最小値: 0重量%
最大値:(基材全体に対するインドメタシンの最大配合量(5重量%))×(インドメタシンに対するトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドの最大配合量(20重量%))=1重量%
(6)したがって,本件請求項1の発明と,「引用例」に記載された発明とは,
「(a)インドメタシンと
(b)インドメタシン1重量部に対して0.01〜5.0重量部のノニル酸ワニリルアミド又はトウガラシエキスを含有する貼付剤である点で一致している。」とした決定の認定に誤りはない。
2 取消事由2(用途の相違の看過)について
(1)Xは,本件発明は,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドについて,これらを特定割合でインドメタシン含有貼付剤に含有させることにより,インドメタシンの長期安定性を改善するという用途に使用することについての発明,すなわち用途発明である旨,主張する。
しかしながら,本件発明は,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドを含有することを特徴とする「貼付剤」の発明であって,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドの用途の発明(例えば,「トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドからなるインドメタシンの安定化剤」)でないことは,本件請求項1及び2の発明の特許請求の範囲の記載により明白である。
Xの主張は,特許請求の範囲に基づかないものであり,理由がない。
(2)もっとも,特許請求の範囲請求項1には,「・・・ノニル酸ワニリルアミド・・・および・・・トウガラシエキスから選ばれる少なくとも1種のインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤とを含有することを特徴とするインドメタシン含有貼付剤。」として,本件請求項1の発明において,ノニル酸ワニリルアミド及びトウガラシエキスはインドメタシンの安定剤として含有させるものである旨規定されている。
しかしながら,引用例に,本件発明とその構成が同一の発明(貼付剤)が記載されていることは前示のとおりである。このように両発明の構成が同一である以上,両発明の貼付剤が含有する成分は,主観的な添加目的にかかわらず,同一の作用効果を奏することは自明である。本件発明において添加されたトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドがインドメタシンを安定化するとの効果を奏する一方,引用例で添加されたトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドが,そのような効果を奏さないというようなことは起こり得ない。逆に,引用例記載の発明においてトウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドがそれらの周知の効果である温感刺激作用を奏する一方,本件発明では,そのような効果を奏さないということも起こり得ないものと認められる。
したがって,本件特許請求の範囲の請求項1に,本件請求項1の発明の貼付剤に含有されるトウガラシエキス及びノニル酸ワニリルアミドはインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤である旨が規定されているとしても,このことにより,本件請求項1の発明が,引用例に記載されている発明と別異のものとなるということはできない。
(3)Xは,引用例に記載の発明が,用途発明である本件発明と同一であって,これにより本件発明が新規性を喪失するというためには,引用例に,トウガラシエキス又はノニル酸ワニリルアミドについて本件発明と同一の用途が開示されており,引用例にそのような用途に使用する発明として完成した発明が記載されている必要がある,あるいは,引用例に記載された発明が,当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要である旨,主張する。
Xの主張は,本件発明が用途発明であることを前提とするものであるところ,本件発明が用途発明でないことは上記判断のとおりである。Xの主張は,その前提において理由がない。
第6 結論
以上のとおり,X主張の決定取消事由は理由がないので,Xの請求は棄却されるべきである。」